「クルマレ」(2)
〝狂ってるピース 狂ってるピース
潜めても 潜めても あたしは馬鹿だよ
薬指の約束 噛み千切って それでそれで
忘れて、忘れて、明日は要らない〟
〝おひめさま〟になるのが、小さな頃の夢だった。平仮名も碌に書けない頃の、愚かなわたしの夢だった。フリルのついた服を着せられてははしゃいで、未来も現実も何ひとつ見えないまま甘い夢ばかり眺めていた。みんなと手を繋いで、狂ったように美しい歌詞の歌を唄って、何も楽しくないのに手を叩いて笑い合っていた。
「……何も変わってないじゃん」
右手に力を込める。わたしを連れ戻した高橋くんの左手がびくっ、と縮こまるのが分かった。構うもんか。
わたしは〝わたし〟のことを考える。今ここで、わたしは何をしているんだろうか。何も変わっていない。何ひとつ変わっていない。量産品のような歌詞を宝物のように抱いて、会ったことのない人間の群れの中ではしゃいでいる。本当は、楽しくなんかない。感動なんか、していない。
ずっと探し続けていた。たまたま聴いたその音楽を〝おうじさま〟だと錯覚しただけだ。
わたしに都合のいい歌詞だった。都合のいい声だった。世界のせいにしたり、自分のせいにしたり、格好つけたり、自嘲したり。
右手に力を込める。新しい〝おうじさま〟が小さな呻き声を上げるのが聞こえた。うるさい歌声や楽器の騒音を越えて、わたしの耳には届いた。
「なーんて、ね」
うつむいていた顔を上げて、右隣に笑顔を向けてみた。お姫様に憧れる少女のような笑顔を目指して。高橋くんはどうすればいいのか分からないようで、それでも引きつったような笑顔を浮かべてくれた。また右手に力を込める。汚い右手に力を込める。力を込める。力を込めたまま、高橋くんを引きずるようにして、わたしはステージに背を向けた。何も知らないメリーホルダーは、つまらない歌を唄い続けている。
〝くるまったシーツ 吐き出したチーズ
気付いてる? 気付いてる? 明日は来ないよ
深夜2時のモザイク 引き千切って 全部、全部
忘れて、忘れて、あたしはゴミだし〟