ライブハウスツアー『ふ・愉快な抱擁』にようこそ!
『クリオネイル』
〝捕食しながら優しくするなんて
やめてよ やめてよ 醒めるから
無駄に綺麗な指先滑らせて
やらしく やらしく 君は笑った〟
アルバムの一曲目に入れられている「クリオネイル」からライブは始まった。
この場所にたどり着くまでの苦労(旅費などの金策や道に迷ったこと)をすべて忘れるくらいには感動して、それは涙という現象として世界の中に形を作っていた。
「まだ一曲目だよ?」などという声が右隣から聞こえた気がしたけれど無視。法事じゃなかったんですか高橋くん。
チケットを取れたことが奇跡のように思える狭いライブハウスの後ろの方で、わたしは精一杯背伸びをしてステージを見ていた。メリーホルダー、メリーホルダー、メリーホルダー。まるで呪いを解いてくれる王子様に逢えたような気持ちだった。
〝咀嚼しながら愛しく見つめてね
嘘でも 嘘でも いいからさ
何も正しくないって嘯いて
優しく 優しく 傷をつけてね〟
♪
『謝罪請求』
〝間違ってるんだ 気違ってるんだ
互い違いに気遣ってるんだ
可笑しいのは世界、お前の方だろ?
許してやらないから早く謝れよ〟
泣いていることに驚いて思わず突っ込みを入れてしまったけれど、羊岡さんはステージの方に夢中らしかった。聴き慣れたイントロの生演奏に耳が反応して、僕もそっちに目を遣る。
教室では目立たないようにしながら、求められた時にだけ愛想笑いと同調を振り撒いている羊岡さん。彼女を泣かせるなんて、すごいね、メリーホルダー。
〝間違ってますか? 気違ってますか?
互い違いに気遣ってますか?
可笑しいのは世界、創った僕らさ
許されたくはないね もっと誤るよ〟
♪
『スカートの中に降る雨』
〝あたしが悪いよね 明かりを暗くして
独りは怖いから あたしを悪くして
皺が付くのは仕方無いけど
早めに脱がせてほしかった〟
たまたまチケットが手に入って、たまたま近くにいたから入ってみた、それだけだ。もう会場は熱気に包まれていて、それを眺める俺の心は逆に冷えていくようだった。近くに立っている高校生くらいのカップルなんて、女の子の方が涙を流している。罪深いねぇ、メリーホルダー。
そうか、あいつらはこんなバラードも演るようになったのか。
それで、これはどの女への詞なんだよ? なんて、あの頃のように気軽に話しかけられはしない。それが、ステージのあいつらとオーディエンスの俺との絶対的な距離だった。
「改ましてこんばんは! メリーホルダーです! ライブハウスツアー『ふ・愉快な抱擁』にようこそ!」