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ミミナリ  作者: 三宝すずめ
6話 蛇足
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2.始末の最中

8/26 サブタイトル変更

「へっ――きしっ」


 自販機から飲み物を取り出しながら、かなえは二度くしゃみを繰り返した。人混みが嫌いな彼女は、いつものように授業までを食堂で過ごす。通信制高校に通っているものの、学期に数回はこうして学校へと赴かねばならない。


「わぁ、すごいくしゃみ。風邪?」


「……風邪じゃないよ、ミキ。誰かが噂してるんだろうな」


 ハンカチで鼻元を押さえながら、かなえは声の主へと振り返った。その際に、パックのジュースを投げて寄越す。


 従僕が居れば、物を投げて渡そうとしたことを“行儀が悪い”と言っただろう。だが、朝早い食堂には二人以外いない。


「おっと、と――ありがと、かなえちゃん」


 パックをお手玉しながら受け取り、少女ははにかむ。不恰好な様を誤魔化すための笑みであるが、かなえは彼女がそうすることを嫌えないでいた。身体の動きが追いつかないことを、他人に不快に思わせないための彼女なりの処世術だ。それを笑うことは、かなえには出来ない。


「そいつはノンカフェインだ。と、つい投げてしまった。すまない」


 パックの成分表を見ていた彼女へは説明を忘れない。ついでに、海里にしているように気軽にしたことを、かなえは詫びた。眼帯をしている人間が距離感を掴みかねることを、この少女はよく知っている。


 手近なテーブルに腰を掛けて、視線を投げれば食堂の窓から中庭が見える。どこからともなく鳥の囀りすら聞こえてくる。


「ん? なんのこと?」


 よく聞こえていなかったのか、ミキと呼ばれた少女は笑顔を崩さない。しかし、渡された飲み物に口をつけてからはというと、表情が少し渋くなる。


「かなえちゃん、このジュース甘すぎない?」


「丁度いいと思うんだがなぁ」


 怪訝な表情をする彼女をよそに、かなえはごくごくと飲み進めていた。手にしたパックはどちらも同じもので、“特濃フレーバー~まるごとはちみつ~”と表記されている。フレーバーとは名ばかりで、味ははちみつそのもの。賛否がはっきりと別れる、何故食堂に置かれているか不思議な飲み物だ。


「あはは、相変わらずかなえちゃんの舌は破滅的だね」


 眉間に皺を寄せながらも未希は、かなえに倣ってはちみつの塊を飲み続けていた。




「お揃いだね」


 初対面の際に未希から掛けられた言葉を、かなえは不意に思い出していた。


 少女が、眼帯を指さしながら話しかけてきた。かなえが彼女を初めて見た時の印象は、“面倒くさい”の一言に尽きる。高校を卒業しておくのも親孝行だ、という恩師の言葉に従ってこの学校へ通うことを決めたものの、他人とつるむ気などはさらさらなかった。


「お、お揃いだね……」


 繰り返す未希は、今にも泣きそうな顔をしながら、笑みを作っていた。他人を近づけないため、不愛想を通すことを決めていたが、早々に方針の転換を迫られる。はっきりいって間抜けな表情であるが、かなえはこの手の顔に弱い。


早津ソウツ 未希ミキです」


「――ふむ」


 泣きそうな顔だというのに、未希という少女は言葉をハッキリと告げていた。長い黒髪に大きな瞳をした彼女は、左半身がやや傾いて見える。眼帯をつけているその半身が不自由であることがわかった。


 病弱な母を持っているから――自身も身体を病んでいるから、否応にも他人の悪いところが目につく。だが、長い髪を首元で束ねる姿はどこか母を彷彿とさせる。片眼を見開く少女の姿は、己の未来にも思えた。


