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金成家の人々(2) 母・金成杏餡

 お袋の名は「あんあん」である。

 今でこそ普通に言えるようになったが、思春期真っ盛りの頃は多少、意識した。

 十代の頃のお袋は、思春期のガキには目の毒なぐらいのボンッキュッボンな和服美人だった。

 中学時代と言えば、性知識を吸収し始める年頃だ。

 どうしても馬鹿馬鹿しいことを考えてしまい、夢に水着姿のお袋が出てきたときなんかの翌朝は、かなり悶々としたものだ。

 俺が簡単に宇宙を旅した理由のひとつに「こういったこと」が関係しているのかもしれない。

 まぁ、まさか20年もの間、地球を離れるとは思っていなかったが。


 20年経ってからのお袋は……驚いたことに旅立ち前と変わらぬ色気を放っていた。

 二児の母であるにもかかわらず、肌艶はすこぶるいい。

 一方の親父殿は、よくよく観察してみると、目のふちの回りが若干お疲れ気味のように見えた。

 それは、当主としての責任からくる重圧なのか、俺が幼少期の頃から眺めていた「夜のプロレス」の疲労感からなのかは不明だが。


「……(ゴクリ)っ太志ちゃん、元気そうで何よりだわ」


 そう気遣ってくれるお袋だが、名前を云う前に何かを飲み込んだのが無性に気になった。

 というのも、ついさっき、親父殿の壁ゴンッ攻撃により気絶して、意識を取り戻したとき、最初に視野に入った顔がお袋だった。

 ニコリと微笑んでくれたものの、今思えば、口元がモゴモゴとしていた気がする。

 何の気なしに親父殿の方へと視線を移すと、ものっそ睨まれた。

 それで、何となく確信を得てしまった。

 そこからさらに虎の尾を踏むのも馬鹿馬鹿しいので、お袋との会話を楽しむことにした。



「それで、太志ちゃんは宇宙で何をしてきたのかしら?」


 当たり障りの無い会話のあと、お袋が核心を突いてきた。


「友達の願いを叶えるべく、努力したよ」

「隠したってダメよ。母さん、知っているんだから」


 と、お袋は色褪せた大学ノートを、奥の引き出しから取り出して見せた。

 見覚えのある大学ノートだった。

 記憶に間違いがなければ、それは「願望ノート」である。

 良く言えば「将来の夢」。悪く言えば「欲望ダダ漏れノート」である。


 背中に大量の汗をかきつつもとぼけてみたが、お袋が読み始めた文の一行が親父の耳に入る前にギブアップした。


 当時の俺には明確な願望があった。

 美人で話の合う、将来のお嫁さんを求めていた。

 あんな岩のような堅物の親父にでさえ美人なお袋が嫁いできたのもあってか、家が金持ちだし、夢はすぐにでも叶うものだと思っていた。

 ところが、現実は厳しかった。

 地球に住まう女は、イケメンでなくてはまともに会話が成立しなかった。

 もっと言ってしまえば、なまじ家が金持ちだったからか、地球の女は、俺と目が合うだけで、俺の息がかかるだけで、俺の影が女に差すだけで『精神的苦痛』を訴え、慰謝料を要求してきた。

