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金成太志、困惑する。

 目が覚めたら何故か吊るされていた。

 立派な亀甲縛りである。おかげで身体のあちこちの余分な贅肉が垂れまくりで歪な痕として残りそうだ。

 気分はスモークされた豚だろうか。ぬる燗が合うだろうか。


 はっきりとしてきた頭で周りの様子をうかがってみる。

 一瞬、拉致という言葉が頭をよぎったからだ。一応、本人にも金持ちの生まれの自覚はある。しかしまぁ、考えるまでもなく移動に大きな制限のかかるブサオークを拉致るメリットはほとんどないか。

 身代金誘拐の線が消えたところで、視界に映る光景が見慣れた部屋だと教えてくれた。


 ここは折檻部屋だった。

 子供の頃、カンチョーにハマり、誰彼構わず仕掛けたことがある。

 お袋や板長の下の人たちは驚いたり、うっとりする程度だったが、親父は違った。

 ミリ単位も表情に変化はなく、そのぶっとい腕から振り下ろされた拳で俺を殴り、意識を飛ばし、気が付いたら、この部屋で俺が本当に反省するまで、監禁した。

 当時は、ひたすら放っておかれた。

 初めてこの部屋に入ったときは何もないという状況にひたすら驚いた。

 あ、コンクリの床と逃走防止と思われる窓のない壁、子供の腕力では動かすことが難しかった重厚な扉の3つはあった。

 トイレもベッドもなく、食事は不味くて固いパンと塩水のような冷たいスープが扉の一番下に僅かだけ設けられた隙間から差し出された。

 監禁一日目で俺は静かになった記憶がある。

 泣いても、謝罪の言葉を口にしても、土下座で反省を形にしても放置は続いた。だから、赦しを得られるまでの期間、ひたすら大人しくしていた。体育座りで無駄な体力を減らすことを避け、常闇のなかをありもしない妄想の世界に逃げ込むことで時間を潰した。


 いま思い返すと随分とトンデモな経験をしたが、のちのクラスまるごと異世界転移以降も、グレイが立ち寄った星々にて何度か監禁されたので、事前に経験としての耐性がついたことへは感謝している。

 どうでもいいことだが、ブサオークの俺と相対する奴らのほとんどが、人の話を聞かずに事務的に投獄するのがセオリーだった。ラノベや小説でよくある投獄時の僅かな会話イベントなんぞ皆無だった。

 牢屋越しから敵対関係者が、個人的な悪巧みを暴露するイベントとかいうのもなかった。

 やはり、ああいうイベントはイケメン主人公のためにあるのだな、と改めて理解したモノである。


 とまぁ、下らない前置きはともかく、いつまでも吊るされておく趣味はないので、脱出することにする。子供の頃は無力感から来る絶望と孤独に耐えるばかりだったが、そのお陰もあってか、現状からへの打破を試みる気概が生まれた。縄抜けから始まり、物理的な解錠、魔法的な無効化手段を得る機会に恵まれ、それらが上手く作用して、こうして故郷へと戻れたのだろうと思うと感慨深い。


 ただ、時間切れだった。

 何処かにカメラが仕込まれているのか不明だが、縄抜けをし始めたちょうど良いタイミングでそれは現れた。

 素顔のわからないラバー素材の覆面を被ったボンデージ衣装の女王様が、これまた小説なんかに出てきそうなバラの鞭を片手に意気揚々として現れた。チラリとだが、腰のベルトにロウソクが入りそうな小物入れが吊るされていたような気がする。まさか、な。


「オホホホホホッ、か弱い女の子に酒の勢いで襲いかかる卑しい豚よ。今からわらわが躾を与えてやろう。寛大な処置に打ち奮えるがよい」


 どうやら昨日の罪状のことを軽く説明してきた。

 確かに俺は酒を飲むと大虎(おおとら)化してしまう。そんな前後不覚状態でターゲットにしたか弱い女子は誰かと思いを巡らして、順当なところだと、ライラかマーラだろうか。

 ライラは見た目幼女の女子である。襲ったら当然ヤバイ。

 マーラはお袋の血を濃く受け継いだ妹である。お袋の若い頃は知らないが、つい手を出したのであれば、やっぱりヤバイ。


「オホホホホホッ、卑しい豚よ、そなたは日頃から相当の欲求不満のようじゃ。まさかわらわも二人同時攻略を図るとは思わなんだ。つい援護を求めたぞよ」


 彼女いない歴がイコール年齢になるようなブサオークだからな。

 相当の欲求不満とか簡単に言ってくれるが、なかなか不満の解消法方が見つからないんだぞ。

 食べることに逃げれば、ますますブサオーク化が極まるし、酒に逃げたら、今、置かれているような状況だし、風俗……といったそのテの店には金成家という身分の立場上、気軽には入れない。変なのに嗅ぎつけられるのも面倒だからな。


