「スカートの中に降る雨」(1)
〝あたしが悪いよね 明かりを暗くして
独りは怖いから あたしを悪くして
皺が付くのは仕方無いけど
早めに脱がせてほしかった〟
ヌガーくん、と声を掛けられて振り向くと、いつかどこかで一夜を共にした記憶のある女が数歩後ろで薄い笑顔を浮かべていた。下品な色の口紅はあの夜と同じで、どれくらい前のことかは忘れているのに、女の顔を見た瞬間に裸体の形まで思い出せてしまう自分が情けなかった。
「おう」
女の名前は脳味噌から消えていたが、とりあえず掛けられた声に手を挙げて応じる。まだ日の高い午後四時、今日も行く宛は無かった。
バンドマンに恋をするな。そんなことは解った上で近付いてくる女を拒む理由はないし、俺は別に正しい人間じゃない。ただ、すべてのバンドマンが俺のような奴だと思われたくはない。音楽が好きで好きで仕様がなくて、がむしゃらに演ってるうちに人気が出る奴らもいる。
そんなことをこの女に話したところで「ああ、メリホとかね」と固有名詞を挙げられて台無しになるに違いない。だから俺は鏡写しのような薄笑いを浮かべながら女を待ち、安い居酒屋へと歩き始める。
メリーホルダー、略称はメリホ。あいつらは売れるべくして売れたし、俺は相変わらずうろうろしている。とりあえず、酒でも飲んでもっと不愉快になろうか。
〝あなたは悪くない あなたは悪くない
独りでいたいのに あたしは邪魔だよね?
傷がついても構わない、とか
愚かな振りしていたいだけ〟