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 俺はいつも待ち合わせの場所には早めに行くようにしている。

 これは習慣みたいなもので、何かあった時の為に場所の構造を把握するって立派な目的もあるがな。

 で、今いるのはどこにでもあるようなファミレス。

 待ち合わせだと言ってまだ何も頼まず居座ってる。お金ないし。

 

「すみません! お待たせしてしまいましたか?」


 ややあって柳田さんがやってくる。心なしか晴れやかな表情だ。

 それに少しだけ化粧の香りもする。この間は無かったのにな。


「いえ、私も今来たところですから」

「よかった……準備に手間取ってしまって間に合わないんじゃないかって」

 

 彼女は俺の向かい側に座る。ちょうど、すぐに逃げられるような場所だ。


「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」

「あなた、何者ですか?」

「……は?」

「いや、言葉が悪かったですね。ならこう言いましょうか? ――――あなた本物の柳田さんじゃないでしょ?」

「……っふざけないで、くださいよ」

「根拠だってありますよ」


 そりゃあてずっぽで言ったら失礼だしな。

 ていうより、おかしいんだよ……いろいろとな。


「まずおかしいなって思ったのは、家を訪ねた時です」


 彼女は部屋から出るときドアフックでドアが閉まらないようにしていた。

 一見、何気ない行為のように思えるが実際変なんだよな。

 普通ならそうする必要はない。閉まったところでまた開ければいいだけの話だ。

 だから俺は鍵がオートロックなのか聞いてみた。

 んなこと言ったら密室はどうなるって言われるだろうが、大家さんの部屋だけ鍵が特別ってのはあってもおかしくないだろ? 何なら薫の部屋の鍵を見せてやりたいね。魔改造されてるから。

 でも、そこで彼女は聞き返した。

 変だよな。普通なら理由とかいうはずだ、そうならそうと、違うならその理由。

 

「――――なにか反論は?」

「……いえ」

「そして次、小太り刑事の言った『被害者は騒音を出している』ってことに対するあんたの反応。何も言わなかったな」


 それは俺のせいってのもあるかもしれない。

 が、これも少々違和感がある。

 まず騒音と聞いて俺はこう考えた。被害者は年中大音量でロックな音楽を聴くヤンキーな人ではないかってね。

 でもそうではなく、音大生だった。しかも部屋にはピアノが置いてあった。

 と、いうことは、だ。騒音、というのはピアノの練習だった可能性が出てくる。上手でない演奏を煩わしい雑音と捉える人も少なからずいる。

 だからこそあの時、小太り刑事の証言にこう答えるべきだったんじゃないか? 

 安藤さんはピアノの練習をしていただけです、ってな。


「――――以上があなたのおかしな点、なにか反論は?」

「……ふぅ…………でも、だからといって私が偽物だって言えますか?」

「確かに、そうですね。さっきまで確証はなかった。でも――あなたが今日、この場に来た瞬間、の推理が正しかったことが証明された」

「どういう……」

「――匂いですよ、化粧の匂い」


 そう、彼女は今日メイクをしてきている。

 もしかしたら、俺に惚れておめかしをしてきた……ってことだったら嬉しいが、そうでもなさそうだ。

 上手すぎるんだ。いつもしていない人の割に、な。

 現に、匂いがしなければ気付けないほど自然だ。慣れてない人にそんな芸当ができるか?

 つまり、本当なら毎日している。だけどあの時はしていない。

 てことはできない理由があったってことだ。


「――――つまりさ、こういうことじゃない? あなたは本当はあの部屋に住んでない、って考えてみてもいいんじゃないかってね」

「……っ」

「住人に怪しまれないように入れ替わるにしても、普段通りにはできない、違うか?」

「…………っ! いい加減にしてくださいっ!! あなたの話は全部憶測ですよっ!」

「そうかな、少なくとも俺は、こうも考えている――――この事件仕組んだの、あんただろ?」

「~~~~っ!」


 俺が犯人の部屋の構造を訪ねたとき、彼女はこう答えた。部屋にはゲームが山積みで人を隠せるようなスペースは無かった、と。

 なぜそう答えたのだろうか?

 普通ならこう答えるんじゃないか?

