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金成太志、大手ゲームの真似事をしてとばっちりを受ける。

 子供は大福を食べ終わると立ち上がった。

 視線を向けるとドアノブの方へと移動していた。

 なので、後をつけた。


「……なんじゃ?」


 大柄な豚がやって来るのである。子供が怪訝な眼差しを向けてくるのも無理はない。


「せっかくだから、宝物庫のなかにお邪魔しようかと」

「何も入っとらんよ。何せ、ワシの居住部屋じゃからのう」

「え? 宝物庫って書いてあったじゃん」

「それはのう、ワシをあの部屋にいれた父様がワシを大事にするあまり名付けただけじゃ」

「親父はあのリーダーオークか?」

「ふざけるな。ワシの父様は魔王じゃ」

「じゃあ、豚の魔王だったのか、あいつは」

「まだ言うかっ!」


 子供、肩を震わせてわななくも、急に深呼吸を始める。

 怒りが何かの冗談のようにみるみると消え失せ、饅頭を欲しがったときの無表情へと戻った。

 そして、ドアノブへと手をかける。


「ふーむ。これからもずっとその部屋のなかに引きこもりか?」

「……お主がワシの何を知っておる。放っといてくれんかのう」

「じゃ、饅頭をタダで食ったから、君のことを教えてほしい」

「ふん。それじゃあ、ワシは今から食べたぶんを吐き出してやる。じゃから、もうこれ以上、ワシに関わるな」


 子供がその小さな手をのどに入れようとするのを押し止め、つい、条件反射で子供の頬をピシャリと叩いた。


「何をする!」

「お前が美味しそうに食べたその饅頭を簡単に吐くというバカな行為を止めるためだ。あれは若狭さんが俺のために用意してくれた取って置きの饅頭だ。とっておきだからな。とっても美味しかっただろ? 安らぎと癒しを得ただろ? だから、そんな勿体ない行動をとるな。むしろ、若狭さんに謝れ」

「たかが食べ物ごときで」

「たかがだとっ!」


 個人的なことだが、俺は食べ物を粗末にするやつを許さん主義だ。

 だから相手が子供であろうとも、いや子供の姿をした年齢不詳のアンノウンかも知れないが、まぁ、ともかく食べ物に対しては考えを改めてもらいたく、平手を往復させた。

 子供の顔がみるみるうちに腫れていく。


「やめぼ、やめべでぐべ」


 顔が腫れてしまった影響で子供の発音がおかしくなっているが、構わず平手を打つ。

 俺が求めているのは若狭さんへの謝罪である。

 子供だから、そのへんの発想ができないのだろうか。

 いったん、平手打ちを停止させ、最終通告を行う。


「いいか。これが最後だ。若狭さんに失礼なことを言ったお詫びをしろ。それが嫌だというのなら、お前の気持ちがへし折れるまで平手打ちをやめない。どうだ?」


 ひょっとしたら女の子だったかもしれない可愛い顔は既になく、肉の詰め物のように膨れ上がった顔にタラコ唇の子供は、暫しの沈黙のあと、若狭さんに対し、土下座で誠意を示した。

 口許が重点的に腫れているのと、執拗に偏執的なまでに平手打ちをしたせいで物を考えるのが億劫になっているであろうというのはよく分かる。よって、身体全体を用いて謝意を示した、と。

 あとは若狭さん次第である。この土下座に反省の意思を読み取れるかにかかる。


「良いでしょう。フトシさまの優しさに免じてあなたの謝罪を認めます。……ですが、私も食べ物を粗末にするのを厭わない言い方は気に入りません。次はないと思ってくださいね」


 と若狭さん、俺を折檻するときの眼差しを子供に対して容赦なくぶつけた。

 お許しを得て緊張を弛めていた子供は、その目力に本能が恐れをなして、泡を吹いて倒れた。

 気絶した、とも言う。

 さて。

 俺は子供を背負うと宝物庫のドアノブに手を伸ばした。

 今から、子供の顔の腫れを引かせるためにも介抱せねばなるまい。ということは、合法的にこの引きこもり部屋へと入ることができるということにならないだろうか。

 モラル? んなこと知ったことか。


「入りますよ~。お邪魔しまーす」


 一応、声をかけてから、俺と若狭さんは子供の住んでいた引きこもり部屋に入っていった。



 ☆



 子供部屋は、汚かった。

 子供特有の、落書きやおもちゃの散乱による汚さではなく、ずっと閉じ籠っていなくてはならなかったことによる気狂いで、汚かった。

 衣服の類いは全て刃物で切り刻まれ、カップや皿のほとんどが叩き割られ、その際に負った怪我のまま、あちこちの壁に血を擦り付け、本棚に安置してあったとおぼしき書物の類いは無造作に抜き取られ、山を作り、所々、ションベン臭い。あとで証拠隠滅でも図ったのか、少しばかり燃やした箇所があった。


