第八話 社畜の根性論
シルクの地獄のような魔法の修業も、始まってから今日で六日目となった。未だに魔法は教えてくれそうにない。
だが、ユキオは肉体的にも精神的にも強くなっていた。それもそのはずである。僅か六日ではあったが、もし回復魔法がなかったら1年以上もかかったであろう筋肉の破壊と再生を繰り返したのだ。ブヨブヨだった身体は彫刻品の様に洗練されていた。
「そろそろかしら……」
太陽が丁度頭上に上る頃、シルクは目を輝かせて呟いた。
「な、何がでございましょうか」
シルクの行き届いた教育的指導のおかげで、ユキオの社畜根性には一層磨きが掛かっていた。
――ドン!
振り向き様に、突然膝蹴りを腹に突き刺すシルク。常軌を逸した行動だが、ユキオはすっかり慣れっこになり、腹筋に力を込めてそれに耐えた。
「へへっ、やると思った」
「よろしい。じゃあ呼ぶから頑張ってね」
「嫌な予感がする……」
シルクは前にも聞いたことがある様な呪文をブツブツと言っている。
「これってまさか……」
予感は的中した。額に傷があるライオンである。
「今日の修業はこの子と勝負して勝つことでーす♪」
《確かに……そろそろかもな》
ユキオは不思議と恐怖を感じていなかった。頭上に浮かぶ悪魔に比べたら、このライオンなんて可愛いペットにさえ思えてくる。
「グルルルルゥゥ……」
不敵な笑みを浮かべてライオンはこちらを見つめていた。その表情には怒りではなく、自信というものが垣間見えた。
「随分余裕じゃないか、ワンコロ。さっさとかかってきな!もうあの頃の俺じゃないぜ」
物語の主人公の様に、手の甲を相手に向けてクイっと指を動かすユキオに対し、シルクはまたも残酷なセリフを突き付ける。
「因みに、この子は魔法を使うわよ」
「え?」
「当たり前じゃない。この森では普通の動物は生きていけないもの。背中に翼が生えているでしょう、まだ子供だから魔法の使い方が解らなかったみたい。ユキオを鍛えてる時、暇だったからこの子に魔法を教えていたのよ。その名も魔獣マンティコア!ユキオよりよっぽど素直で才能があるわ」
――信じられない言葉が返ってきた。
「じょ、冗談じゃないよ!俺には体力トレーニングばっかりやらせて、何で魔獣に魔法を教える?」
「その方が面白いじゃない。勝てたら魔法教えてあげる」
ニコッと微笑む天使の笑顔には、ユキオは一生逆らえない気がしていた。
お姉ちゃん、見ててね!目の前の魔獣はそんな表情でシルクの方を見ていた。
「ワンコロちゃん、遠慮しなくていいからね。森が燃えないようにちゃんと火は私が消すからね」
どうやらワンコロという愛称は採用されたらしい。最も、ユキオにはもうワンコロなんて可愛いペットには見えていなかった。魔法まで使えるとなると、神話に出てくるモンスター以外の何物でもない。
《魔獣と言ってもまだ子供。魔法も覚えたばかりなら何とかなるか》
「やるしかねぇ……」
ユキオが呟くと同時に、魔獣は飛び上がり、口から炎を吐き出した。
ユキオは身を翻し、くるりと炎をかわし、腰に差した木刀を手に取った。
《これ、作っといて良かったな》
――勝負は一瞬で決まる、とユキオは思った。
何とかあの高さなら飛び上がれそうだ。一発で魔獣を叩き落とすことが出来ればユキオの勝ち、かわされれば空中では自由が利かないユキオの負け。
ユキオがそんな事を考えていると、ユキオの周りの風が急に強くなった。
「これってまさか……」
魔獣は小さな竜巻を巻き起こし、そこに炎を上乗せしてユキオに向けて放った。
《風と炎の複合魔法とか、ボスキャラが使うような魔法使ってんじゃねー!》
覚悟を決めたユキオは、燃え盛る竜巻を利用し大きく飛び跳ね、魔獣の頭上を位置取ることに成功した。
かなり酷い火傷を負っていたが……。
魔獣は見上げるも太陽の光と重なるユキオを一瞬見失った。
「くらえ!ブラック企業流奥義、首斬り!」
ユキオの一閃が魔獣の首を捉えた。気を失ったワンコロと一緒に落ちるユキオ、地面すれすれのところでシルクが魔法で止めてくれた。
「良くやったわ、ユキオ」
そう言ってシルクは満足気な表情でバンバンとユキオの背中を叩いた。
「火傷痛いんですけど……」
「約束だからね。魔法を教えてあげるわ」
それを聞いて安心したユキオは、糸が切れた操り人形のように前のめりに倒れた。
シルクは一人と一匹の世話のかかる教え子を大切そうに見つめていた。