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ミミナリ  作者: 三宝すずめ
1話 休間隔
9/88

3.旧感覚―準備

「んーー、あー」


 海里は誰に遠慮するでもなく、大きな伸びをしてみせた。


 いい天気だった。


 久しぶりに空を見上げると雲一つなかった。ここ最近では珍しく太陽が雲間を気にすることなく、その顔をのぞかせている。


「で、どうしてこんなことに……」


 海里は公園のベンチに腰掛けて、キョロキョロと辺りを見回してみる。


 鳥をおいかけて走る男の子、ひなたぼっこをするご老人など、ちらほらと視線を送ってみるも、みな、にこにこと自分の生活を送っていた。


「はい、どうぞ」


 海里の思考を、綺麗な声音が割って入る。


「あ、ども」


 手渡された炭酸飲料のプルタブを起こして口につける。ごくごくと缶の半分は飲んでみせた。


「飲むの、早いですね」


 微笑む新奈に、海里はうまく視線を合わせられないでいた。


 炭酸が空腹の胃にささるが、言葉にするのはやめておいた。


「どうかしましたか?」


 対して、新奈は清涼飲料水を一口だけ飲んで、にこにことしている。


「あ、いや、なんでもないです……」


 もごもごと答えているが、一目瞭然。自宅まで送るために、若い女性が眠っているところを起こしにいったのだが、そいつが海里の平常心を奪っていた。


「私バカなんで、はっきり言ってくれないと――」


「マッタク、カンケイゴザイマセン」


 卑下するような言葉ではあったが、新奈は笑顔で海里の次の言葉を待ってくれている。


「ああ、いや」


 口だけをは動かしているが、次の言葉を紡げない。


 いや、そもそも次の言葉など必要もなかった。


 来た道を戻ってアパートに戻るだけの話だ。それなのに、どうしてか公園でのんびりと缶ジュースなどをすすっている二人の姿があった。


『平和だなぁ……』


 海里はしみじみと思う。


 公園の様子を見ていると、事件などなかったのではないかと思うほどのどかなものだった。





「よーし、よしよし」


 のんびりしていることに海里は気が引けていたが、新奈はお構いなしに公園に入ったノラ犬をなでていた。


 お腹を見せて撫でられるままにしている犬を見て、『ああ、羨ましい』と感じたことは自分の胸中だけにしまっておきたい。


「よしよし、て、ええ――」


 犬の腹をなでていた新奈が、驚きの言葉をあげていた。


 あまりにも撫でられる姿が気持ちよさそうに見えたのだろう。


 いつの間にやら、彼女の周りには人だかり、もとい、犬だかりができていた。


 どこから現れたのか、様々な犬種がしっぽを振って待機している。


 その犬たちがしびれを切らしたと、一斉に新奈へと襲いかかる。


「ちょとまって、ちょっと待って――」


 あれよあれよという間に犬の波にのまれていく新奈さん。


 海里はこれまでに、犬に好かれる人間を何人か見てきていたが、これはそれを越えている。


「あっちゃー」


 他人事のような言葉がついた。


 一言漏らし終わる間に、新奈は犬に完全包囲されていた。


 面倒なことは嫌いだと、普段からこぼす彼であったが、これは流石に動かざるを得ない。


「――止まれ」


 キィン、と音が鳴るとともに、群がっていた犬たちが、海里へと視線を向け、その動きを止める。


「ぷは……」


 犬の山をかきわけて、一息。新奈の視線は、ジッポの炎へと注がれている。


「ああ、これが俺の数少ない特技でね」


 ジッポをポケットへと直しながら、動きを止めた犬の中心――新奈へと手を差し伸べる。


 にっこりとほほ笑んで見せる彼を、新奈はきょとんと見つめ返していた。


「え、犬が動かなくなってる、すごい!」


 遅れること数秒。何とも妙な光景が広がっていた。


 新奈の感嘆の言葉を聴いては、海里は鼻を高くするしかない。


「自分では嫌っているのだけども、実家の方の力でね。犬には強いんだ」


 よいしょ、と手を掴んで海里は犬山から新奈を引き抜いた。


「流石は魔女の僕ですね!」


 ナンデスカ?


