第十二話 本日の献立
森の木々はその枝を重ね、厳しく照らす太陽の光を木漏れ日に変えていた。
その森の中、ユキオは目を閉じて石の上に座り瞑想している。
正確には石の上に僅かに隙間を作り、空中に浮いていた。
「中々やるじゃない」
シルクが魔法を教えてくれる様になった初日。ユキオは魔法の発動に成功していた。
シルクの特訓のおかげで、潜在する魔力を引き出すことが出来たのだ。
通常であれば万々歳の出来なのだが、ユキオはいまいち満足することが出来ないでいた。
「そうか……?ワンコロはもうあんな高いところをグルグルと、小鳥を追いかけてるぞ」
「魔法は集中力とイメージが大切よ。周りに居る精霊を感じることが出来るようになれば、現象はスムーズに具現化されるわ」
「イメージね……取り敢えず火かな」
ユキオが念じると、掌には火の玉が揺らめいていた。
「熱っ!」
ユキオは慌てて火の玉を振り払う。
「当たり前じゃない。そんな手に近いところで……自分を燃やす気?」
「いや、魔法って自分の魔法は自分にダメージないんじゃ……」
「そんなわけ無いじゃない。魔力を与た代わりに精霊がやってくれてるだけなんだから」
「そうか……じゃあちょっと火傷したし、次は氷、今度はちょびっと……」
ユキオが念じると掌にはわずかに氷が発生し、ユキオの火傷を癒してくれた。
「あぁ、気持ちいいな……よし、ファイアとブリザドは出来そうだな。順番に知ってる魔法をいろいろ試してみるか……」
「すごいじゃない、ユキオ。魔法の知識も無いのに基礎魔法を知ってるみたい」
「ふふ、俺はゲームやアニメが大好きでね。昔から魔法が使えたらどんなにすごいだろうとよく想像してたのさ」
「何だかよく分からないけど調子に乗っていることは確かね。いいわ、私に向かって知ってる魔法を自由に使いなさい」
「……攻撃的な魔法だけど本当に大丈夫か?」
「大丈夫よ。私はドラゴンなのよ」
「分かった……」
『土よ 槍となれ グランドランス!』
地面から土の塊が浮かびあがり、先を尖らせてシルクの方へ飛んでいく。
――ガン、ガン!
シルクの目の前の見えない壁により、土の塊はあっけなく砕け散った。
「すごい!魔法障壁ってやつか!?」
「そうよ、もっといろいろ試していいわよ」
ユキオは自分が魔法をイメージ通りに成功させたことにワクワクしていた。
思い浮かんだ最強の魔法を試してみたくなった。
シルクが言うように、調子に乗っていたのである。
「次はすごいの行くぞ!強めにバリア張ってた方がいいよ」
「ハイハイ、何でもどうぞ」
ユキオが詠唱を始めると、周囲の精霊が騒ぎ出した。
空を飛び回っていたワンコロは怯え、シルクの後ろで震えていた。
シルクは只ならぬ気配を感じ、魔法障壁を強めた。
『天光満ところに我はあり 黄泉の門開くところに汝あり 出でよ神の雷……インディグネイション!』
一瞬、空が光ったが、ユキオの詠唱に精霊が応えることは無く、ユキオは全魔力を失い倒れた。
「ちょっと、ユキオ!大丈夫?」
「調子に……乗り過ぎた」
ユキオは目を閉じるとそのまま気を失ってしまった。
「――全く、何をしようとしたかは解らないけど、ワンコロがこんなに怯えるなんて……」
ユキオはシルクの回復魔法のおかげで直ぐに目を覚ました。
「ありがとう、シルク……」
「回復魔法じゃ魔力までは回復できないからね。あんまり無理したら死ぬから気を付けてね」
「面目ない」
「ガル!ガルゥ!」
ワンコロが抗議の目で訴える。
「ワンコロちゃんも怒ってるわよ。反省してね。今日はもう魔法使えないでしょうから、残りの時間はいつもの体力作りね」
ワンコロは任せろ!とでも言いたげな表情でシルクに喉を撫でられながら喜んでいた。
「分かりましたよ……そういえばさ、こんだけいろいろ走り回ってるのに、この森俺ら以外の動物居ないのな」
ユキオは森を走り始める。かなりのスピードで。
