第十四話 ミッドガルドの騎士
クラウスとシルクは船旅を終え、魔王の拠点があるというネスティ大陸へと辿り着いた。
魔王が近くに居るのだから、ネスティ大陸にあるミッドガルド王国の状況はこれまで回ってきた国々以上に厳しいものと予想していた。
しかし、予想と反して王国の港町は活気に溢れ、商人達が危険も顧みず商売に精を出している様だった。
どうやら、ミッドガルド王国では軽くて丈夫な鉱石「ミスリル」の採掘が盛んで、各国からの軍需に応えるため、大量に輸出されているらしかった。そのため、お金の動きが激しいミッドガルドの市場は商人達にとってはこの上無い金の生る木となっていた。
そして、金のあるところには凄腕のハンター達が必然的に集まることになる。
魔王軍が下手に手を出せないのも、この街のハンター達の功績に依るところが大きかった。
クラウスとシルクは早々に賑わう市場を抜け、長旅を癒すための宿を探すことにした。
「よお、兄ちゃん。随分高そうな立派な剣を持ってるじゃねえか。それに可愛い娘連れちゃってよ。俺にも分けてくれよ」
クラウスの倍はあろうかという程の大男が声を掛けてきた。
何日も洗っていないであろうその髪はぼさぼさで、ほったらかしにされた髭のせいで首は見えなかった。腰にはクラウスよりも大きな斧を括り付けている。恐らくは腕に覚えが有るハンターであろうことがその姿から読み取れた。
「この国に来たのは初めてなんだ。気に障ったなら謝ろう。先を急ぐ。道を開けてくれないか」
《ちょっとクラウス!こんなやつ倒しちゃえばいいじゃない》
シルクは態度の悪い男が嫌いだった。
《ここは人通りも多い。なるべく戦いは避けたい》
「こんな奴倒せばいいだと?そいつは聞き捨てならねえな」
以外にもこの大男は耳が良いらしい。
「すまない。悪気はないんだ。田舎から出てきたばかりで世間知らずな者でね」
後ろではシルクがムスッとしている。
「何だ田舎もんか。許してやるから、その分不相応な剣と生意気な女を置いていきな」
「断る」
クラウスは腰に差していた小剣に手を掛けた。
「なら力尽くでも奪うまでよ」
大男も大斧に手を掛ける。ざわざわとしていた辺りは静まり返り、緊張が走った。
咄嗟に大男は斧を振り上げると、凄まじい勢いでクラウス目掛けて叩きつけた。
クラウスは身を翻すと小さく飛び上がり大男の顔の横で剣を寸止めした。
勝負はあったかに見えたが、大男は汚らしい口をにいっと広げると、炎を吐き出した。
もちろん、街中で魔法を使うことは禁じられている。
だが炎はクラウスの風魔法によって、大男の口の中へ返って行った。
「全く、こんな街中で魔法を使うとは……」
「貴様!やりやがったな」
大男が斧を振り上げ次の攻撃をしようと構えたその時、馬に乗り、鎧と兜を身に纏った騎士が仲裁に入った。
「待て!お前ら!これ以上の暴挙は、このミッドガルド騎士団が許さん」
クラウスは剣を仕舞ったが、大男はそのまま斧を振り上げた。
咄嗟に馬から飛び降りた騎士は、正に風の様なスピードで、大男の首元を剣の柄で突いた。 大男は大きな音を立ててそのまま地面に倒れ込んだ。
「ふう、全く最近はこういう輩が多くて困る……」
溜息をつきながら鎧の男は兜を脱いだ。
「旅の者よ。すまない。決して悪い国ではないのだ。最近は戦争で浮足立ってしまってね」
その騎士の髪は赤い長髪で、兜越しには想像も出来ないほど端正で中性的な顔立ちをしていた。
「いえ、こちらこそ。騒ぎを起こしてしまって申し訳ない」
「いや途中から見ていたが、その大男が君達に因縁をつけていたのは明らかだ」
「見ていて直ぐに止めなかったのは……試したのですか?」
「そういう事になってしまうな……そこに寝ている男。ここいらではある程度名を聞かせた猛者なんだ。私は周辺を警備しながら君の様な強者が現れるのを待っていた……これも仕事の内なんだ。悪く思わないでくれ……して、君の目的は?」
「私は魔王を討つためこの大陸に来た」
「なるほど、真っ直ぐな目をしている。分かった、王には私から申し伝えよう。明日の朝、ミッドガルド城まで来てほしい。今夜はこの港町フリステアの南区域にある宿に泊まるといい。話は付けておく」
「ありがたい」
「それでは明日の朝また会おう。私はランスロットだ。君の名は?」
「クラウスだ」
「なるほど、では君がウェイルズ大陸の勇者クラウスか……明日が楽しみだ」
ランスロットは振り返ると馬に乗って去って行った。
「何よ、あの優男。全然弱そうじゃない」
シルクは暫く放っておかれて機嫌が悪そうに剥れて言った。
「シルク、人は見た目で判断するものじゃないよ。彼には強い芯を感じた。それにあの身のこなし……彼は強いよ」
「あんな奴どうでもいいから早くご飯食べに行こう♪」
シルクは早くも新しい街の屋台に並ぶ見たことも無い様な食材に心を躍らせている様だった。
「しょうがないな、じゃあ彼が紹介してくれた宿へ向かおうか」
こうして、シルクとクラウスは南区の宿へと向かった。
港町はすでに先程の騒ぎを忘れ、いつもの喧騒を取り戻していた。