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金成太志、あちら側の事情を語る。

2017/7/19 加筆。

「ところで、お主たちはどうやってこの宝物庫のありかを聞き付けたのじゃ」

「どうもこうもあるか。たまたまなんだよ。俺がこちら側に来たとき、転送されたのがオークの城だったんだ。そこでは数日前に勇者の襲撃があって、みんなが再襲撃にピリピリしていた。新参者の俺は因縁つけてくる古参のオークに実力を示し、色々あって、ここまで来たんだ。詳しい話は省略だ。面倒くさい」

「お前、それじゃあ、今後の……まぁ、よい。ノーリ、話しておくれ」

「私の主人はフトシさまです。主人の許可なくして語る権利を持ちません」

「なっ! ワシは魔王の娘じゃぞ。魔族のトップの娘じゃぞ。たかだか妖狐風情が……


 ライラはまた虎の尾を踏んだようで、若狭さんの視線に固まっていた。

 懲りんな。まぁ、アレか。ずっとこんなところで引きこもっていたからコミュニケーションを学ぶための場数が圧倒的に足りていない。だから、空気を読むとか優しい嘘をつくとかそういう気遣いが出来ないでいる。

 これは、確かに外に出して、会話の一般スキルを会得してもらおう。


「ーーというわけです」


 若狭さんに俺がお願いして、彼女がライラに説明して聞かせた。

 納得したライラがチラリと俺を一瞥して、若狭さんに笑顔を向ける。


「なるほどのぅ。本当に偶然なのじゃな。そういうこともあるんじゃな」

「もしかして、今まで信用してなかったとか」

「そうじゃな」

「俺が饅頭食べているのを見て、たまらず外に出てきた無用心娘が信用していない、と。ショックだなー」

「おい、そこのオーク、ちと言葉が過ぎないか。ワシはノーリ殿は敬意を払うのに値すると見るが、お前にはそうは思うとらん。お前はあちらの世界でノーリ殿よりも立場が上なだけのクズにしか見えん。悔しかったら力を示せ」


 この魔王の娘や城のオークどもの態度だけで、ここの世界の住人の特徴を決めてかかるのは早計だが、やたらと実力を示したがるし、相手にもそれを求めてくるな。

 ああ、そうか。

 俺らと違い、ステータスカードという実力を客観的に知るものがないのか。

 それ故の挑発か。一つ、良いことを学んだ。


「じゃあ、交換条件といこうか」

「ハアア? この期に及んで何を言っておる」


 俺の提案に対して、ライラが承知しかねるという表情を示した。

 それはそうかもしれないが、生憎あいにくと俺は他人に意見を合わせることができない。

 それをするぐらいなら、目の前の他人の首をねじることに躊躇ためらわない。


「まずはライラ、君が勇者の死体から知りうる情報を俺たちに教えろ。それが納得に足りうるものだったら、俺がお前の望む力の片鱗を見せてやろう」

「力の片鱗とな、大袈裟な台詞でワシを惑わした気か?」

「やるのか、やらないのか」

「ようし、いいじゃろ。その挑戦、乗った!」


 さっき学んだばかりの挑発を試しに用いてみたが、思いの外、上手くいった。

 ここの世界の住人に対して俺の意見をスンナリ通すなら、このやり方が良さそうだ。



 俺たちは宝物庫を出て、勇者の死体が放置されている部屋へとたどり着いた。

 ライラは魔王の娘を名乗るだけあって、暗闇のなかを苦にする様子もなく、後をついてきた。

 まず、一応の確認ということで俺が部屋の隅から室内の様子をうかがう。

 室内は勇者の死体と俺が作り出した衣装ケース、刺さったままの武器以外の気配はなかった。

 次に、若狭さんにもチェックを頼む。

 魔法で姿を消している様子はないようだ。全員、エレベーターに乗って逃げたあとだった。


「ふむ。全員ビッチだったか」

「フトシさまがどんな魔法をかけたのかと思えば、そういう条件だったのですね」

「何だ何だ、話が見えないぞ」


 彼女たちの武器を刺すときのことだ。

 ただ単に刺すだけでは面白くないと思った俺は、抜き取るために条件を設けた。

 この勇者の道具袋に詰め込んでいた内容から、あちら側から来たっぽかったので、あちら側から来た凡庸な男がこちら側で絶対やるであろうイベントを考えたら、自然にこの条件が浮かんだ。


『汝らの武器は、穢れなき身体であれば手元に戻るであろう』


 想像通り、勇者は仲間全員とヤっていたので、武器は抜けなかった。


「お主、底意地が悪いのう」


 ライラよ、褒め言葉として受け取っておこう。


 ☆


 さて、そんなことはともかく、勇者の個人情報の暴露タイムである。

 ライラは頭が半分喪失した勇者のグロい姿に怯えるでもなく、俺たちには見えない文字を読み上げるように述べていった。


「こやつの本名はスズキイチロウじゃ。こちら側ではイチローと名乗っていたようじゃな。職業は勇者じゃった。特技は特になし。彼女なし。享年47歳じゃな」


 見た目はまだ10代そこらにしか見えないが、リアルでは俺より年上だった。

 ん?

 享年?

 おいおい、リアルでのこいつはゲームオーバーに挫折して死んだのか?


