「透ケルトン」(2)
〝勇気を出して歩く歩く 暗い夜も
泣いてばかり 迷ってばかり 眠れなくて
塞がれた道を関係無いモードで迂回
出来ていたなら僕ら 上手くいってたの?〟
「コーヒー」
店員に人差し指を立てて、その人は言った。ベルを鳴らして扉から入ってきたその人は、真っ直ぐにわたしたちの席に近付いてきて、まるで待ち合わせをしていたかのように高橋くんの隣に腰掛けた。ボックス席、横長のソファが少し軋む。その音がどこかメリーホルダーのボーカルの叫び声に似ていて、少しだけ不愉快な気持ちになった。
「自称音楽家、不二咲ヌガー、ってんだけどよォ」
唐突に放たれたその台詞がその人の自己紹介であることに、だいぶ時間が経ってから気付いた。
「あいつらは正しさの権化だ。でもよ、正しさって何なんだろうな」
その人はわたしたちにメリーホルダーの話をしてくれた。
「浮かれることもなく、地道に、真面目にやってきた奴らだ。最高につまらない優等生だ」
素敵な話。
「実力を見せつけて、蹴落として、輝いていた。あいつらのせいで何人のミュージシャンが死んだと思う?」
楽しい話。
「殺したいかって? 当たり前だろ。でも好きだ。最高だ」
悲しい話。
「結局、音楽なんてものは嗜好品だ。求める客次第で何もかもが変わる。世界が変わることもあれば、蟻一匹さえ動かないこともあるさ」
ハッピーエンドを目指せよ、少年少女。
一方的に話し続けた後、結局店員が持って来たコーヒーには口をつけないまま、その人はわたしたちの前から去った。
「苦いよ、やっぱり」
不二咲さんが置いていったコーヒーを飲む高橋くんの喉仏をわたしは見ていた。それから微笑んで、高橋くんに訊ねた。
「今からホテルにでも行こうか?」
「残念ながら、僕は義務も果たしていない未成年なので賛同できかねるよ」
即答された。
「そういうところが人気の理由なんだと思うけど……まぁいいや。じゃあどうする? お互い受験生っていう、理由になっていない理由で男女交際を始めてみる?」
「やぶさかでは、ないかな」
カップをそっと置いて、高橋くんはわたしの手に触れた。
「あったかくて、気持ち悪いね」
高橋くんはそう言って笑った。わたしも笑った。
〝勇気を捨てた右手ばかり 見つめたって
何も無いよ 何も無いよ 皺だらけさ
閉ざされたケージ 安定されて不安定で
どうかしていた僕ら 同化したくて〟