第五話 種の資質
朝食を食べ、昨日ユフィアから受け取った制服に着替えたハルカとトウマはユフィアに連れられ、青空と白い雲のもと石畳で整えられた街道を進み、学院へと向かった。煉瓦造りで統一された街並みは芸術的であり、広場には大きな噴水がその水のカーテンによって虹を創り出している。圧巻とも言える風景に、トウマとハルカは終始目を輝かせていた。
「気に入って頂いた様ですね。学院までもうすぐですよ」
「こんな景色見たことないよ、ねえハルカ」
「ふふ、そうね。見てるだけで心が穏やかになるわね」
遊歩道をしばらく進むと、赤煉瓦を基調とした建物が広く美しい芝生を囲み、見事なコントラストを世界に浮かび上がらせていた。
「さあ着きましたよ。ようこそグリンテイル学院へ。先ずお二人にはこの世界について一通りの知識を付けて頂きます。その後、この学院の生徒達と一緒に魔法や剣の授業を受けて頂きますね」
学院には、トウマやハルカと同じくらいの年齢の生徒達が登校しているところであった。異世界から勇者が来たことを知っているのだろう、生徒達の視線は特別な存在である二人へと向けられていた。
教室に入ると、ユフィアはグリンテイル王国の歴史や周辺国との関係について説明した。
200年前の大戦以降、グリンテイル王国がウェイルズ大陸を統治し、世界のバランスを保ってきたが、覇王と呼ばれた先代の王グレノムの死を皮切りに各地で紛争が起きた。紛争を止めるため各地に兵士が派遣されているが、本国の守りを手薄にする訳にもいかず、状況は次第に悪化していた。
伝説によれば、召喚されし勇者がこの地に降り立ち聖なる剣エクスカリバーを抜き200年前の乱世を治めたという。その剣はここグリンテイルより南に位置するユグドの森の奥深くにある世界樹ユグドラシルの麓に眠るとされているが、森には危険な魔獣が多く未だ未開の地である。
今グリンテイル王国ではユグドラシルへ到達するための部隊を編成中であり、召喚された勇者には学院で修業を積んでもらい、そのチームに加わって欲しいとのことであった。
現実味の無い話にしばらく沈黙の間があり、長い話に退屈気味だった様子のトウマが口を開いた。
「200年前の伝説の剣ね……剣一本で戦争が終わるとは思えないんだけど」
「この世界には遺跡や魔境が数多く存在します。実際にその中には強力な武器が存在していて、それらが戦争に利用され被害は大きくなっています。聖剣エクスカリバーの伝説はこの国の初代王より代々伝えられてきた物ですから信頼に足る情報と考えていいはずです」
「でもなんで勇者を召喚する必要があったの?俺もハルカも普通の日本人だ。剣も魔法も使えないよ」
「その点は心配ありません。あなた達はこの国に代々伝わる宝具【選別の水晶】によって選び抜かれた勇者です。水晶は触れた人の種の資質に反応し、輝きを放つのです」
「昨日も言っていましたね。種の資質とは一体何なのでしょうか」
「伝説によれば、異世界から召喚された者の中には極稀に、特別な能力を持つ者がいるとされています。その能力の源が種の資質です」
「その水晶でどんな資質があるかも分かるのでしょうか」
「色によって能力の傾向がわかり、輝きの強さによってその能力の強さがわかります。ハルカさんは緋色の輝きでしたので攻撃系の魔法に特化した能力のはずです」
「俺の時は金色に光ってたな」
「金の光は生命の色、闘気と呼ばれる力に関係するものでしょう」
「では白い色はどのような能力なのですか」
「白ですか……ゲイル様に付いていった彼のことですね。白は失われし属性【聖】属性の魔法を使える可能性がありますが、あの光では一生懸けて努力しても目覚める可能性は低いでしょう。それに聖属性の力はもう必要ないのです」
「必要ないとは……聖属性とはどういう力なのですか」
「聖属性は魔王に対抗することが出来る唯一の属性と言われています」
「それってすごい力なんじゃ……」
「ですが魔王は200年前に倒されています。今は国同士の紛争を治める力の方が重要です。ゲイル様もいったい何を考えていらっしゃるのか……」
「ねぇねぇ、魔法はどうやって使うの?」
期待に瞳を輝かせて尋ねるトウマ。国同士のいざこざには正直興味は無かったが、魔法を使ってみたいという少年の憧れは当然持ち合わせていた。
「現象を思い描き、周囲の精霊に魔力を渡す事で発動します。このように掌を上に向け、燃えろと念じます」
小さな炎がユフィアの掌の上で揺れていた。
「なるほどね。よーし……燃えろ!」
トウマは声に出して念じるも魔法は発動しなかった。
「あれ?でないじゃん」
「魔法には得意、不得意が有りますからね。でも努力すればきっと使える様になりますよ」
「そっか……そんな簡単にいかないよね。ねえハルカもやってみてよ」
ハルカは頷くと目を閉じて集中した。この世界に来てから、妙に体が熱いのを感じていた。最初は風邪でも引いたのかと思ったが、特に体調が悪いわけでもない。それはハルカの中にまだ眠っている強大な魔力のせいであった。ハルカの能力はこの世界に来て早くも覚醒しようとしていた。
ハルカは無言で燃えろと念じた。同時に周囲の精霊達が騒ぎ出したの感じた。
「ハルカさん、待ちなさ……!」
――一瞬の出来事だった。ユフィアが止めようとしたが間に合わず、ハルカの周囲には炎が燃え盛り、その勢いはどんどん増していった。後ずさりするトウマ。ハルカを助けたいと思ったがトウマにはどうすることもできなかった。
「止まって、お願い、止まって!」
ハルカの言葉は通じず、暴走した火精達が教室を火の海にしようとしていた。直ぐに水魔法を使い火を消そうとしたユフィアだったが、ハルカから溢れ出す魔力をどんどん吸収する火精達の激しい勢いを止めることは出来なかった。
「これ程とは……トウマさん、私がこの火を抑えている間に誰か先生を呼んできてください!急いで!」
トウマが教室を出ようとしたその時、大賢者と呼ばれる男が駆け付けた。
「火よ。沈まりなさい」
賢者の一言で一瞬にして火精は落ち着きを取り戻し、ハルカを中心とした周りの炎は全て鎮火された。
「間に合って良かった。急に精霊たちが騒ぎ出すのを感じたものでね」
「ハルカ!大丈夫か?ハルカ!」
トウマが駆け付けると同時に、ハルカはふっと全身の力が抜けて気絶してしまった。