第九話 闇の王
――ここはグリンテイル王国の王室。
幼王モグレスは十二歳で王位についた。
先代の王グレノムの没後、いつ周辺国が手を組んで侵入してきてもおかしくない状況であった。
そうならなかったのには、グレノムの右腕として国を治めてきたルッカスの存在に依るところが大きい。ルッカスはモグレスの教育係でもあった。
その髪は赤く、瞳は翡翠の様に鮮やかであった。
「モグレス様、昨夜召喚された勇者についてなのですが」
「何だ?ルッカス、申してみよ」
「はい、勇者の内の一人が早くもその資質を表した様でございます」
「なるほどな、半信半疑ではあったがやはり伝説は本当であったか。では予定通り一週間後、ユグドの森に出発せよ」
「はっ」
「これから余も学院に行く。ウィンデガルド家のカウェインの様子も見ておきたい」
――学院前の広場
「トウマ君、本当にやるのかい?君にもしものことがあったらモグレス様に合わせる顔がないのだが……」
「早くしろ、俺は死なない。たかが五分だろ」
やれやれ、といった表情でカウェインは腕を組んで木にもたれ掛かっていた。
「……では、参ります」
賢者ゲイルは目を瞑り、詠唱を始めた。
『闇を従え 深淵よりなお深き存在 災厄与えし闇の王よ 我ここに汝に願うは惨憺たる鏖殺……』
――気が付くと、トウマは荒れ果てた岩場に倒れていた。空に太陽は無く、代わりに灼熱の溶岩が辺りを照らしていた。周囲には白骨が山のように積み重なり、漂う空気は絶望を感じさせた。
「な、なんだよ。地獄って言っても、この程度かよ」
トウマが振り向くと、十メートルほどの漆黒の体に、大剣を軽々と片手に持った闇の王が居た。
「我は闇の王。貴様は何者だ、どこから来た」
「あ、あ……」
言葉にならないトウマを待つことも無く、闇の王は大剣を振り上げた。
すると辺りに散らばった骸達が起き上がり、トウマに向かってきた。
「いいだろう、丁度暇を持て余していたところだ。ここに来たこと後悔するがいい」
トウマは抵抗する術もなく、肢体を引きちぎられ、身体には無数の太い針が刺された。
肺には穴が開き、呼吸をすることは出来なかったが、それでも死ぬことは無くただはっきりと苦痛のみ認識することが出来た。
殺されては生き返り、生き返っては殺される……トウマは無限の苦痛の中でも後悔はしていなかった。
「ほう、これ程の痛みを受けても、まだ目に光があるようだな」
トウマは口から血を流しながら闇の王を睨み返した。
「気に入ったぞ、その魂。貴様に力を与えよう……」
――気が付くと、トウマは元居た学園の広場にいた。
「目覚めたようですね」
ゲイルは安堵の表情を浮かべて尋ねた。
「どうでしたか?」
「闇の王ってやつに会ったよ」
それを聞いてカウェインの血相が変わった。
「な、何だと?嘘を言え!闇の王の場所に辿り着く前に精神が壊れ、目覚めるはずだ」
「そんな事言われても、最初から目の前に居たんだからしょうがないだろ」
「やはり君は選ばれし勇者なのでしょう。闇の王は君に何か言っていましたか?」
「力を与えるとか何とか……」
「いい加減にしろ!何が勇者だ!」
カウェインは叫び、剣を抜き、魔法でトウマの目の前に剣を出した。
「勇気があるならその剣を抜いて、俺と勝負しろ!勇者トウマ!」
「カウェイン君、待ちなさい」
ゲイルが止めようとしたその時であった。白馬に跨ったモグレスとルッカスが学院に到着した。
「まて、ゲイルよ。その決闘、余が許そう」
「これはモグレス様……」
ゲイルとカウェインは跪いて頭を下げた。
「お前程の者が傍にいるのだ。危なくなったら止めればよい。それに余は勇者の力とカウェインの力、どっちも見てみたいと思っていたところだ。今日はその為にここに来た」
「しかしモグレス様、まだ勇者はこの世界に来たばかり……まだ剣も魔法も使えないはず」
ルッカスはモグレスを止めようとしたがそれを遮る様に、トウマは目の前の剣を抜いた。
「俺は構わないぜ」
「それでこそ勇者よ。カウェイン、そなたもよいな」
「最初からそのつもりです」
「では場所を移しましょう、さすがに学院内で決闘させる訳には行きませんので」
ルッカスは決闘を止めることを諦め、溜息交じりでそういった。
「闘技場に参りましょう」
こうして一行は闘技場へと向かった。
トウマは感じていた。地獄から目覚めた瞬間からずっと、自分のその溢れ出す力を……。