金成家の人々(1) 当主・金成静香
2015/11/23 説明不足による加筆。
親父にひとこと断ってから先に上がった。
久しぶりの風呂だったからか、身体中に血のめぐりを感じた。
「一日一マッパ☆」
俺は後先考えず、バイク乗りのヒーローの真似事をした。
イメージとしては飛膝蹴りを。だが、16の頃から20年たって老化の始まった身体は思いのほか跳ばず、スライディングになってしまう。
「きゃっ」
そして、そのまま滑りだした勢いは止まらず、たまたま出くわした若い女の足を絡めて押し倒してしまった。
「おお、すまんすまん」
立ち上がった俺は、わりと何も考えずに女の方に手を伸ばした。
「………………」
女が俺をじっと見つめてきた。
真剣な眼差しだった。
惚れたか?
とりあえず、ダンディを気取ってみるべきか。
だが、どうも様子がおかしかった。
女の身体は著しく動転したらしく、貸した手も借りずに自力で起き上がるや否や、ビンタしてきた。
「人前でなんてモノ見せんのよっ!」
なるほど。見てしまったというわけか、俺のちんこを。
風呂上がりで血の巡りが良かった分、いつもよりも滾り、みなぎり、ほとばしっていたはずだ。
ックククク。だがなぁ、アレぐらいで驚いちゃあ困る。
「俺はまだ本気じゃ――――
カッコつけて自慢しようとしたが、中断させられた。
目の前の女が消火器を持ち上げて殴りかかってきたからだ。
殺す気MAXの気迫に、思わずタマヒュン現象が起きた。
玉袋が俺の気持ちを汲み取って、ヒュンと縮こまったのだ。
「異世界で人生やり直せ――――」
返す刀ではなく消火器を再度振り下ろそうとする女。
いつもの癖で、とっさにホルスターに手が伸びたが、それはなかった。
考えるまでもなく、風呂に上がったばかりでホルスターを外していたわけで、そのほんのわずかな逡巡のあいだにも消火器は俺の頭の上から接近してくる。
身体は動作硬直により、すぐには次の行動をとれないでいた。
さすがに死を意識して、思わず目をつむってしまった。
恐る恐る目を開くと、俺よりも太い腕が後ろから伸びて消火器を強引に引きはがしていた。
「お父さん、私の味方じゃなかったの!」
状況から鑑みるに、風呂から上がった親父が目の前で起こりそうになった殺人事件をギリギリ防いだようだ。
それにしても、お父さん?
えっえっえっ?
動転した俺の頭は何度か、親父と、よく見れば女子校生ぐらいの女をチラ見していて、ある閃きに導かれた。というよりこれ以外の考えが浮かばなかった。
「ああ、なるほど。親父の『パパ』というヤツか」
その瞬間だ。
親父の雰囲気がぎゅっと重くなったかと思えば俺より太くてでかい親父の手が俺の頭を掴むや否や、そばの壁にブーンと身体ごと投げ飛ばしやがった。
親父は怒っていた。
作りが頑丈な壁は抜けることはなかったが、その分、俺は壁の中で身動きを取れないでいた。
そんな俺に対し、冷静さを取り戻しつつあった親父が一瞥くれると、こう言った。
「マーラはお前の妹だ。次はないからな」
妹であるならば、その怒りは自然なものだ。悪いのは俺である。
オーケー牧場であります……などと、頭の中で返事をしたのち、俺はガクリと意識を落とした。
<ちょこっとプロフィール>
◇金成静香。60歳。
親父。『名は体を表す』ということわざがぴったりはまるぐらい、物静かである。だからといって、物腰が柔らかとか存在感が無いとかそういう軟なニュアンスは感じられない。
国津神でたとえるならば、オオヤマツミ様が鎮座されているような存在感。
平たく言えば、存在をないがしろにすると後が怖い親分。