「透ケルトン」(1)
〝夕日に透けた右手ばかり 思い出すよ
泣いてたかな 笑ってたかな あやふやだな
繋がれたリード 半径3メートルの自由
謳歌していた僕ら どうかしていたね〟
「おかしかったよね、わたし」
カップの中の紅茶は薄い色をしていた。味が薄いのかどうかは、よく分からなかった。ただ、熱さに舌先が痺れるような感覚があった。
子どもの頃に観た探偵物のドラマに出て来たような薄暗い喫茶店は冷房が利き過ぎていて、さっきまで火照っていた身体がみるみる冷えていくのが分かった。汗で張り付いていたシャツもすっかり乾いてしまって寒いくらいだ。このまま冷たくなって死んでしまえばいい。死んでしまえば、もう何も考えなくていい。
「おかしかったね、だいぶ」
言葉を選ぶ素振りも見せず、高橋くんはオウム返しのように答えた。
「おかしかったけど、それでも、間違いではなかったんでしょ?」
「うん」
見透かすような言葉に少しだけ心をざわつかせながら、わたしはうなずく。そう、間違ってはいなかった。いや、そうじゃない。わたしは。
「ずっと、間違ってた。やっと気付いたの。わたしは間違ってた」
「そっか」
高橋くんは砂糖を入れたコーヒーをスプーンでゆっくりかき混ぜていた。絵本に出てくる魔女のように、ゆっくり、やさしく。
食べられてしまいたい、なんて、つまらないことを思った。
「メリーホルダーはさ、」
有沢さんがね、と微笑みながら高橋くんは話し始めた。
「有沢さんが教えてくれたんだ。きっと気に入るって。確かに、ライブで観ても格好良かったよ。でも、結局僕の中では流れて行くもののひとつになっちゃうんだろうなぁ」
「アーリーは、たぶん」
そこまで言ってから、続けることが出来なかった。アーリーは、高橋くんとの会話の切っ掛けのひとつとしてメリーホルダーを使っただけだったんだよ。アーリーは何かに熱中するような子じゃないよ。
わたしが黙ってしまうと、高橋くんはコーヒーを一口すすって「まだ苦いなぁ」と子どものようなしかめ面をした。それがとても可愛らしくて、わたしは少しだけ体温を取り戻したような気がした。
「ごめんね、一緒に引っ張って来ちゃって。最後まで観たかったよね」
「いや、だいたい分かったし、ちょうど良かったよ」
羊岡さんともこうして話せているしね、と高橋くんは付け加えるように言った。
わたしはお礼を言う代わりに、カップを置いた高橋くんの手をじっと眺めて、そっと触れた。お礼を言う代わりなんかじゃなくて、わたしがそうしたいんだと、触れてから気付いた。高橋くんは拒否することもなく、喜ぶこともなく、重ねられた手をオブジェを見るように見ていた。
しばらくそのまま無言の時間が流れて、ベルの音と共にドアが開いた。重そうな皮のジャケットを羽織ったバンドマンのような男の人が店内をぐるりと見回して、わたしたちの席に近付いてきた。
〝大事にしてた君は今も 生きてますか
泣かせたけど 笑わせたから 相殺して
許された振りの 神経細胞なんて死滅
老化していく僕ら 後悔ばかりで〟