「可能性はありますよ。このゲームのシステムの仕組みを理解した上での職業選択をしていれば、ですが」

「どういうことだ?」

「このゲームですが、はっきり言えばイケメンと美人だけが魔王と戦い、勝利する権限があります」

「は?」

「もっと残酷に宣言すれば、イケメンと美人だけが対魔王戦に必須とされる武器と防具を装備でき、戦いに挑む資格を持ち、イケメンと美人のみにだけ授かる必勝の魔法を唱えれば、魔王に勝てます」

「ノーリ殿、それはあんまりじゃなかろうか」


 ライラの顔がみるみると曇っていく。

 父親を侮辱されては、若狭さんが相手でも憤らざるを得ないか。


「事実です。フトシさまの父上である静香さまの大番狂わせ以降、運営はとあるスポンサーの意向を忠実に実行するため、開発に圧力をかけて、システム改変を行いました。その結果が今の状況です」

「それがこの凡庸なイチロー君とどう結び付くんだ?」

「どんなに箝口かんこう令を敷こうとも情報は漏れるものです。このゲームの仕組みに疑惑が広がった際、運営側は譲歩案を出しました。心底、勇者になりたい凡庸な容姿の者たちに条件を添えて」


 条件とは、イケメン&美女の姿になってゲームを盛り上げること。

 運営の課した課題にキッチリと応え、このゲームの素晴らしさを内外にアピールすること。


 それさえ遵守するならば、運営は、勇者を希望する凡庸な容姿の者たちに、イケメンと美人のアバターを取得すれば勇者になれることを認めた。伝説の装備品の取得も認め、必勝の魔法は取り消された。

 実際のところ、リア充よりも容姿に劣る者たちの方がゲームののめり込み度が違う。

 ゲームの運営側としては長くプレイしてもらってナンボなので、儲けの方を選択した。

 但し、である。

 アバター代が高いのと、一週間以内の再ログインがなかったらゲーム内のそれまでの功績が一瞬で消える。毎日ログインしていても、何処かでゲームオーバーを迎えたらレベル1からの再スタートになる。それまで蓄えた所持金もレアアイテムも一切合財ロストである。そのくせ、ステータスカードには『G:0』という表記がつく。ゲームオーバー回数を示し、三度目のゲームオーバーを迎えると金輪際、勇者にはなれない。

 稼ぎたい運営と『美しき者』のありようにこだわるスポンサーとのあいだに交わされた密約の成果が、この条件である。

 正直、俺のモンスター難易度なんてまだまだだな、と思える鬼畜さである。

 にも拘らず、勇者になる者は後を立たないそうだ。

 その成れの果てがゲームに全財産突っ込んで、すべてを失い、自殺という流れになる。

 若狭さんの推測するイチローくんの末路はまさにそれだろう。


「質問なのじゃが」


 ライラがこれ以上聞くのもウンザリな表情でそれでもなお聞いてきた。


「なんであちら側の住人はそれほどにまで勇者を目指すのじゃ?」

「チヤホヤされたいからだろう」

「それだけのために人生を棒に振るのか?」

「男ってのはなぁ、ちょっとカワイイ女の子に誉められただけで、頑張れる単純な生き物なんだ。だが、俺が帰ってきたこの国のレディたちは『イケメン以外死ね』というのが、スタンダードになってしまった。だったら、こちら側の世界だけでもいいから少しでも多くの異性と触れ合いたい&抱き合いたいという性欲がどうしても勝ってしまう。その結果が、現実生活の放棄なんじゃないかな」

「あちら側は恐ろしい世界じゃのう」


 全くその通りだと思う。

 イケメン&美女が創作の世界で活躍する分にはまだ可愛いげがあった。しかし、これをリアルにまで適用してはリア充以外は実に息苦しい。

 俺の居ない間のこの国のあらゆる職業の採用条件は学歴や才能ではなくなった。

 唯一、イケメン&美女であるかに比重が置かれている。

 また、リア充と呼ばれる整形の必要の無い第一級市民、整形や運動で美貌を手に入れた&維持している第二級市民、どちらのアクションもお金の無駄でしかない第三級市民という階級すらできている。

 言うまでもないが、第三級市民に属する人たちが圧倒的に多数である。

 かつては数の暴力でこのシステムに反旗を翻した時期があったらしい。

 しかし、この国の第一級の美男美女は、ほぼ全員、マッチョな男を軽く凌駕りょうがするデタラメな筋力と敏捷びんしょう力を有し、反乱をことごとく鎮圧してみせた。

 以来、第三級市民は絶望し、あらゆる職業の末端の職務を無言で支えている。

 ちなみに、中間管理職には第二級市民が、トップは第一級市民にしかなれない。

 能力や年功序列といったものは一切、存在しない。

 第三級市民は、生涯、最低賃金を上手くやりくりして生きていかなくてはならない。

 その一方で、才能や頭脳があるわけでもない、ただ顔だけのやつらが会社の支配者層である。

 うわなにそれこわい、を地で行く恐ろしい世の中に変貌してしまった。

 一生涯を絶望のなかで生きていくしかなければ、せめてゲームの中ぐらいは、うたかたの夢を味わいたくなるのもやむを得まい。

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