ワンコロも後ろから嬉しそうにユキオを追いかけるが、ユキオの体力は随分上がっているのでシルクと会話するのも平気である。
今まではこんな会話をするほどの余裕は無かった。
「そりゃそうよ。ここは本来ユキオもワンコロも近づくこともできない場所よ」
「俺が最初に居たジャングルとは違うのか?」
「近いところにあるのは確かよ」
「近いのに、近づけないの?」
「言ったでしょ。人間が嫌いだって。誰も近づけないように封印しているの」
「ふーん。俺にはそうは見えないけど」
「何よ。嘘じゃないわよ。私は由緒正しきドラゴンなのよ。森ごと封印することだってできるわ」
「いや、そうじゃなくて、人間が嫌いって方。人間の俺が居ても、シルク楽しそうじゃん」
「た、楽しくなんかないわよ。ただ、あんたの料理が普通より少し美味しいだけよ」
「ふふ、赤くなってる」
「あ、赤くなんかなってないわよ!ワンコロちゃん、あいつ食べちゃっていいわよ」
シルクの魔法でワンコロは加速する。
「あ、ずりーぞ」
ワンコロがスピードアップして、どんどん差を縮めてくるも、ユキオはまだ余裕そうである。
「その魔法、身体能力を強化してるんだろ?」
「そうよ。アンタにはかけてあげないわよ」
「別にいいよ。魔力も少し回復したしね。強化強化……っとこんな感じかな」
ユキオの足回りの筋肉が強化され、ユキオのスピードも上がった。
ワンコロは悔しそうに後ろを追いかけてくる。
「できたぞ、強化の魔法」
「……やるじゃない。もう魔法が使えるなんて。ワンコロちゃんも魔法使っていいわよ」
ワンコロは火の玉を何発も発射してきた。
「ちょ、ちょっと、聞いてない!熱っ!当たってるって、ちょっと」
「焼いちゃえー!」
「やめてくれーー!」
「ガルル♪」
――太陽が沈みかけ、美しい夕焼けに森が赤く照らされたころ、やっとトレーニングが終わった。
「じゃあ今日はここまでね。ワンコロちゃん、お疲れ様」
ワンコロは喉をゴロゴロと鳴らし、シルクに頭を摺り寄せている。
「俺には言ってくれないのね……ねぇ火傷したよ。回復魔法掛けてよ」
「自分でやったら?」
シルクはプイっと顔を反らす。
「まだ怒ってるの?さっきからやろうとしてるんだけど、回復魔法だけはどうやったらいいかわかんないんだよ」
「回復魔法は精霊魔法じゃないからね……そうゆう意味だと強化の魔法と同じだけど。身体が本来持ってる自然治癒能力を強化すればいいのよ」
「こ、こうか……?」
ユキオが目を閉じて集中すると、身体の周りが黄色く光り、背中の火傷が消えていった。
シルクはその光景を見て驚いている様だった。
「本当にすごいわ。たった一日でこんなにいろんな魔法ができるなんて」
「へへっ、才能あるかな?」
「さぁね、いいから早くご飯作ってね。今日はお肉が食べたい」
「はいはい、分かりましたよ。お嬢様」
本日の献立はローストチキン、中には下味をつけた野菜とキノコがぎっしり詰まっている。窯で焼いたので表面はパリパリ、中はふわふわだ。それからシチューとサラダ、パンも焼いた。
「美味しい♪」
「ガルぅ♪」
シルクもワンコロも満足気である。
「なぁシルク、聞いてもいいか?」
「何よ、突然」
「俺がここに来た最初の夜、シルク泣いてただろ……思い出したって、なんかピザに悲しい思い出でもあるのか?」
「ふふ、そうじゃないわよ。あれピザって言うんだ。美味しかったからまた作ってね」
「じゃあどうして……あ、ごめん。話したくなかったら別にいいんだ」
「そうね。話したくない訳じゃないわ。人に話す事なんて無いと思ってたから、なんて言っていいかわからないの」
「もし良かったら、話してくれないか……」
「そうね。ユキオも一週間頑張ったしね。わかったわ」
「ありがとう」
「長くなるわよ……」
ユキオは頷いた。思い出す様に空中を見つめるシルクの美しい青い瞳は、悲しげに輝く宝石の様であった。