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ミミナリ  作者: 三宝すずめ
6話 蛇足
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1.後始末―望み

「それで、御用があったんでしょう?」


 おっとりとした調子で、螺矢は海里に質問を促した。変わらぬ彼女のペースに流されてしまいそうになっていたが、今日は尋ねたいことがある。


「暮れに、かなえが励ましてくれまして……」


 尋ねたいものの、本人ではなく母親から聴いていいものか、少々迷ってみせる。口ごもる彼を見ても、当の螺矢は微笑んだまま相槌アイヅチを打って話を待っている。やはり、彼女に尋ねるのが一番だと、海里は自分に言い聞かせるように口を開いた。


「かなえは、どうして俺を助けてくれるんでしょうか?」


「やっぱり、カイリさんはどこかレイイチさんに似ていますね」


「へ?」


 普段かなえへしているように、海里は間の抜けた声を上げてしまった。以前にも令一さんとやらに似ていると言われたが、目つきが違うと指摘を受けていた海里は戸惑ってしまう。些細なことだが、この細かなズレに戸惑うことこそが、彼の理解の遅れる所以ユエンでもあった。


「ああ、鈍いところが似ているのであって、お兄ちゃんに似ているから娘が貴方に優しいという訳ではないんですよ?」


 微笑みながら、とんでもない暴言を吐かれたような気がしたものの、鈍いのは事実だ。海里は曖昧な表情を浮かべて螺矢を見る。


「かなえがすることには、それなりに意味があるでしょうけど、あまり深く考えないでやってください。あの娘はそういう生き方しかできないんです」


 不器用な娘なんです、と螺矢は伏目がちになって言葉を紡いだ。それを聴いて、海里は少し理解できた気がしていた。恐らくは手先ではなく、生き方が不器用なのだろう、と――


 尚のこと、尋ねておくべきだ。最早遠慮もなく、海里は質問を続けようとする。


「かなえはよく、“望みは何か”と聴くんです。どうしてあいつは、他人の望みにこだわるか、螺矢さんにはわかりますか?」


 本当に気になっていたことは、不可思議な現象を収集することへのこだわりであったが、魔女としてのかなえを知らないこの母親にそれを話してはいけないと思っていた。だからこそ、望みを問う理由を尋ねた。


「望みは何か、ですか。そんなことを、あの子は……」


 螺矢の表情は今度こそ苦々しいものへと変わる。この質問の何が彼女をそうさせたのか、海里にはわからない。


「カイリさん、それは本人に聴いてください。私が――いえ、誰であっても、勝手にそのことを伝えたと知ったら、かなえは怒ります」


「あ、わかりました。何か、変なこと聴いてすみません」


 いつになく真剣な表情の母親を前にして、海里は背筋を伸ばした。これまでの事件の整理をしようとしていたところで浮かんだ疑問であったが、彼女に聴くことは確かにズルのようにも思う。


「ところで、どうしてそのことを聴きたかったのですか?」


 螺矢の透明な瞳は焦点が合っていない。だが、海里には真っ直ぐに瞳を見つめられているという感があった。


「かなえは、人の望みばかり聴くお優しいやつですから。あいつの望みは何だったのかな、と少し思ったんです……」


 口にしながら、海里は思う。これまでかなえに受けた恩を考えれば、彼女の望みの一つでも応えることが、一連の事件の後始末になるのではないか、と。


「カイリさん、ありがとうございます」


 瞳に涙を溜めて、螺矢は感謝の言葉を溢した。何故泣くかわからぬ海里は思わず戸惑ってしまったが、まだ続く言葉を黙って聴くことにした。


「そんな貴方だから、かなえは助けるのでしょうね」


 目元を拭う姿を見ながら、海里は以前彼女が言った言葉を思い出していた。


『三森の女は、信頼を寄せる人に全力で応える――俺はかなえの信頼に応えられているのだろうか……』


「お気になさらないでくださいね。去年の暮れと言えば、むしろかなえを助けてくれたではないですか」


「はい?」


 突然の螺矢の言葉に、海里は首を捻った。去年の暮れ、かなえにしたこととは一体――


「クリスマスは、楽しめました?」


 にっこりと、邪さの一片もない表情を見て、海里はドキリとさせられた。クリスマス、かなえがホテルのディナーやら宿泊やらを手配してくれたが、これにはどう答えるべきか。第一、何を持ってかなえを助けたのかが、海里にはまったく想像もつかない。


「私、カイリさんには感謝しているんですよ? かなえのあんな表情が見られるとは思いませんでした」


「えっと……」


 この人は一体、何を話しているのだろう。会話にズレを感じて海里は明後日の方向へ視線を投じる。


「どうせパートナーにはフラれるだろうし、クリスマスにディナーでも馳走してやるんだ――口は悪いのに、そう言ってるかなえの表情は女の子らしくて、嬉しかったものです」


「……あ、はい」


「聴けば隣町のホテルのディナーでしょう? 今から予約なんか取れるわけないって、私言ったんです。そしたらあの子、何と言ったと思います?」


「ナンテイッタンデスカ?」


「お父さんに頭下げてでも手に入れる、ですって。結果、十年振りに父親へ電話したんですよ、あの子」


 嬉しそうに語る螺矢を見て、海里はこめかみに汗が流れていくことを感じていた。事実は小説より奇なりとはよく言うが、かなえに聴かされていたこととはまったく異なっているではないか。


「あの子が、あれ程苦手にしているお父さんに話をした時、私思ったんです。カイリさんになら、かなえを任せられると!」


 珍しく興奮気味に語る彼女は、拳まで握って熱弁を繰り広げていた。子を想う母親とは強いんだな、と他人事のように眺めていると、螺矢は突然咳き込み始めた。


「ごめんなさい、少し調子に乗って、しまったみたい、で」


「いえ、俺の方こそすみません」


 むせる彼女の背中を撫でた時、海里は何とも複雑な気持ちになっていた。かなえ程でもないが、螺矢の背中は小さい。


 柔和な表情ばかりを見ていたから、病人であることをつい忘れていた。病室に籠る彼女は、娘の傍に居れない事で歯がゆい思いをしていることだろう。本当に娘を想っていることが伝わる。


「パートナーの方と別れていないとは聴いています。ですが……時折でいいので、かなえに構ってやってください。それ以上は、お願いしません」


 最早この母親を前に、勘違いを正すということすら無粋に海里は思えていた。気づけば、本人も思ってもいなかった言葉が自然と口をついた。


「俺に何ができるかわかりませんけど、できる限りはしてみせますよ」


 そろそろ昼時だと、海里は会話に付き合わせた礼を述べて席を立った。背中越しに、また来てくださいねと声を聴き、一度振り返る。


「何か忘れ物ですか――さては、やはりお義母カアさんと呼びたくなりましたね?」


「また来ます」


 何か伝えたいことがあったのではないかと振り返ったが、訪れた時と変わらぬ螺矢の姿に海里は薄く笑うに留めた。


「お願いですから、かなえの望みを叶えてやってください……」


 叶わぬ望みは口にするべきではない。だが、扉が閉められ、誰も聴く者はいない。螺矢は叫び出したい気持ちを抑えるために、祈らずにはいられなかった。

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