幕間
――来訪者
「と、まぁ友達ってやつには無理からに願いを口にさせられたものさ」
昔語りを一時中断し、私は自嘲気味に嗤ってみせた。少し、しゃべりすぎた。小休止だ。
何とはなしに見やれば、話し相手の表情は曇っている。望みは一度も言わなかったのか、と問われたから答えてやったというのに……人間とは複雑怪奇な生き物だと思う。
「物騒な話ばっかりじゃ、眉も潜めたくなるよ。そりゃ、魔女なんかしてたらそうなるんだろうけど……」
ベッドから見上げたお嬢さんは、奥歯に物が詰まったような話し方をしている。これは困ったぞと、私は右手で頬を掻きながらアレコレと考える。この娘は魔女の後継者ではあるが、自分と丸きり同じ道を辿る必要などは微塵もない。
「私のは自業自得ってやつだ。さっきも言ったが、業が深いから因縁ってやつに巻き込まれてこの有様だ。私のようにはなるなよー」
がっはっは、と笑いながら茶化してみたものの、傍らに座る少女は眉を潜めたまま。まったく、何が気に喰わないのか。
「あのねぇ……そんなに苦労してたなら、五体満足な時に聞かせて欲しかったよ。少しは私が何とか出来たかもしれないじゃない」
「真面目な話だよ。言ったろ? 私のようにはなるな、と。己の業を弟子に背負わせて喜ぶ師匠なんかおらん」
やたらと真剣な表情で詰め寄る弟子には困ったものだ。ふぅ、と呼気を吐きながら、私は省みる。恐らくは、師匠もこんな気分だったのではないかと思うと、どうにも身悶えそうになってしまう。
「好きに生きてきたってことはわかったよ……ねぇ、それで幸せになれた?」
今日は本当によく質問を受ける。小さな頃には赤ずきんのように、どうしてどうしてと問われたが、こうも大きくなってからも尋ねたいことが尽きないのか。やはり人間とは面白いものだ。
話をはぐらかすために過去を検索などしてみたが、そういえば今日はきちんと答えてやると決めたことを思い出した。
「……幸せってやつは、考えないで生きてきたんだ」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃお前、“これがあれば幸せ”とは即ち、“これがなければ不幸せ”になるからさ」
そりゃそうだろう。何のために生きるかという問いと同種のものだ。それは問いの立て方として健全ではない。
「わかんない。私はご飯食べても幸せだし、本読んでても幸せだし」
「それは、自分が好きなことであって、幸福を問うこととは――いや、こんな話はどうでもいい。幸せが何かは考えなかったが、こうして考えてみると悪くない人生だったぞ?」
大人になるまでに寿命が尽きると子どもの時に知っていた。だが、思いがけずこうして生きてこられたのだから、十分だろう。延びた寿命の間に、出来ることは大抵やった。母親より先に逝くことがなかったのは、僥倖だ。
思い残しがあるとすれば……
「友達が言ってたんでしょ? 十分人間らしいって。望みは叶うんだから、最期くらいわがまま言いなよ」
不機嫌を通り越して、苛立った様子で言葉が吐かれた。思い余ってというやつとは思うが、心配ならこの病人を寝かせてくれんかね?
「望みが叶うと言うがな、ありゃチートだとかズルってやつだからな――と」
ノックの音に会話が再び中断された。どうやって望みを叶えたかは、口が裂けても言えないので、正直助かった気がする。
見やれば、娘は立ち上がりドアノブに手をかけていた。最盛期をとうに過ぎた私を訪ねてくる人物はまずいないので、恐らくはこの弟子に用があるのだろう。
これで問答から解放される、と目を瞑りかけたが、怒声に再び意識が引き戻される。
「何しに来たの!」
心配性だが温厚なこの子が怒鳴る――それは私の身内絡みの話であるのが常だ。父や兄とは険悪ではないが、相変わらず苦手なので追い返してもらっても構わない。
だが、扉の向こうの人物が頭にバカのつくお人良しであれば、追い返す必要もない。まだ姿も見えていないのに、困って頬を掻いている姿が目に浮かぶ。
「悪いが、そこのバカと二人にしてくれないか」
娘はこちらをキツく睨むと、無言のまま飛び出してしまった。少々可哀想なことをしてしまったかもしれないが、許してもらおう。わがまま言っていいって、本人が言ったのだから。
「それで、何しに来た? 相変わらず味のある表情しておるな」
背の高い丸眼鏡を見て、思わず笑ってしまった。随分と久しぶりに顔を見たが、記憶の中とまるで変わっていない。成長のないやつだ。
「何って――利子払いに来た」
もごもごと口を動かしながら、ベッドの傍の椅子に腰掛ける。
「覚えておったのか……感心するが、契約ももう切れてるんだから気にせんでいいだろうに。何というか、バカがつく生真面目さよな」
「顔くらい出すよ。貸しが高いって言ったのは、お前だろ?」
してやったりといった顔でこちらを見ている。まったく、とんだバカを下僕に選んでしまったものだ、と自分に対して呆れてしまう。この手のバカは、どうしても嫌いになれない。
「わかったわかった。好きにしていけ、私は少し眠る」
昔語りは、この辺りで終いだ。これから先のことは墓に持っていくと決めている。少し疲れたので、遠慮なく瞳を閉じた。
寝つきは悪い筈だが、意識はスムーズに落ちていく。隣にバカがいる所為か、当時のこと――昔語りの続きを夢に見る。
今更ながら振り返れば、他人には迷惑を沢山かけた。それでも、感謝したりされたりを繰り返した自分の人生は、悪くないものだったと思う。