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白きドラゴンと異世界で旅をする  作者: 沖野 しずく
第一章 -異世界から呼ばれし勇者達-
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第一話 導かれない勇者

 仕事を終えて会社を出た頃、時計は十二時を回っていた。急がないと終電に間に合わない。

 駅までは徒歩五分といったところだが、先程降り出した雨のせいで間に合うかどうかは微妙だった。もう三日も家に帰っていないし、今日こそは帰って布団で寝たかった。

 ユキオは傘も差さずに駅に向かって走り出した。時折夜空を光らせ、ドォーンと遠くで雷の音がした。こんな蒸し暑い雨の日は、何か良くない事が起きそうな予感がしていた。


「――なんとか間に合いそうだな」

 時計を確認した瞬間、雷にでも撃たれたように、急に目の前が真っ白になり、体の自由が利かなくなった。

 意識がどんどん遠くなる。溜まっていた疲れのせいもあったのか、徐々に意識が遠のいていく感覚は心地良いとさえ思えた。

「死ぬ、のか……?」

 

 

 ――気がづくと、ユキオはヨーロッパの大聖堂のような場所にいた。神秘的な空気に包まれたその場所には日本人と思われる人が何人も集められていた。ユキオと同じようなサラリーマンも居れば、女子高生や小学生くらいの子供までいろんな人が居るようだ。

 

「ここは、どこだ?」

 誰かが声に出すのを皮切りに、その場はざわざわし始めたが、混乱を遮るかのように白いローブを身にまとった男が厳かに喋りだした。

 

「静粛に、王の御前である」

 

 大聖堂の奥にある祭壇の上で、幼くも冷厳とした王が身に纏った服飾は王侯貴族のそれであった。

「我が名はモグレス、大国グリンテイルの王である。そなたらを別の世界より召喚させてもらった。目的は唯一つ、我が国を救う勇者を探すためである」

 

 見た目は十代前半といったところであろうか。モグレスと名乗る幼い王の言葉に、まだ状況を呑み込めないユキオは、周囲を見渡すことで落ち着きを取り戻そうとした。

 集められた人々を囲むように、甲冑と槍を装備した兵士が所狭しと並んでいた。

 協力するしか道はないとでも言いたげな風貌で、甲冑の奥から鋭い視線を感じた。

 

 そんな中、すぐ近くのサラリーマン風の男が発言した。

「ちょっと待って下さい。子供が熱を出して大変なんです。直ぐに帰らなければなりません。撮影か何か知りませんがすぐに帰らせてください」

 

「勇者候補であるそなたたちにできれば手荒な手段は避けたい。突然のことで不安もあるだろうが安心してほしい。そなたらには勇者の適性試験を受けてもらい、適性が認められない者にはすぐに帰還してもらう」

 

 勇者?適性試験?何のことか解らないが、ユキオは自分が勇者の訳もないし、早々に帰れるだろうと思い、雨に濡れた上着を脱いでその場に座り込んだ。

 とにかく疲れていたのだ。召喚だろうが撮影だろうがあの世だろうがどうでも良かった。今日まで三日、会社の固いイスで朝を迎えた。限界が近かった。


「それでは各々全力を尽くしてほしい」

 幼い王モグレスの言葉の直後、甲冑の兵士達が集められた人々を十人ほど奥の部屋に連れて行った。

 

「おい、そこのお前さっさと移動しろ」

 ユキオは甲冑の兵士に後ろから猫のように襟を掴み上げられ前に押し出された。

 

《手荒なことはしないんじゃなかったのかよ》

 そう思ったが口には出さず、さっさと試験とやらを終わらせようと気怠い体を引きずるように奥の部屋へと向かった。

 

 ふと、甘い香りがユキオの嗅覚をくすぐった。見上げると、すぐ前には女子高生と思われるブレザー姿の少女がいた。身長はユキオと同じくらい、誰が見ても美人と言われるだろう気品を纏ったその姿に、眠気など忘れてしまうほどであった。

 ユキオが見とれていると、視線を感じたのか少女がこちらを振り向いた。

 

「どうかしましたか」

 

「いや、君があんまり可愛いから見とれてしまったよ。学生だよね」

 

