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魔王バレンタインとの決戦

作者: えむびぃ

 俺は今、魔王の前にいる。


 概念異世界。

 それは人々の思い――希望や、妬みや、恨み、つらみがカタチになった世界。


 その中のひとつ、『バレンタイン撲滅世界』は、バレンタインデーにチョコをもらえない哀れな男たち――非リアの怨念が集まってできた世界だ。

 俺は何の因果か、このバレンタイン撲滅世界に勇者として召喚され、魔王バレンタインを倒すために旅をすることになった。


 2月14日に、例年通りチョコゼロだった失意のうちにトラックに轢かれて死んでしまった――はずだったが。

 見るに見かねた神が、俺の死に際の思いを感じ取り、この異世界に転生させられた……ってことらしい。


 長い長い旅を続け、俺はようやく魔王バレンタインの城の最奥まで辿り着いた。

 この、いかにも大ボスが待ち構えていそうな扉の向こうに、魔王が――


 扉の向こうは暗い、全面石造りの部屋だった。

 明かりは上方の鉄格子からのみ……一見、牢獄のような印象を受けた。

 部屋の中心に、司祭風の格好をした痩せた老人が一人。


「お前が魔王バレンタインか?」


 俺が放った言葉に、老人は答えた。


「ほっほっほ。いかにも。わしがバレインタインデーの概念となった人物。魔王バレンタインじゃ」


 意外と軽いノリの魔王だった。若干やりづらさを感じる。


「俺は勇者だ。お前を倒し、この報われない世界を救ってみせる!」

「ほう、なぜわしを倒す?」

「バレンタインデーを世界から消し去るためだ。バレンタインデーの概念があるせいで、今までどれだけ非リアの男達が涙を飲んだか……。お前を倒せば、バレンタインデーの概念が消える! 彼女がいない悲しみを思い知れ!」


 俺は声を張り上げた。なぜ俺はチョコをもらえないのか、なぜ俺は彼女がいないのか、なぜ俺は死んでしまったのか――恨みつらみを込めながら。

 そんな八つ当たりのような発言に対して、魔王バレンタインは笑う。


「そんなこと言っちゃって~。あれでしょ? 異世界ハーレムとかやったんでしょ?」

「そんなものは、なかった!」


 そう。無かったのだ。

 非リアの恨みつらみが生み出した世界……ここでは恋愛は絶対の禁則。破れば、この世界を作った神々の抑止力を受け、天罰を食らってしまうだろう。

 俺も実のところ、異世界ハーレムはかなり期待していたので、かなりがっかりした……が、よくよく考えて見れば、元々コミュ障の俺にハーレムを作ることなんて夢のまた夢だった。

 最初から希望を持てない分、逆に良かったかもしれない。


「俺にはもう失うものはない。この身が砕け散ろうとも、お前を倒す!」


 魔王バレンタインはやれやれといった表情で、


「文句を言う先は私より、日本のお菓子会社だと思うんじゃが……」


 ともっともなことを言ったが、俺は気にしない。


「問答無用、死ねえ!」


 俺は手に持った剣を振り上げる。


「いや、戦わんでもよい。わし、元々今日死ぬ予定じゃから」

「え?」


 魔王の意外な言葉に、俺は振り上げた剣を止めた。


「わしの名前は聖バレンタイン。今日、2月14日はわしの処刑の日じゃ。ほれ、ここがどこか、見れば分かるじゃろう」

「牢獄……」


 魔王は頷く。


「かつてわしのいた国では、国に使える兵士は恋愛禁止じゃった。愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由でのう。わしはそれを哀れに思い、秘密裏に兵士を結婚させた。それが原因で捕らえられたのじゃ。バレンタインデーとは、わしが処刑された日、ということじゃのう」

「あんたが処刑された日に、世の中の男女はキャッウフフしてたのかよ……」


 俺がとまどいながらそう突っ込むと、魔王は「それは違う」と返す。


「わしの願いは、愛しあう二人が自由に恋愛をすることじゃった。わしの死を悼んで作られたバレンタインデーが、男女の仲を発展させることに一役買っているのであれば、それ以上のことはないよ」

「あんた……ホントに魔王かよ」


 俺は呆れとも感嘆とも何とも言えない思いで、声を漏らした。そのとき、


「時間だ、出ろ!」


 別の声が聞こえた。俺は牢獄の外を見る。あれは、兵士だろうか。


「時間のようじゃな。これでわしは倒される。お前さんの旅は終わりじゃ」

「終わりって……俺はこれからどうすればいいんだ。何をすればいい」

「恋をすればいいのじゃ」


 魔王は言った。さも、簡単なことなように。


「いや、この世界は恋愛禁止――」

「それはお前さんの思い込みじゃ。考えてもみろ、人類滅びるじゃろ、それ」


 もっともな話だった。しかし――


「俺には、できない。どうすればいいのかもわからないんだ」

「まず、相手のことを知る。自分のことを知ってもらう。そこからじゃ。お前さんは長い旅をしてきたんじゃろう? いくつもの街を救った。それであればお前さんのことを知る女性などいくらでもいるじゃろう。あとは、一歩を踏み出す勇気じゃ」

「勇気……」

「一歩を踏み出す小さな勇気があれば何でもできる。断られたって、死ぬわけじゃない、次がある。最初から諦めてたら、物語は始まらんぞ」

「でも……」


 弱気になる俺を、魔王は強く励ます。


「ここまでの旅で、お前さんはお前さんなりに努力してきた。その努力はきっと報われるじゃろう……そろそろ行かねばな。最後にお前さんと話せて良かったわい」

魔王はゆっくりと、牢獄の外に向けて歩き出す。

「待ってくれ、俺は――」


 手を伸ばした瞬間、目の前から牢獄は消え、俺は魔王城の扉の前にいた。どんなに力を入れても、もう扉が開くことはなかった。



 魔王は倒され、旅は終わった。

 しかし、人生は続いていく。

 あるいは、ここからが、俺の本当の物語なのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 年が明けたら次はバレンタイン やっぱりこの話、良いなぁ!
[良い点] 泣けました(T_T) [一言] 史実?を元にした素晴らしい作品です(*゜▽゜)ノ本来なら勇者も魔王群の一員の気がしましたが、神(神をなのる人?)の魔王に対する嫌がらせだったんでしょうね
[良い点] もうね。魔王が聖人すぎてくっそ笑いましたw ラストあたりのやりとりなんて、こいつら何やってんの?と思わずにはいられないですね! もう一度言います くっそ笑ったw 以上
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