表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミナリ  作者: 三宝すずめ
5話 耳鳴り
71/88

3.割れ響く鐘の様に、――かなえるモノ

 スカジャンを翻し、髪も振り乱して少女は駆ける。全部私の所為だ――などと言うのは傲慢であると承知している。だがそれでも、これまでに分岐点があった。


 分岐点など上げればキリがないが、少女には確信があった。姉に関しては流されるままであったが、桐野の家を出た後の全ては己で選んだ道であるということを。


 今、少女は二つの想いに突き動かされていた。衣新奈という人物の記憶が混線していた日々ですら、指輪を手放さなかった。これは、持ち主の元へ届けねばならない。そしてもう一つ。


「……何です?」


 ハヤる心を押さえつけ、携帯電話を取り出した。ひょっとしたら雹やパートナーからの着信かもしれないと。そう思ったからこそ出たというものの――


「ぶあはははっははは!! おま、お前、相手の居場所も分からず走りだして、は、走りだして!」


 返ってきたものは、豪快な笑い声だった。湊はこの人物を嫌いでない。否、むしろ好いてすらいるが、こうも無遠慮に笑われてしまえば流石にカチンときてしまう。


「電話、切りますよ」


「ああ、失敬。いつぞやのバカみたいに走り出して行ってしまったもんだから、つい」


「……つい、でそんなに笑います?」


 暴言を吐くことはしないが、自分でも不機嫌なことがよくわかる。しかし、通話先の相手はそんなことにはまったく構いはしない――これがお屋敷の魔女という人物なのだということも、彼女は理解しているつもりではあった。


「気分を害したなら謝るよ。そうだな、詫び代わりに願望機から彷徨うヒツジへ助言だ」


 今、何が見える? かなえから、短く問いが出される。


「はい? 何って、今公園ですから、神社くらいしか見えないですけど……」


「その中でも、因縁深いところに行ってみろ。お望みのものはそこだよ」


 ……多分、と言葉を付け加えられると一方的に通話が切られた。


「因縁って言われましても」


 うーん、と唸りながら足を進める。携帯と一緒に手はポケットに突っ込んだ。その時、これまで大事に身に着けていた指輪に触れる。


「やはり、やり残したのはここでしょうか」


 丸い輪を握り締め、いつしか湊は神社の階段を上っていた。パートナーとの思いでは因縁と呼ぶべきものではない。であるとすれば、やはり枯れた狼に完膚なきまでに打ちのめされ場所がそうだろう。


 ゴミの山に投げ捨てられたと聴けば、姉は何と反応するだろうか? きっと怒られることだろう――情けない、それでも私の妹か! と――


 神社すら通過すると、いよいよ奥まった人気のない場所に出る。そこへは、因縁の相手とやらが佇んでいた。


「……言った筈です。次は、保障しないと」


「そちらこそ知っているでしょう? 私が聞き分けのいい、お利口さんではないってことは」


 ポケットから手を引き抜き、永らく握りしめていたものを眼前の狼へと投げる。


「お前が、持っていたのか」


 丸い金属の塊を受け止め、雹は呟いた。歩へこれを渡したのは、もう五年以上も前になる。


「用が済んだなら帰れ、湊。俺は人に害をなす獣、異能全てをくびり殺すと決めた」


「いいえ、帰りません。自分の主へ刃を向ける獣には、ここで引導を渡します。これで、最後です」


 スカジャンを脱ぎ、腰へと括り付けると、湊は兄代わりを睨んだ。


「お前、どの立場で俺の前に立つ? 桐野の次女としてか、俺の幼馴染としてか、歩の妹としてか――」


「愚問ですね」


 ふっ、と軽く息を吐き、拳を握りしめる。人より多少は頑丈にできているが、獣らしい牙も爪もないこの身を何と称しよう。眼前の獣に勝つことはとてもではないができない。


 震える拳を握ってみせると、金属のヒヤリとした感触を受けた。おかげで、それらしい虚勢を張ることも出来るというものだ。大切にしたいもう一つがあれば、足の震えも止められる。


「私は、犬養海里のパートナーです!」


 枯れた狼が懐から短刀を引き抜く様を見て、湊は駆ける。その小指には、銀色をした螺旋の輪が光っていた。




「これで最後だ、イヌカイ。お前の望みは何だ?」


 電話を終えたかなえが、海里へと向き直る。力が欲しい、それは間違いではないと彼女は言った。


「力が欲しい。だが、何のためにと問われると困る」


 青年は正直に答えた。かなえが怒ってくれたように、サキを倒すためだけに力を望むことは間違っていると感じている。瞳を閉じれば、己と関わり合いのあった人間の顔が巡る。何のために、それを絞ることは至難の技だと思われた。


「たわけ、何を悩むことがあるか……全部が望みでいいんだよ」


 言葉とは裏腹に、少女の声音はどこまでも優しい。声に導かれ、海里は瞳を開いた。


「大切なことはそれを見失わないことだ。口にしてみせろ。このかなえちゃんが受け止めてやるわ」


「ジイさんも、おふくろも千里も、守りたい。それに、俺は今、ナナ――湊の力になってやりたい。それを叶えるだけの力が、欲しい……」


 勿論お前の力にもなりたい――喉元までせり上がった言葉であったが、何故か憚られそれだけは呑み込んだ。次いで、静まり返るお屋敷の空気に圧され、海里は生唾を飲み込んでいた。


「よく言った、犬養海里。それでこそだ」


 かなえが微笑むことは珍しい。皮肉気に嗤う、或いは愉快気に笑うことをする彼女であるが、今は境界で迷い続けた青年の回答に満足をしていた。


「とは言え、俺は弱っちぃからなぁ。力を望んだところでどうにかなるのか?」


 かなえを信じるとは決めた。だが望みがわかったところで、それを叶える力が己にあるかと問われれば首を傾げてしまう。


 その海里の様子を見て、魔女はため息を吐いていた。何を落胆されているのかわからず、呻いた。


「あぁ? 何だよ、常識外の力は望むもんじゃないって言ったのはかなえだろ?」


「本当にバカだな……素直に私を頼れというに」


「――え?」


 キョトンと目を開き、眼前の少女を見つめた。


「それでは行こうぞ。早くせんと無鉄砲が大変なことになる」


「行くって何? 無鉄砲て?」


「お前のジイさんが斬られたと聴いて、もう一人のバカが飛び出して行ったんだよ」


 淡々と告げられる言葉に、海里の脳は処理が追いつかない。パートナーがかなえの前に来ていたことも驚きであるが、飛び出して行ったというのは、一体。


「え、あ、おい、かなえ?」


 更に不可解なことに、出不精の魔女が玄関へ向けて歩いている。


「ほれ早くせんか、カイリ」


 悪戯っ子のように――という言葉も憚られる程口元を釣り上げてかなえは嗤う。俄然魔女らしくなった彼女を追って、犬使いは事件を終わらせるために踏み出した。


 イマイチ理解が追いつかないので、首を一つゴキリと鳴らすことを彼は忘れなかった。




7月5日修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