第四話 銀色の救い
事故で臨死体験をした人は、周りの世界がスローモーションに見えることがあるという。
今この時のユキオはそれに近かった。
巨大なライオンと相対したユキオは、焦りも恐怖もなく、目の前の生物の動きを唯食い入る様に見つめていた。その生物の動きは驚く程ゆっくりと見えていた。
向かってくるライオンの動きに合わせて、木の棒を振り下ろす。
するとライオンは光を放ち、一瞬目が眩んだが、大した問題ではなかった。そのまま振り抜けば必ず当たることを確信していたからだ。
――ドン!確かな手応えがあった。
「イタタタ……本当信じらんない」
女性の声がした。ユキオは何が起こったのか解らなかった。
段々と目が慣れてくると、目の前にはしゃがみ込んで頭を押さえる女の子が居た。
「ちょっと、痛いじゃない!せっかく助けてあげたのに、どういうつもり!?」
「え?いや、ライオン?」
「ライオンじゃないわよ!」
ユキオはグーパンで殴られ、気絶した。
《あぁわかった!二次試験に合格したんだ。賢者様、疑ってごめんなさい》
ユキオは夢の中で状況を錯覚し、目を覚ました。
すると目の前には髭を生やした賢者の代わりに、美少女が心配そうにこちらを見つめていた。
その瞳は美しく青く光っていて、絹のように滑らかな白銀の髪は宝石を優しく包み込むリングの様であった。
「君は……?」
「ごめんなさい。気絶するとは思わなかったから」
「賢者様?」
「あなた酷く疲れていたみたいね。ずっと回復魔法をかけているのにあんまり効かないみたい。それと、私は賢者でもライオンでもありません」
「いや、しばらくまともに寝てなくて……これ気持ちいいや」
「これは大サービスなんだからね。私は人間が大嫌いなの」
「人間が嫌いって、君だって人間じゃないか」
「私は人間じゃないわ、ドラゴンよ」
ユキオはその突拍子もない言葉に思わず笑ってしまった。この世界に来てこんなに穏やかな気持ちになれたは初めてのことであった。
「フフフっ」
「何が可笑しいのよ」
「いや、だってどう見ても人間だよ」
「この姿は仮の姿なの!ドラゴンのままだと魔力が強すぎてアンタを殺しちゃうからね」
「わかった、わかった、わかりました。助けてくれてありがとう、俺はユキオ。君の名前は?」
「信じてないわねコイツ……まあいいわ、私はシルク」
「シルクか、君にぴったりで綺麗な名前だ」
「フン、あなたこそユキオだなんて間抜けな顔にぴったりな名前だわ」
そう言ってシルクは頬を赤く染めた。その透き通った白い肌では、隠したくても隠せそうにない。
きっとこの子が言っていることは本当だ。ユキオはそんな気がした。
「ありがとう、助けてくれて。笑ってごめん、信じるよ。もう大丈夫、起き上がれそうだ」
ユキオはゆっくりと立ち上がって伸びをした。生まれ変わった様に清々しい気持ちだった。シルクの魔法で心まで磨かれたような気分だった。
「何よ、急に素直じゃない。大体なんであんな危険なところにいたのよ。あそこはね、魔の森と言われる場所。人間は近づくこともできないはずなのに」
「ああ、何か俺、ヒゲジジイに騙されたみたいだわ。悪いけど、この世界のことは何にも知らないんだ。ドラゴンに聞くのも変かもしれないけど、この世界のことを教えてくれないかな」
――シルクによれば、この世界は半年程前から戦争状態にあるらしい。
半年前までも小さな戦争はあったのだが、ある国の王が力で捻じ伏せて、国と国とはバランスを保ち、人々は平和に暮らすことが出来ていた。その国の王こそが、ユキオが召喚された国グリンテイルにて覇王と呼ばれた先代の王、グレノムであった。
しかし、グレノムは突然の病に倒れ、残された幼い王子モグレスが王位についた途端に、今まで押さえつけられていたものが噴き出すかの様に、戦争の連鎖が始まったという。
勇者を別世界から召喚しようとしたのも、きっと戦争の兵力とするためであろうことは容易に想像できた。
「まあざっとこんな感じかしら。私も精霊達に聞いた話だからあんまり詳しくは知らないけど。とにかく、私は人間とは関わりたくないの。元気になったなら帰って頂戴ね」
「シルク、頼むよ。俺に魔法を教えてくれ」
「何言ってるの?聞いてなかったのかな……」
「君が人間と関わりたくないことは理解できたつもりだ。だから手伝ってくれとは言わない。ほんの少しでいい。俺に魔法を教えて欲しい」
「アナタがほんの少し魔法を覚えた所でどうこうできる問題じゃないわ」
「それでもじっとしている訳にはいかない。もう逃げるのは嫌なんだ」
目の前のひ弱そうな男は真剣な目でそう言った。シルクは、前にもこんな男の目を見たことがあった。それは今よりもずっと、ずっと遠い昔のことであったが、忘れたくても一度も忘れたことがない、あの人の目に似ていた。
「いいわ、ただし、一週間だけ。それまでに魔法を使えるようにならなければ、強制的に帰ってもらうわよ」
「構わない、ありがとうシルク」