「オホホホホホッ、このクイーンに対して無視とは良い根性をしておる。これから始まる責め苦に対しても、その不相応な態度が続くと良いのぅ」


 高笑いを続けながら、女王は鞭のグリップ部分で俺の頬を乱暴に押さえつけた。


「まずは余興じゃ。この鞭さばき、とくと味わうが良い。痛がるのは自由じゃ。但し、鳴くのなら盛大に『ブヒー』と叫ぶがよい。他の言葉を発することは禁じるぞよ」


 とまぁ、背丈と肉付きのスタイルから推測するに、お袋がノリノリで女王様をやっていた。

 で、この女王様、鞭さばきがメッチャ巧い。

 あー、巧いというのはこの場合、肉の部分に的確に当ててくるのでメッチャ痛い……ということでもある。

 ついうっかり声を漏らしそうになるが、親父のワンパンチと比べるとまだマシか。


「ほぅ、なかなか耐えおるではないか。つまらぬから、褒美をくれてやろうぞよ」


 と、そこでお袋はバケツに入っていた水を盛大に浴びせた。

 否、それは水ではなかった。塩水だった。

 鞭で裂けた傷口に塩水がしみこみ、痛み始めたところをお袋はマッサージをしてきた。

 もちろん、塩水を傷口へ更にしみこませるための処置である。

 ヤスリで全身をゴリゴリ削られる感覚が全身に広がっていくのが伝わるが、お袋が何より欲しがっているご褒美の言葉を言ってやるつもりはなかった。

 それでも痛いのは痛いので「ぐわっ」とか声が漏れる。

 すると、鋭角的な鞭の仕置きが飛んできて、新たな傷口が開いた。そこへ出血と塩水の混じった液体が入り込み、腹の奥底から鋭い痛覚が熱のようにこみあがり、「ウウゥ」と言葉が漏れる。

 その後も鞭の応酬が幾つか続いたが、お袋は音を上げた。


「その強情ぶりは誰に似たのかしらね、太志ちゃん」

「お袋?」

「女王様とお呼び!」

「ブヒー」


 ぐあっ、やられた。

 “もう、終わりにしましょうか?”という雰囲気をお袋が出したから、ごっこ遊びを止めたんだろうと判断したら、鞭で器用にビンタされた。仕方ないので合わせておく。


「いつまでも人力では効率が悪いわね。時代はオートメーション化なのよ!」


 いきなり何を言い始めたのかと、ポカーンとしていたら、俺自身を吊っているフックが機械的な動きを伴って場所移動を始めた。それと同時に割と近い場所の床が割れたかと思うと地下から巨大な水槽がせり出してきた。また、ご丁寧にも製氷されたブロックサイズの氷が水面をプカプカと浮いていた。

 

「水責めにしては本格的だな、お袋」

「女王様とお呼び!」

「ブヒー」


 遠隔装置の操作で忙しくても、鞭操作は健在だった。

 それから先は、俺の意識が飛ぶまでの間、延々と水責めをやらされた。



 ☆★☆★



 次に目が覚めたときは、簡素なテーブルと椅子が用意されていた。

 俺は吊されていた状態から、手足を拘束されたまま床に転がされていた。

 ずっと吊されているよりはマシだが、さっきの拷問からまだそこまで時間が空いていないようで、身体全体に強い麻痺のような感覚しかない。


「太志ちゃんったら、まるで歴戦の工作員みたいにタフなのね。お母さん、痺れちゃったわ。だから、太志ちゃんのために特別に晩ご飯を作ってあげたわ。食べて」


 とは言うものの、お袋の姿はそこにはない。

 そして、食べて欲しいものはあのテーブルの上にあるようだ。

 首ですらろくに動かせない身体を奮い起こして立ち上がらなくてはならないようだ。

 更に手足の拘束つきというおまけを添えて。

 普通なら、空腹の誘惑に(あらが)えずに無様な動きを見せて、必死な形相で何とか椅子に座ろうとするはずだ。そして、バランスを崩して椅子ごとバーンと床に派手に転んだりして。