 満面の笑みだし、関心してくれているし、言うことはない筈だ。


 にも関わらず『僕』という言葉がどうにも引っかかる。


「まぁ、これくらいはやってのけますよ。魔女の僕ですから……」


 今更否定するのも面倒になっていたので、公園のベンチへと腰をかけ直す。同時に新奈を隣に座るように勧めていた。


「実家の力って、イヌカイさん家も魔女なんですか?」


「いや、俺の家はもう少しまともですよ?」


 言いながら海里は背筋が寒くなる感覚を覚えた。


「えーっと、うちの実家はかなえ程強い力はないんですよ」


「?」


 疑問符を浮かべながら新奈は彼を見つめ返す。


「なんでもうちの祖父は、お屋敷の魔女と交流があったそうですが、うちの力は魔術とかそういう類とは違って、ええとなんというか――」


 むむーんと唸る海里。


 彼自身、自分の『他人を従える力』については理屈がわかっていない。


「取りあえず、うちの家は犬をパートナーに選ぶことが多くて、犬に言うことを聴かせやすいんです」


「聴かせるという割に、わんちゃんたち、みんな固まっているのですけど……」


 至極当然な疑問であろう。


 先程、新奈に群がっていた犬たち、その山は丁度新奈一人分の隙間だけを残して、ぽっかりと空いていた。


 一体どんな命令を聴かせたかったのか。


「あ、それはうちの力というか、俺が未熟なだけで……」


 自分でも言葉が尻すぼみになっていくのがわかる。


「未熟って、無事に私救い出されましたけど?」


 続き、疑問符を浮かべる新奈。


「ああ、見てごらん」


 海里の指先、先程から変わらず固まったままの犬山があった。あれをして自然とは誰が言えようか。


「犬養家、本来の力は命令する力なんだよ。だから、それに沿っていれば、犬を衣さんから『離れるように命令』できてる筈なんだ」


「は、はぁ……」


 うん?と半信半疑のまま、海里の指さす先を見つめる。


 やはり、犬たちは固まったままで、いつ動き出すかが、さっぱり読めない。


「俺のは、出来損ないでね。犬の動きと真逆の命令をぶつけて、思考を止めるのが関の山なんだ」


 言ってて恥ずかしくなってきた。


 身体の命令系統を司る脳が出す『ゴーサイン』に沿って筋肉を動かすその前に、『ストップサイン』をぶつけるというのが、海里が今して見せたものだ。


 ゴーとストップが同時・・に命令され、思考がパンクする。普段ならばその意識の空白に新たな命令を書き込むところだが、今回は動きを止めることが目的であったため、それ以上の命令は書き込んでいない。


 命令を受けないまま、犬たちは思考も行動もその一切をフリーズしている。


 これはこれでよいのだろうが、命令の度に犬の動きを止めていては、とても人外の妖とは渡り合えない。それこそが海里が未熟な理由であった。


 先程の犬たちは処理能力を越えて動きを止めている。……その矛盾を処理するまでは固まったままだろう。


「なるほど、わかりません!」


 新奈は自信をもって、言い放った。


「まぁ、わからなくていいすから……」


 全然伝わらなかった。自慢ではないが、結構な秘術なのにな、と海里は落ち込みそうになる。


「イヌカイさんの家は、パートナーと一緒に行動するって聞きましたけど、そのパートナーはどちらに?」


「……」


 純真な目を向けるこの人にどう答えたものか。海里はしばし思考を巡らせてみた。


「今、パートナーってやつはいないんですよ」


 巡らせてみたが、カロリー不足の脳はまるで働かず、結局は観念した。


「少し前の事件で、パートナーを失いまして……」


 海里は苦々しく告白した。


 彼のパートナーは半年前まで確かにいたのだ。命令の度に動きを奪ってしまう、未熟な彼にもついてきてくれる存在が。そんなパートナーが、確かにその時までいたのだ。


「あ、ごめんなさい」


 まずいことを聴いたと察したのか、新奈は黙った。


「いやいや、いいんですよ。新しいパートナーがいないのは、俺が未熟なだけですから」


 今海里が言った通りである。


 人間に代わって妖と直接争う獣たちは、入れ替わることが常である。パートナーとは言っているが、一方的な命令で獣を縛るこの能力を彼は決して万能とは思わない。


「ところで、どうしてこんな公園へ?」


「イヌカイさん、お食事とられていないようだったので、せめてもと思ったのですが……」


 新奈の視線の先は、公園の奥へと向けられていた。


 公園は神社へとつながっているため、何らかの屋台がよく出ている。なんという心遣いか。思わず海里は涙するところであった。


 魔女の屋敷を出た頃に、『何かご飯を買ってきましょうか?』という申し出があったが、それが社交辞令ではなかったことを思い知る。


「いやいや、いいんですよ、仕事中ですし」


 かなえにバレた時が怖いし――とは最後まで言い出せなかった。


「じゃ、行きますか」


 まだ固まったままの犬たちを尻目に、海里は腰を上げた。


「はい。ああ、こんなにたくさんのわんちゃん、お姉ちゃんに見せたかったな」


 続いて腰をあげて、新奈がぼそりとつぶやいていた。


 お姉さん想いな人なんだな――海里は単純にそんな感想を抱いていた。


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