「こんな状況で冗談はよして下さい」

 

 あまりに整ったその顔であからさまに拒否反応をされると、思わず凍り付きそうな感情を覚えたが、ユキオは喋り続けた。普段はこんなナンパ染みたことはしないタイプであったが、ほぼ徹夜に近い体調と、この状況とが相まっておかしくなっていたのかもしれない。

 

「冗談なんかじゃないさ。こんな時だからこそ落ち着いて状況を判断しないといけない。俺は小出由紀夫こいで ゆきお、見た通りしがないサラリーマンさ。君は高校生かい?」

 

「そうですね。あなたの方こそ落ち着いた方がいいですよ。小出さん。私は藤崎遥香ふじさき はるか、十六歳です」

 ハルカは冷ややかに返事をし、目の前の水晶を見つめていた。

 

 水晶の隣には白いローブを身に纏った女性がいた。

 この女性の名前はユフィア・リル・ライト・ウェンディ。

 グリンテイル王国の国家魔術師であった。

 

「それでは順番にこの水晶に触れてください。勇者の適性があれば光輝くと言われています」

 開口一番に帰りたがっていたサラリーマン風の男が前に出る。水晶を触るが特に変化は起こらず、安堵の表情で帰還組の部屋へと案内されていく。

 次の人も、その次の人も水晶は透明のままであった。

 

 ハルカの番が回ってきた。

 ハルカが物怖じ気もなく水晶に手を置くと、水晶は緋色に輝き、周囲を眩しいまでの光で照らしていた。その暖かな光を見ていると、ユキオは不思議と心地良い気持ちになった。

「素晴らしい輝きです。間違いなくあなたは我々が探し求めていた勇者です。王もお喜びになりますわ」

 ユフィアはその大きな瞳を一層輝かせて言った。

 ハルカは一瞬驚いた様であったが、それが不安からのものなのか、期待からのものなのかは読み取ることが出来なかった。自分を抑える様にすぐに落ち着きを取り戻し、冷静な表情に戻った。抵抗する気は無いようである。

 

 次はユキオの番だ。こんな可愛い子とだったら、この世界で一緒に勇者をやるのも悪くないかな。ユキオはさっきまでとは打って変わって、期待を込めた面持ちでそっと水晶に手を乗せた。

 ――水晶は光り輝くことはなかったが、切れかかった豆電球くらいの光とともに、ムーンストーンのような淡く白い発色を見せた。

 

「輝いては……いないようですね」

 ユフィアは何とも微妙な表情を浮かべて目の前の冴えない男を一瞥し、指を向けるだけで帰還組の方へ促した。

 

「次の方、前に進んでください」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。さっきの女の子ほどじゃないけど一応光りましたし、色も変わりましたよ」

 

「確かに種の素質はあるようですが、その程度の光を開花させるには時間が掛かり過ぎます。あなたの年齢ではぎりぎりですし、生憎この国にはそれ程余裕がないのです」

 

 種の素質?何のことかはわからなかったが、ユキオは引き下がらなかった。例え僅かであっても、自分に資質があるなら頑張りたい。どうせ元の世界に帰った所で待っているのはブラック企業との過酷な共生である。

「素質はあるんですよね?だったら芽が出るまでどんな困難だろうと耐えられる自信があります。残業手当も要りません!」

 

 その場はシーンと静まり返っていた。どう考えても帰らせてもらえるなら帰れる方がいいのに、この男は頭がおかしいのかと言わんばかりの表情で皆から視線を浴びた。

 

 一瞬の静寂の後で、大聖堂の方から白銀の髪と髭を蓄えた長身の、いかにも賢者といった感じの男性が規則正しい足音を奏でてやってきた。

「いいじゃないか。素質はあるようだ。ユフィアよ、要らないならこちらで預からせてくれないか」

 

「ゲイル様がそうおっしゃるなら、私は何も申し上げませんわ」

 

 大賢者ゲイル・ラン・バレッド・モルガン。

 グリンテイル王国があるこのウェイルズ大陸において、その名を知らぬ者は居なかった。

 

 ゲイルはにっこりと包み込む様に微笑むと、ユキオに付いてくるように言った。


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