 しかし、俺には人間以上の優れた嗅覚があった。

 そしてその嗅覚が告げていた。

 テーブルの上に置いてある食べ物の正体を。


「なぁ、お袋」

「なぁに、太志ちゃん」


 お袋はその場にいないので、流石に鞭は飛んでこないか。まぁ、折檻部屋から場所移動した時点で、そういうプレイごっこ遊びは終了しているのだろう。


「テーブルの上に置いてある食べ物は、カレー味のウンコか? それともウンコ味のカレーか?」

「…………」


 お袋の沈黙を俺は是と受け止めた。

 実際のところ、本当にカレーライスの見た目をしたウンコカレーがそこにあるかどうかは不明だ。しかしまぁ、子供の頃、『究極の選択肢』ごっこが流行っていて、その中でもこのウンコカレーは別格の響きがあった。

 また、今までの傾向から、お袋はサディストだ。

 鞭で叩かなくなった、という飴を与える代わりのトンデモナイ毒を用意するとしたら、こういった絶望系だろう。

 苦労した末のご馳走が、胃液逆流待ったなしの湯気上がる冒涜ディナー。

 ゲロを吐いて更なる汚物を添えるのも、誰もいない空間でひたすら空しい罵倒を繰り返すのもお袋を最大限に喜ばせるだけのスパイスでしかない。


「それと、だ。お袋」

「まだあるのかしら、太志ちゃん」

「前回、お袋も別アカウントでログインしていたんだな。気付いてやれなくて済まなかった」


 あの捻り出された冒涜であるが、俺にとって幸運なことについ最近、浣腸で気絶させたキャラクターの指の先に付いた臭気と同じニオイがした。だからこそ気付けた……という推測で物を語ってみたわけだが、どうやら大当たりのようだった。

 どこからともなく自動ドアの開く音がした後、いつもの着物姿……ではなくて、ログイン時に対峙した東洋風の巫女装束姿でお袋は現れた。

 流石に顔つきは……と思っていたが、現実の年齢と比例しない若々しい顔つきである。

 んー、あれだろうか。

 親父との毎晩のプロレスごっこの賜物なのかもしれない。触れないでおこう。


「太志ちゃん、何か言うことはあるかしら?」


 不意にお袋が俺の肩を持ち上げた。そして、だらしなくお袋に身体を預ける形にして抱擁をしてきた。

 知らない人が今の光景を見たら、情け深い婦人が行き倒れを介抱しているの図……に見えなくも無い。


「お袋でさえ良ければ、次のログインからパーティーに加入してくれ」

「いいの? 前のアカウントと違って、今のはゲームを始めたばかりで弱いわよ?」

「俺は戦力として誘っているんじゃない。お袋がわざわざ別アカウントを取ってまでして俺と出会ったのなら、敵対する理由もない」

「あら、私が勇者のパーティーにいることがそんなに心配?」

「勇者なら殺した」

「どうもそのようね。エレベーターで下の階層から命からがら逃げてきた四人娘が怯えながら機械を壊していたもの」

「ああ、やっぱり破壊されていたか……」


 裏付けではないが、やはりエレベーターは動かせなくなっていた。

 そんな俺の心底残念な顔つきに、お袋がニンマリとした笑顔で提案してきた。


「エレベーターも直してあげるし、太志ちゃんさえ良ければ、パーティーに加入しても良いわよ」


 大変魅力的な提案だが、この世はギブアンドテイクである。

 誘い水には、大抵、落とし穴がある。


「お母さんはリリスだって、以前、言っていたの覚えているかしら」


 確か、サキュバスの上位種族のような設定だったか。


「ブッブー! リリスは淫魔族のトップよ。ナンバーワンだけがそう呼ばれるの」


 さいで。それで、どういった条件が?


「まず、パーティーに加入しても私は束縛を嫌うから、自由行動を認めてちょうだい」


 おや、想像していたのと違ったな。だが、別に構わないか。


「大丈夫よ。お嫁さん探しに精気を蓄えなきゃなんない太志ちゃんの事情は理解しているから、その辺は、お父さんたちに頑張ってもらうからね」


 あれ、これサラリと愛人が他にいるような発言じゃないですかね。


「それも大丈夫。だって、今でも静香ちゃんがブッチギリだから」


 それはそれは何ともお熱いことで。


「でもね。時々、情欲抜きの愛のあるキスが欲しいときがあるの」


 え。


「ちょうど今がそんな気分なの。だから、お・ね・が・い!」


 とか言いながら、お袋はなし崩しに唇を近づけてきた。

 先程の拷問のせいで全身が麻痺している俺に拒否する力も無く……。

<インフォメーション>


☆フトシさまは【氷結耐性:レベル3】を獲得しました。おめでとうございます。

☆フトシさまは【淫魔族長の口づけ】を受け入れました。

○アンアーン様のパーティー加入を認知いたしました。

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