第十三話 勇者クラウスと白きドラゴン
二百年と幾何か前、まだこの世界に魔王がいた頃、シルクはユグドの森の守り手として世界樹ユグドラシルと聖剣エクスカリバーを守っていた。
外の世界では魔王が人間達を苦しめているということは精霊達から聞いていたが、森の守り手であるドラゴンには関係のない話だった。
ただ、この森を守っていく。これまでもずっとそうであったように。
シルクはそんな日々が永遠に続くと思っていた。
あの日、あの人に会うまでは……。
「人間よ。ここはお前たちが来る場所ではない。早々に立ち去るがいい」
シルクは神々しい光を纏った白銀のドラゴンの姿で、目の前の人間に忠告する。
「すまない。貴方の暮らしを邪魔するつもりはないんだ。ただ困っている人々を救うため、聖剣の力を貸して欲しい」
初めて目にした人間は黒い髪に黒い瞳、背は随分と小さくひ弱そうに見えた。
「私は長い間人間の歴史を見てきた。憎しみ合い、奪い合い、戦い、傷つけ合う。そんな歴史だ。私は神よりこの森と剣を預かっている。人間に渡すつもりはない」
「確かに、人間は同じ過ちを何度も繰り返してきた。だから俺が変えるんだ。人間を、世界を。そのためにはその剣の力が必要なんだ」
目の前の人間は、迷い無き黒き瞳で、ただ真っ直ぐに見つめていた。
「世界を、変えるだと?世迷言を……小さき者よ。例えお前がこの剣を手に入れたとしても、どう足掻こうが所詮人間は人間。変わることは無い……だが、その瞳、その意志は嘘ではないと認めよう」
「我が名はクラウス・ド・ランゴルデ・ヴェヒウス。約束しよう、この誓い、命を懸けて遂げて見せると……」
「……いいだろう。私も共に行こう。お前が道を外した時、私は容赦なくお前の命と剣を奪うだろう」
「構わない。見届けてくれ。神の使い……森の守り手よ」
クラウスが剣を手にすると、エクスカリバーは聖剣の名の如し眩い光を放ち出した。
「剣も認めたか……クラウスよ。お前は選ばれた。己が意志、己が力で遂げて見よ」
――クラウスという人間を見定めるため、白きドラゴンは人間の姿になり、人間の世界へ旅に出ることを決めた。
「それが君の、人としての姿なんだね。俺にも名前を教えてくれないか」
「私は森の守り手だ。名前など無い」
ずっと森を守ってきたドラゴンには、名前が無かった。
「では俺が名前を付けよう……シルク、その美しい白銀の髪に良く似合う。君にぴったりの名前だ」
「シルクか……悪くない」
「行こう。シルク、先ずは世界を変える前に、世界を救わなければならない。人々を苦しめる魔王デルヴェリアスを討つ」
こうして白きドラゴンのシルクと、勇者クラウスは旅に出た。
旅をする内に分かったことだが、クラウスは聖剣に頼らずとも十分に強く、そして、優しい人間だった。
行く先々で人々を励まし、悩み事を聞いては助けて回った。
自分の身を顧みず、目の前の人々を救うためにクラウスは戦った。
ただの一度も、シルクに手を貸してくれとお願いしたことは無かった。
どんな時も真っ直ぐに自分を信じて戦うクラウスのことを、シルクは助けたいと思うようになっていた。
ウェイルズ大陸で魔王軍を退けたクラウスとシルクは、魔王の拠点がある東の大陸ネスティアへと船で向かった。
「この船で東の大陸ネスティアに行ける。ここまでありがとうシルク。俺はこの剣に相応しい人間になれただろうか」
月が大きく輝き、海も穏やかなその夜ネスティアへと向かう船上で、クラウスはシルクに尋ねた。
「クラウス。私は何もしていない。その剣に相応しいかどうかは、私ではなく結果が教えてくれる」
「ふふ、シルクは厳しいな」
クラウスはそう言うと笑って、シルクに首飾りを手渡した。
「これは……」
「この船に乗る前、港で買ったんだ。君の瞳の色と同じ宝石。石言葉は希望。ま、お守りみたいなものだな」
「私に、くれるのか?」
「き、気に入らなかったか?女の子にプレゼントなんかしたこと無かったからな」
「いや、うれしい。ありがとう」
シルクは赤くなった顔を見られたくなかったので後ろを向いた。
「つけてくれるか?」
「もちろん」
クラウスはそっと首に手を回し、ネックレスを付けた。
「に、似合うか?」
シルクは赤らみが残った顔を隠す様に俯きながら言った。
「似合うよ、シルク。もし、魔王を倒すことが出来たら……俺と……」
――ピュイ!ピュイー!
クラウスが言葉を続けようとした瞬間、イルカの群れが笛を吹いたような鳴き声で船に寄り添うように付いてきていた。
「うわぁ、すごい。クラウス!大きな魚が付いてくるよ」
「あれはイルカって言うんだよ」
「イルカ?いるか?」
――ピュイー―――!
「応えてくれたよ、イルカ」
「ふふ、シルクもそんな風に無邪気な顔で笑うんだな」
「な、何よ、クラウスの馬鹿!」
クラウスは言葉の続きを諦め、シルクに優しく微笑み返した。
シルクは恥ずかしさを紛らわす様に空中に浮かぶと、イルカの群れの近くまで行って一緒に飛んだ。
月の光に照らされるシルクとイルカの群れを見つめながら、クラウスは旅の無事を願った。