表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミナリ  作者: 三宝すずめ
6話 蛇足
81/88

幕間

――来訪者




「と、まぁ友達ってやつには無理からに願いを口にさせられたものさ」


 昔語りを一時中断し、私は自嘲気味に嗤ってみせた。少し、しゃべりすぎた。小休止だ。


 何とはなしに見やれば、話し相手の表情は曇っている。望みは一度も言わなかったのか、と問われたから答えてやったというのに……人間とは複雑怪奇な生き物だと思う。


「物騒な話ばっかりじゃ、眉も潜めたくなるよ。そりゃ、魔女なんかしてたらそうなるんだろうけど……」


 ベッドから見上げたお嬢さんは、奥歯に物が詰まったような話し方をしている。これは困ったぞと、私は右手で頬を掻きながらアレコレと考える。この娘は魔女の後継者ではあるが、自分と丸きり同じ道を辿る必要などは微塵もない。


「私のは自業自得ってやつだ。さっきも言ったが、業が深いから因縁ってやつに巻き込まれてこの有様だ。私のようにはなるなよー」


 がっはっは、と笑いながら茶化してみたものの、傍らに座る少女は眉を潜めたまま。まったく、何が気に喰わないのか。


「あのねぇ……そんなに苦労してたなら、五体満足な時に聞かせて欲しかったよ。少しは私が何とか出来たかもしれないじゃない」


「真面目な話だよ。言ったろ? 私のようにはなるな、と。己の業を弟子に背負わせて喜ぶ師匠なんかおらん」


 やたらと真剣な表情で詰め寄る弟子には困ったものだ。ふぅ、と呼気を吐きながら、私は省みる。恐らくは、師匠もこんな気分だったのではないかと思うと、どうにも身悶えそうになってしまう。


「好きに生きてきたってことはわかったよ……ねぇ、それで幸せになれた?」


 今日は本当によく質問を受ける。小さな頃には赤ずきんのように、どうしてどうしてと問われたが、こうも大きくなってからも尋ねたいことが尽きないのか。やはり人間とは面白いものだ。


 話をはぐらかすために過去を検索などしてみたが、そういえば今日はきちんと答えてやると決めたことを思い出した。


「……幸せってやつは、考えないで生きてきたんだ」


「どうして?」


「どうしてって、そりゃお前、“これがあれば幸せ”とは即ち、“これがなければ不幸せ”になるからさ」


 そりゃそうだろう。何のために生きるかという問いと同種のものだ。それは問いの立て方として健全ではない。


「わかんない。私はご飯食べても幸せだし、本読んでても幸せだし」


「それは、自分が好きなことであって、幸福を問うこととは――いや、こんな話はどうでもいい。幸せが何かは考えなかったが、こうして考えてみると悪くない人生だったぞ?」


 大人になるまでに寿命が尽きると子どもの時に知っていた。だが、思いがけずこうして生きてこられたのだから、十分だろう。延びた寿命の間に、出来ることは大抵やった。母親より先に逝くことがなかったのは、僥倖だ。


 思い残しがあるとすれば……


「友達が言ってたんでしょ? 十分人間らしいって。望みは叶うんだから、最期くらいわがまま言いなよ」


 不機嫌を通り越して、苛立った様子で言葉が吐かれた。思い余ってというやつとは思うが、心配ならこの病人を寝かせてくれんかね?


「望みが叶うと言うがな、ありゃチートだとかズルってやつだからな――と」


 ノックの音に会話が再び中断された。どうやって望みを叶えたかは、口が裂けても言えないので、正直助かった気がする。


 見やれば、娘は立ち上がりドアノブに手をかけていた。最盛期をとうに過ぎた私を訪ねてくる人物はまずいないので、恐らくはこの弟子に用があるのだろう。


 これで問答から解放される、と目を瞑りかけたが、怒声に再び意識が引き戻される。


「何しに来たの!」


 心配性だが温厚なこの子が怒鳴る――それは私の身内絡みの話であるのが常だ。父や兄とは険悪ではないが、相変わらず苦手なので追い返してもらっても構わない。


 だが、扉の向こうの人物が頭にバカのつくお人良しであれば、追い返す必要もない。まだ姿も見えていないのに、困って頬を掻いている姿が目に浮かぶ。


「悪いが、そこのバカと二人にしてくれないか」


 娘はこちらをキツく睨むと、無言のまま飛び出してしまった。少々可哀想なことをしてしまったかもしれないが、許してもらおう。わがまま言っていいって、本人が言ったのだから。


「それで、何しに来た? 相変わらず味のある表情しておるな」


 背の高い丸眼鏡を見て、思わず笑ってしまった。随分と久しぶりに顔を見たが、記憶の中とまるで変わっていない。成長のないやつだ。


「何って――利子払いに来た」


 もごもごと口を動かしながら、ベッドの傍の椅子に腰掛ける。


「覚えておったのか……感心するが、契約ももう切れてるんだから気にせんでいいだろうに。何というか、バカがつく生真面目さよな」


「顔くらい出すよ。貸しが高いって言ったのは、お前だろ?」


 してやったりといった顔でこちらを見ている。まったく、とんだバカを下僕に選んでしまったものだ、と自分に対して呆れてしまう。この手のバカは、どうしても嫌いになれない。


「わかったわかった。好きにしていけ、私は少し眠る」


 昔語りは、この辺りでシマいだ。これから先のことは墓に持っていくと決めている。少し疲れたので、遠慮なく瞳を閉じた。


 寝つきは悪い筈だが、意識はスムーズに落ちていく。隣にバカがいる所為か、当時のこと――昔語りの続きを夢に見る。


 今更ながら振り返れば、他人には迷惑を沢山かけた。それでも、感謝したりされたりを繰り返した自分の人生は、悪くないものだったと思う。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