 記憶に残る請求額では10兆円という猛女もさがいた。

 市井の女が相手だからこうなるのであって、同じレベルの相手なら……というのは関係なかった。

 地球の女は、テメエの顔の容姿はともかくブサメンには一切の容赦がなかった。

 中学校に入る頃には、リアル地球の女には何も希望が持てず、目が死んでいた自覚はあった。

 だからこそ、宇宙の友人・グレイから宇宙への旅を誘われたとき、地球とは違う惑星に住まう女の人たちの感性の違いに一縷いちるの希望を馳せて、旅立ったのだ。


 結果は惨敗だった。

 だから心がすっかり参ってしまい、故郷に戻ろうと云う気持ちが強まったのだろう。


「親父、金成家は俺の世代で断絶だ。スマン」


 日本もダメ、世界もダメ、最後の希望であった宇宙でもイケメン以外の求婚は禁じられていた。

 俺は立ち寄った先の惑星の事を思い出しながら、溢れる涙をそのままに頭を垂れた。


「太志ちゃん、まだ諦めるのは早いわよ」


 すかさず、お袋が気休めにもならない励ましを口にした。

 親父の目の前にもかかわらず、俺は思わず疑いの眼差しを向けた。

 お袋は、パンパンと手を叩き、合図を送った。

 隣のふすまが開かれ、筆頭使用人の若狭さんがお盆の上にヘルメットとコンパクトなキーボードを載せて運んできた。


「私と静香ちゃんの出会いのきっかけを教えてあげるわ」


 とお袋は慣れた手つきでヘルメットを被った。

 呆然としていると、若狭さんが近づいてきて、俺に対してヘルメットを被るよう促してきた。


 俺はヘルメットを装着した。

 その瞬間、頭が真っ白になって、徐々に周囲の様子が明らかになっていった。

 場所は、人気のない小川のほとりだった。

 案の定、親父とお袋が夢中になったゲームは、VRMMOだった。

 この手のゲームは、黎明期の頃から出会い系のコミュニケーションツールとして機能している。


「イヤン、エッチ!」


 一人納得していると、目の前で小悪魔風の装束姿に変身したお袋が、手ですくった川の水をかけてきた。

 思わず慌てて避けようとしたが、岩の塊のような身体に颯爽としたフットワークは望めず、顔に水がかかった。


「本当の出会いは、ここで水浴びしていた私を静香ちゃん、息を潜めて覗いていたのよ」


 あの親父がかぁ。血は争えないな。

 それはそうと、親父の格好はなんなのだろうか。身体がすごく重い。


「静香ちゃんのアバターは、ストーンゴーレムよ」


 なんとも親父らしいが、普通、バーチャルゲームをプレイするなら、自分とは違う姿に憧れるものだ。ありきたりな例としては、イケメンとかエルフとか。


「そこが静香ちゃんの良いトコロじゃない。お母さん、静香ちゃんの正直さにキュンキュンきたんだから」

「お袋のは……サキュバスか」

「と思わせておいて、最上位種の【リリス】でした。ざ~んねん」


 ……。

 この手のゲームをやりこんだことがないのですごさは今一つだが、自分で最上位種とか云うぐらいだから、結構な時間をプレイしているんだろうな、ということだけは伝わった。


 反面、親父の方はただのストーンゴーレム……じゃなかった。

 親父は、見た目をストーンゴーレムにして、レベルやスキルを相当上げていた。

 親父の本当の種族は【国津神 オオヤマツミ】と記されていた。

 インフォメーションの説明を読むに、『ストーンゴーレムを神格化させた最終形態』とのこと。

 どんだけ遊んでいるんだ、このダメ親父!


 つまり、似た者同士の廃人がくっついて、俺が生まれたということか。



 お袋に促され、ログアウトした。

 基本、この手のゲームには本人認証機能が備わっており、他人による成り済ましを防止しているそうだ。だが、1つ前の世代の機種に限り、親子に対する認証機能の誤認が確認され、10分間だけなら操作が可能らしい。もちろん、10分過ぎると自動でロックがかかり、通報され、プレイできなくなる。

 親父とお袋は、このバグを利用して、危険を侵してまで可能性を提示して見せた。


 となれば、答えは1つ。

 このゲームの最新式の機種に触れて、やりこむ。

 そして、似た者同士のやりこみ女子を見つける。

 それが、俺の将来の嫁さんというわけだ。


 ヘルメットを外した俺は、無言のまま、親父とお袋に頭を下げた。

<ちょこっとプロフィール>


◇金成杏餡。年齢不詳。

 お袋。お袋と読んでも笑顔を崩さないが、年齢を尋ねると途端に空気が変わる。

 地震・雷・火事・オヤジ……ではなくて、美人の年齢確認が真相では?

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