「三森、かなえだ」


 名乗った少女へ、かなえは先に右手・・を差し出した。




 かなえの目の前にいる少女は、尚も甘いジュースを飲んでいた。未希は年上であるが、これまた年上の湊にするように、どうにも構ってやらねばならないと思えている。


 初めて彼女に出会ったことを思い出すだに、頭を抱えたくなる。


「舌を破滅的と言うがなぁ……私とお友達になりたいだとか、お前の趣味も破滅的だぞ?」


「うーん、そうかな。でも私、かなえちゃん好きだから破滅的でもいいや」


 微笑む少女を他所に、思わずため息を吐いてしまった。このような顔に、かなえはやはり弱い。


 大病を患い、一度は高校生活を諦めたと未希は話していた――どうしていつでも笑顔でいられるのか。興味が尽きないと言ってもいい。


「ところで、さっき噂してたのって、かなえちゃんの彼氏?」


「――何を言い出すか!」


 突然の質問に、かなえは思わずジュースを気管へと入れるところだった。その発想はどこから湧いてくるのか、常々疑問に思っている。


「たまに話題に上がる男の人って、彼氏でしょ?」


 ふむ? と顎に手を置いて、未希はかなえを覗き込む。


「よせよせ、私にそんなもんはおらん」


「でも、今日はいつもより優しい顔をしているよ? 年末年始、いいことあったんじゃないかな」


 隠さなくてもいいのに、と言われてしまえば、かなえも思案顔になってしまう。魔女の話をせずに日頃のことを話そうとすれば、否応なしに従僕の話になろうというものだ。


 いつの時代も、女は色恋の話を好む。この手の話が苦手だからこそ、人との関わりを避けようとしたのであるが――恋人が原動力だという少女と友達になったのは因果なことだ。


「年始にはそれなりにいいこともあったが……だがな、それをすぐ男と結びつけるのは、趣味がいいとは言えんぞ?」


 眼帯を押さえて唸れば、相手も同じように眼帯に触れてみせる。こういった人を喰った仕草をたまに未希はするきらいがある。他の生徒にはしているところを、かなえは見たことがないが。


「私の趣味が破滅的だって、さっき言ったのはかなえちゃんだよ?」


「上手いこと言ったつもりかよ。はぁ、ミキにゃ勝てる気がせんわ」


 ため息を吐き、パックをゴミ箱に投げ捨てた。さっさと教室へと向かおうかとも彼女は考えもしたが、まだ始業には時間がある。まずは椅子に深く座り直し、髪の毛をいじりながらこの状況をどう打破するかを考え始めていた。


「わかればよろしい。じゃ、観念して白状してみようか」


「白状って言ってもなぁ……」


「ぷりーず、ぷりーず」


 ニヤニヤとする未希を前に、少女は唸った。日頃、従僕を説き伏せる時にこのような表情を自分もしているのだろうと思えば、返す言葉もない。


「何が聴きたい?」


「かなえちゃんの願いとか望みが、聴きたいな」


 ジロリと睨んでも、眼帯の少女は涼しげな顔をしている。ああそうか、とかなえはようやく観念をした。未希は何かとこの魔女に似ているのだ。自分を前にしては、避けて通れるものでもない。


「すまんが、望みは口にしないことにしている」


 叶う訳がない望みは、語るべきではない。それは出会ったばかりの頃の彼女にも告げている筈だ。


「それは、三年前のかなえちゃんでしょ? 望みなんかないって言ってた頃のことでしょ? 口にしないってことは望みがあるってことじゃない」


「まったく……お前には本当に敵わんな。私を口でやり込められるのは、恩師くらいの筈だったんだが」


「私に人間的な力はそんなにないけどさ、大病患ってるのはお互い様なんだ。私の前では、お前にわかるわけなどない、何て台詞は出させないよ」


 お節介なことこの上ない――少し前までの自分ならそう思っていたに違いない。だが、かなえは今そんな気分にもなりようもない。人との出会いで変わってきているのかもしれないと、この友達とやらを見ていると思えてしまう。


「そうだな、望みを口にするのは気恥ずかしい。だから、願いだけな」


「うん、やっぱりクダンの彼と両想いになることかな?」


 大事な話だとわかっているからこそ、かなえが力まぬように未希は冗談をかましていた。


「人並みの幸せとは言わんからさ、願わくば……人間らしく生きてみたいものだ」


 飾ることなく、かなえは願いを口にした。海里に向かって、他人に期待するような願いを吐くなと言った手前ではあるが、今はそれも許されるだろう。


「……わかるような、気がする。少しだけど」


「一応礼を言う。完全に共感が出来る、などとほざいたら友達をやめてるところだ」


 徐々に身体の動きが鈍くなるなかにあって、初めてかなえは弱音のようなものを吐いた。


 この会話に何の意味があったのか、当人達にもよくわかっていない。ただ、望みも願いも口にしておかないと叶わないものだということは、お互いに知っている。


「もう十分に、人間らしいと思うけどな……」


 やや伏せ目がちに、未希は言葉を溢した。躊躇があったようで、声は小さい。


「一応聞いておこう。その心は?」


 喋らないと言った事柄を無理矢理口にさせたのだから、相手にも話してもらわねばならない。そろそろ時間はよい頃合いだ。ここらで話にオチを求める。


「かなえちゃんはさ――愛も恋も知ってるから、だよ」


 だから、人並以上に生きてると思う。まだ大きさが目立たないお腹を撫でながら、少女は言った。


「……否定するのは無粋か。母親になる人の言葉は、ありがたく受け取っておくよ」


 そう告げながら、未希分のカバンも引っつかんで腰を上げる。自分とよく似た少女が幸せそうにしている様を見て、かなえは満足そうに微笑んだ。


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