 リビングが何畳とか、トイレはここにあるとか。仮にゲームが山積みって答えるにしても人を隠せるスペースに言及する必要はない。

 それを自ら教えるってことは、俺の考えを読んでいたってことになる。

 もしくはそう考えると知っていた、みたいなことも考えられる。

 はっきり言ってあり得ない。


「――――犯人が、被害者を自分の部屋に引き入れていたってことを知ってるのは犯人だけ。仮にあんたがその方法を閃いていたとするなら、わざわざ俺に依頼する必要なんてありはしない。故に、俺はこう考える。あんたも犯人側の人間だってね」


 パチ、パチ、パチ……。

 彼女は俺を称賛するかのように、ゆっくりと拍手している。

 先程までとは、打って変わって。


「お見事です。さすが名探偵の息子、ですね」

「認めるのか?」 

「ええ……悪あがきはしない主義ですから」

「で、あんたの本名は?」

「教えません……と、言いたいところですが、私の正体を見破ることができたあなたには教えてあげます」


 雨宮レイナ。

 それが彼女の本名らしい。疑わしいが、ね。


「ちょっと予定が狂っちゃったけど、概ね目的は達成できたかしら?」

「どういう意味だ?」

「本当はあの場で正体を明かすつもりだったの。なのに、あいつらのせいで台無しよ」


 小太り刑事とひょろ刑事か……。

 意外といい仕事するな。


「ちなみに本物の柳田さんは――――どこかの樹海で永遠の眠りについてるんじゃないかしら?」

「……殺したのか?」

「私は殺してませんよ……予行練習として彼にやらせたの。ほら、ちょっとしたためらいで失敗しちゃうでしょ? だから、ね」

「どちらにせよ、殺人教唆には変わらないよな?」

「してないわ、そんなこと」

「は?」


 いやいや、そんなこと無いだろ。

 ストーカー気質のネトゲ廃人が自ら殺人? 考えにくいな。

 ……あるかもしれないが、鬱憤はゲームで晴らしそうなもんだが。

 それにあんな精密なトリックを思いつく発想力、毒物を入手するためのコネクション、そして被害者の行動パターンを把握し適切な時間を見抜く調査力と観察眼。

 一つでも欠けたらぼろが出るレベルなのに……。


「私は殺り方をいくつか教えてあげただけ。実行したのは彼の意志よ?」

「……ふざけてんのか?」

「ふふ…………いいじゃないそんなこと」

「何がしたいんだ……お前っ!」

「この世の中に対する復讐よ。それ以上でも、それ以下でもない」

「どういう意味だ……?」

「私の両親は最低な人間だったわ……母は毎日のように浮気を繰り返し、父はギャンブル狂い。私はいっつも、周りから冷たい目で見られていた」


 彼女は自分の不幸話を語る。


 自分は悪くない、悪いのは両親だ。それなのに自分まで悪者のように扱われた。

 そんな不条理を跳ね返すために勉強をした。いつか自分を虐げてきた連中を見返すために。

 だが、現実は彼女へ更なる不条理を与えた。

 父親が自分の学費をギャンブルにつぎ込んでしまったのだという。頑張って得た奨学金から何まで。

 母親の浮気相手は自分に対して体を求めるようになった。当の母はそれを止めようとすらしない。

 彼女は遂に、憎しみを解き放った。

 努力の末手に入れた優秀な頭脳を存分にふるって完全犯罪を実行した。


「――――愉しかったわ……あの時は。誰も私を疑わない、それどころか見当違いの人間を逮捕して罪人に仕立て上げちゃったんだから」

「狂ってんなお前」

「あなたも私と同類じゃないの。高すぎる能力を周りの人間が受け入れられず、集団から弾き出された」

「……っ」


 確かに、俺は学校を中退した。

 昔からいじめられていた。こんな性格だし、ある意味当然だったかもしれない。

 本来守ってくれるはずの教師も、俺が頭良すぎて気味悪がって黙殺されていた。

 だから、俺は自衛することにした。

 嫌がらせをした人間を特定し徹底的に追い詰めた。

 そんなことしてたらいつの間にか居場所が消えた。


「ね、思い当たるでしょ」

「チッ……嫌な事思い出させやがって」

「私たちは似た者同士、だから手を組まない?」

「おとといきやがれ」

「……残念、私とあなたの力を合わせれば思うがままなのに」

「待てよ、俺はあんたを逃がすつもりはないぜ」

「あら、私はあなたから逃げ切って見せるわ」


 じっと、にらみ合いになった。

 先に動けた方が勝つ。


「なら、勝負するか? どちらが先に根を上げるか」

「いいわね、だったら私は今すぐ逃げなきゃフェアじゃないわね」

「悪いが俺はチート・イカサマ大好き人間だぜ」 

「だったらこんなのはいかが?」


 シュッ!

 俺の目に何かが吹きかけられた。


「ッ!」


 くそっ! 染みる……この匂い、唐辛子か。


「痴漢撃退用のスプレーよ。それじゃ、また会いましょ」


 ヒールの音が遠ざかっていくのが分かる。

 だが視界が塞がれてちゃ追いかけられない。

 あっちの方が一枚上手だったか……。


「次遭ったら絶対に捕まえてやるからな……」


 俺に嫌がらせをして逃げられた奴はいないってこと、思い知らせてやる。

 ……あ、これ俺が会計しなくちゃいけないの?

 ちくしょーやられた。

 こうなったら何が何でもあいつを捕まえてやる!

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