金成太志、少女を誘拐する。
「さて、次はお前の番じゃぞ!」
ライラはさっきまでの重たい話をバッサリ捨てて、顔を近付けてきた。
近い近いよ、ライラさん。唇を伸ばせば、チューできちゃうよ。赤ちゃんできるよ。
「フトシさま、流石にそれは昭和臭くありませんか?」
「年少時代、俺はこれでよく苛められたものさ」
「?」
何の事かよくわかっていないライラは放っておいて、俺は彼女をエレベーター室へと連れていく。
「こちら側の住人よ、これが文明の利器だ!」
高らかに宣言しつつ、そばのボタンを軽く押す。
それは、エレベーターのボタン。このボタンに呼び出された箱に乗るだけで、我々はいとも容易く外に出ることが出来る。しかも、指をちょんと動かすだけで。ああ、文明って素晴らしい!
だが、反応がない。
何度押しても、ウンともスンとも言わない。機械だからモノは言わぬが。
この状況から察するに、あの四人娘どもはエレベーターを壊して下に降りれなくしたっぽい。
クソがっ!
「どうした? 力の片鱗とやらはもうおしまいか?」
小憎らしい笑顔と共に精神的上位に立とうとしてくるライラ。
まさか、コイツ、こうなることを先に知っていたのか?
不味いぞ、フトシ!
どうする、フトシ!
……などと、急な対策になけなしの頭脳を捻っていると、突然、地面から魔法陣が発生し、誰かがこの場に現れた。
出現と同時に発生するおびただしい量の煙には辟易したが、煙が薄くなるに従い、誰がやって来たのかようやくわかった。
「チョーさん!」
「オイイッス!」
作務衣姿にくわえタバコのやる気の無さそうな顔が特徴の、我が家の板長ことチョーさんが、往年のコント番組に出ていたリーダーのような挨拶で応える。どうでもいいが、チョーさんもこのゲーム、プレイしているのか。ゲームよりも縁側でボーッとしながらタバコを吸っているか、寝ているかのイメージしかなかったのだけれど。
「で、チョーさん、何の用事が?」
「晩ごはんができたぞ。帰るぞ」
「え?」
俺がこのゲーム世界に足を踏み入れる前に収監されたあのカプセル装置は、内部アナウンスにてプレイヤーの健康状態を逐一チェックして、お腹が空けば栄養チューブ入りの管を挿入し、排泄その他も自動で処理してくれるような内容だったのだが。
「ああ、それか。主電源を落としておいた。直ちに強制排出モードへと移行していたから、まもなく強制ログアウトが起こるだろうよ」
俺に飯を食わせるためだけに、かなりアグレッシブな行動に出る板長である。
若狭さんもこの行動は想定外だったようで、眉間に眉を寄せて考え込んでいる始末だ。
それでも多分、俺と同じ考えで、チョーさんに意見をすることはないだろう。というのも、チョーさんは料理以外のことで人の意見を聞くということがあまりない、フリーダム過ぎる人だからだ。
「うおっ!」
突然、俺の視界が真っ白なものになったかと思えば、光の柱が発生して俺自身が急速に上昇していった。これが強制ログアウトかーーという考えもなにもあったもんじゃない。
☆
「フトシはどうしたのじゃ」
あのフリーダム板長さんにも困ったものです。
自分の用事が済んだら、目の前の少女の困惑そっちのけでログアウトとか。
「ノーリ殿」
置いていかないでくれ、という懇願を含んだ視線が痛々しいまでに伝わります。
フトシさまは恐らく気付いてはいないでしょうが、先程までのライラさんは長年の孤独から解放された喜びで相当はしゃいでおいででした。それが、何の挨拶もない、突然の別れです。
「ノーリ殿もワシを見捨てるのじゃな」
「私の主人はフトシさまですから」
私はそうにっこりと微笑むと通常のログアウトを行いました。
頭に『10』という数字が点滅しながら現れて、徐々にその数字が少なくなります。
置いていかないでくれ、後生じゃ! とライラさんが私を抱きしめようとしますが、カウントダウンと共に希薄になっていく私の身体には触れることも叶わず、ライラさんはとうとう等身大の子供のように泣き出しました。
でも、私は何の心配もしていません。
ライラさんもまた気付いていないのですが、彼女の背後から空間が割れて、そこから普段からよく見ている人の太い腕が出現していましたから。
ですから、私のカウントダウンがゼロになったのと同時に、ライラさんは太い腕に捕まり、そのまま、我々の住む世界に移動しました。
もちろん、それを可能にしたのはフトシさまです。
ゲームの世界から脱衣室に保管してあった装備品を取り出すのと同じ要領で、現実の世界からゲームの世界の住人を引っ張り出したのです。
現実世界に戻って早々、もどかしい思いで頭部装置を外した私が最初に見た光景は、強制ログアウトによるカプセル装置からの強制排出により裸で寝転がるフトシさまと受肉化されたライラさんでした。
受肉というのは、我々の現実世界では天使や悪魔、精霊といった実体を持たない存在が人間と共に行動する際に得る仮初めの身体のことです。普通は、幾重にも張り巡らされた魔法陣により造り出された身体にゆっくりと精神を同調させていくものなのですが、フトシさまのそれは手に触れた存在がそのまま受肉する仕組みとなっており、その頭ひとつ抜けたぶっとび具合に驚きを隠せませんでした。
フトシさまをじっと見つめていますと、私の力で見えるフトシさまのステータス『救星主』の文字が金色に点滅しています。やはり、あの力はフトシさまが救った星たちとの盟約によるもののようです。
あら、そろそろフトシさまの意識が戻りそうです。
私はいつものように老婆に見える幻覚を自分にかけて、フトシさまの元へと寄り添いました。
☆
目が覚めた。しかし、気分が悪かった。
一日に2度も力を使ったのが問題なのか、物ではなくて人を運んだのが良くなかったのかはわからない。とにかくこの症状は、力の使いすぎによるものなのは確かだ。
幸い、気分転換と時間経過を同時に行うと治るので、まずは風呂に入ろうと思う。というのも、こちらの世界に連れてきて改めて実感しているが、この幼女、相当の年数、風呂に入っておらず身体全体が臭い。
顔をしかめていると、同じ表情の若狭さんと視線が合って、苦笑した。
若狭さんが機転を利かせて、部下たちを呼び鈴で集め、俺とライラは担架で大浴場まで運ばれた。
そこから先は男湯女湯にわかれて、お揃いの浴衣姿でライラと再会したのだった。




