プロローグ
サキとの戦いも終わり、パートナーの姉への挨拶など、慌ただしく年末は過ぎていった。
正月も明け、海里はこれといった仕事もなくぼんやりと過ごしている。そんな中、かなえから告げられた言葉に、目を丸くする他なかった。
「学校に行ってくるから、留守番頼むな」
お前、本当に女子高生だったのか……主に蹴られながらも、海里はこれまでの事件を整理しようとしていた。
――ある日の問答
「人生に後悔はないかって?」
ふと、問われては考え込む。いつもであれば、どんな質問にも即答するところであるが、こと己の人生となると時間を要した。はぐらかしても構わないのだが、目の前にいる人物には、どうにも嘘を吐きづらい。
「やっぱり、後悔してるんだ……」
回答もまだだというのに、発問者の少女は心なしか落ち込んだような声音を上げては下を向いている。
「これこれ、後悔なんてないさ」
「本当?」
「嘘なんか吐いて、どうすんだって話さね」
相手が落ち込んだからといって、嘘まで吐く趣味はない。これまで自分の思う精一杯で駆け抜けてきたし、ちょっと人を喜ばせるために晩節汚すようなことはしたくない。
「でも、ちょっと悩んだでしょ?」
真摯な瞳が、私を真っ直ぐに捉えていた。こんな言葉を吐くのは、一体誰の影響か。とはいえ、悩んだことは本当だ。
「まぁ、ちょっとだけな」
ここは敢えて包み隠さずに、首肯しておく。
「……そうさな、後悔はしていない。だが、ざっと半生を振り返ったら、幾つかターニングポイントってのが見えてきてなぁ」
顎に手を当て、少々思い耽る。そう、人生はいつの時も選択すべき場面の連続だった。
幼子の頃――言葉を発することが少なかった。異常な瞳のおかげで、人に尋ねずとも大抵の事柄は理解できた。そのことは、他人に語ったところで理解も共有もできようもなかった。それ故、言葉は必要ないと判断した。
後々考えれば、言葉が必要ないなど、何故思ったか。
少女の頃――身内に理解されずとも、理解を示す他人に出会った。言葉の遣い方を知らなかったため、感謝を伝えるのに随分と時間がかかった。もっと早く言葉を覚えていればとも思ったが、こんな私だからこそ構ってくれようとしたのではないか。
この後出会う人にはなるべく言葉を尽くす。その人に報いるため、そう決めた。
大人になった頃――まぁ、よく大人になれたもんだな、と他人事のように思った。大人になる前に寿命が尽きると、幼い内から理解をしていた。他人と触れ合う程に、己の歪さに目を伏せたくもなった。だが、生きていればそれなりに良いこともあるとわかった。
生きていたいと思うようになってしまった。
「我ながら、業の深い生き方をしてきたものだな」
「業? 欲深じゃなくて?」
「そう、業だよ。人間生きてりゃ幾つかの縁と出会うのさ。その縁ってやつは前世やら何やらの因縁を孕んでるからな。途中まで他人との関わりを断とうとした私は、欲深いのではなく、業が深いのさ」
「……それってさ」
「業突く張り、ではないぞ? 私は生まれてこの方、望みなんて口にしたこともないからな」
シリアスな雰囲気に耐え兼ね、がははは、と冗談めかして笑ってみたが、目の前の生き物はくすりともしない。
「一度も、望みは言わなかったの?」
随分と質問攻めに合わされるものだ。口にしたくない――ではないが、墓まで持っていきたいことも、その内にポロっと話してしまうのではないかと思う程だ。
だが、まぁ、今日くらいは長話をしてやってもいいか。人生は選択の連続であったが、いずれも自分で決断して選びとってきた。この生き方に、後悔なぞあるものか。
語ることがあるとするならば、目の前の人間が安心できるよう望みの形を示すためだろうか。
「一度、望みを口にしたことはある」
ま、私が望みを口にしても大抵叶わないのだけどもな、そう前置きをして私は語り始める。少女時代の終わり、大人になる少し前の話だ。