「狂気度が足りないな」

「冒頭の文句がそれですか、フトシさま」

「本当に狂うというのは、一見普通なんだ。でも、どこか違う。そのどこか、を発見したときにそれがあんまりにも常識から離れているから、人は叫ばずにいられなくなる。遅れて恐怖が相手を包み込む」

「例えば?」

「そうだな。さっきの外のアンデッド集団の首が何故かなかったという設定にしよう。俺が饅頭食べて、こいつにやって、こいつが味に感動してお礼に……というシチュエーションになる。

 宝物庫のなかは理路整然とした貴族の屋敷のようだった。

 そこで、こいつが『かき氷』を用意します、といって持ち出してきたのが氷結した人頭で、見事なイチゴシロップのかき氷が出来上がった、といった感じか」

「耳たぶのコリコリ感が絶妙ですのよ、フトシさま」

「そうそう、そんな感じに気持ちいいくらいの笑顔でお勧めしたりしてな。やんなっちゃうぜ。とまぁ、冗談はここまでにして、若狭さんには部屋の掃除をお願いする。俺は、出来る範囲でこの子供の顔の腫れを治そう」


 了解です、と納得した若狭さんが何処からともなくホウキを取り出すと早速、行動に移した。


 俺は、部屋を一望する。

 片方は本の山。安全ではあるが、子供を背負った状態での上り下りはしんどい。

 片方はガラスや磁器の破片が散乱したフロア。足の裏が血まみれになるだろうが、ショートカットにはなる。

 結論。

 再生能力のランクアップのために、敢えて怪我をすることに。

 まるで剣山のようなフロアに対し、ほくそ笑みながらガラスの上に勢いよく踏み込んだ。

 結果。

 何故か、ガラスや磁器が俺の足の裏を避けた。

 普通に歩くとモーセの十戒みたく危険物が縦に割れていく。

 こんなはずじゃなかったのに……。


 室内の奥の方に子供のベッドが見つかる。

 長いこと子供が寝ていた割りには、子供の体重でついたシワ以外の目立った汚れが見当たらなかった。

 普通、ベッドのシーツを一度も替えないのであれば、肌の垢の汚れやヨダレ、その他のシミが付着していって、独特の色合いを形成していく。そして、臭う。

 それが、一切、なかった。

 となると、この魔王の子供とやらは、人間とは身体の仕組みが異なるのだろう。

 まぁ、いい。

 とりあえず、ベッドに寝かせた。


「ん?」


 気のせいかパンパンに膨れていた顔が若干、引いているような。

 ところどころドス黒く変色していた肌の色も、血の気がさして、赤紫へと変化していた。

 オークほどではないが、緩やかな再生能力を所持しているようだ。

 これならば、俺の血を振りかけて治療薬代わりにする必要もなさそうだ。

 そういうわけで、子供のことは放っておいた。


 急に手持ちぶさたになったので、子供の寝室を捜索することにした。

 最低? 俺の知っているゲームでは見知らぬ家に勝手に侵入したあげく、タンスやツボのなかを漁り、僅かばかりの小銭やよくわからんメダルを不法取得していた記憶がある。

 大手のゲームが堂々とやって許されていて、個人がやって糾弾される謂れがあるだろうか。

 とりあえず、俺は赤の扉の方から開けてみた。

 鍵がかかってはいたが、ピッキングは得意だ。


 赤の扉の方は学校レベルの放送室で見かけたことのある、色とりどりの押すボタンと音量を調整するのではと思われるつまみがいっぱいついたかさばる機材と音楽室で見かけるようなピアノがあった。

 用途がわからないので、とりあえず今は放っておいた。


 次に反対側の青の扉を開いてみた。

 子供の着替えがいっぱいかかっていた。スカートっぽいのがあったので、あの子供は女の子なのだろう。

 タンスがあったので、勝手に開ける。

 女物のパンツその他が色々と見つかったので、やっぱり女の子だった。

 それにしても、と思うことがある。

 豚の鋭い嗅覚をもってしても、あの子供にはこれらのパンツや肌着を身に付けた臭いがしない。

 言い方は悪いが、あの子供は閉じ込められたときの服装をずっと着ているのでは? という錯覚すらした。

 これはアレだな。

 調査である。

 幸いにして俺は、寝ている相手のパンツを見ることへの抵抗というのがない。

 俺は子供が寝ている部屋に、急いで戻った。


 残念なことに子供は起きていた。

 その目はどうしたことか無表情を通り越して虚無感すら覚える。

 否。

 あれは、まるでゴミでも見るかのような侮蔑の色が含まれている。

 そして、片手に立派な肉切り包丁を持っていた。


「何をしておった?」

「探索だな」

「見たのか?」

「ああ。パンツやその他ぎゃああ!


 少女は手慣れた手つきで包丁を振り回してきた。

 油断していたわけではないが、ステップをとるには動きづらい場所にいたせいで満足のいく回避行動がとれなかった。故に、少女から包丁を取り上げるまでの間、何度か切られた。

 やれやれ、怒った女の子は何時だっておっかないぜ。

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