プロローグであり少し先の話
古い本の臭い。
それは長年傍にあり続けた懐かしい臭いでもあり、心が落ち着く臭いでもあった。
私が眼を覚まして見れば、そこは本の世界。
数々に無造作として置かれた本の山は、まるで一つの世界を奏でている。
これら全ては、全て私の所有物。
逢魔ヶ刻学園図書室の本は全て《超高校級の図書委員》と呼ばれた、私が管理をしています。
学園といっても、授業らしい授業は午前中に終え、残りの時間は、全て己の分野の伸ばす時間として扱われます。
いい加減、体を起こして、眼を擦ると、図書室に設置された長机に、誰か人が居ました。
声を掛けるよりも速く、その人は私の存在に気が付き、声を掛けてくれます。
「あぁ、合歓乃木さん、おはよう……って言うには遅すぎるか、こんにちわ」
彼は、私が良く知る人間でした。
名前は藍鵜衛緒、《超高校級の総合適合者》と呼ばれた、今年から入度された新しい役職。
彼の肩書きは、所謂全ての分野に置いて一定以上の能力と性質を持つ"完璧主義"を目的とした検体者。
その実力は、今年の一年生全員の能力を人並み程度にはその身に体現出来るそうで。
「…………こんにちわ、藍鵜、くん」
名前を、どう呼んで云いか分からずに、取り合えず苗字で呼んで、君を付けて見る。
苦笑気味で笑いながら、藍鵜くんは呼び方は何でもいいよ、と言ってくれた。
「俺の名前、適当だろ?だからさ、もう名前呼びは気にしない事にしてるのさ」
手に取った本を机の上に置いて、藍鵜くんは指折りで、自分のあだ名やニックネームを呟き出す。
「取り合えず、最近は「太郎」シリーズが流行っててさ、藍太郎、鵜太郎、衛太郎、緒太郎って、そんな感じに呼ばれる事が多くなったな、あ、ホラ、海里っつー奴は俺のこと鳥の字とか呼んで来るし、合歓乃木さんも、俺の事、好きな呼び方でいいぞ?」
余程気を使ってくれたのか、その笑顔には覇気が無い。
けれど、海里さんの部分になれば何故か嬉しそうに、こう云う呼び方をされているんだって、生き生きとして喋っている。
海里さんの事、好きなのかな?
そう云う疑問が脳裏に過ぎって、頭を振りながら考えを停止する。
別に、好きだからとかじゃなく、まだ付き合っているのかどうかを何て……って、何を言ってるんだ私は……。
自分でも、頬が赤く染まっている事が分かって、顔を俯いた。
藍鵜くんは、それを不思議そうに眺めて、何かに気が付いたかの様に辺りを見回す。
「…………なあ、そう云えば、哉繰は?」
哉繰、岬さんの事を云ってるのかな?
哉繰岬、《超高校級のオカルト研究部》としてこの逢魔ヶ刻学園に入学した彼女は専攻としては私と同じ文系なので、普段は図書室か、部室で分野を広
げています。
今図書室に居ない、と云う事は、きっと部室で研究を続けているのでしょう。
「そっか、じゃあ、オカ研に行く事にするかな………」
そう云って椅子から立ち上がった直後。
―――図書室の外から、軽快な非常ベルと共に、校内放送が流れくる。
『逢魔ヶ刻学園に、敵国が攻めてきました、全校生徒は、直ちに持ち場について、敵国を撃退してください』
日常の終わりで、異常の始まり。
深い溜息と共に、藍鵜くんは私に手をさし伸ばします。
「……何人生き残れるかな?」
私は、藍鵜くんの手を取って、
「………少なくとも、誰かが死にますよ、必ず」
冷たい瞳で、私は冷酷に呟きました。




