表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミナリ  作者: 三宝すずめ
5話 耳鳴り
68/88

幕間

歩は止めない――




 永らく、悪い夢を見ていたように思う。が、目覚めてしまえば何てことはない。


「まだ寝ていた方がいいと思うがな?」


 髭の老人が心配顔を浮かべているが、私は首を横に振って答える。眼前の相手を思えば、もうしばしは横になっていた方がいいのかもしれないが、そういう訳にもいかない。


「先生、ありがとう」


「なんじゃ、礼とは珍しい」


「……お礼くらい言えるってば」


 老人が怪訝な表情をしていることに、私のこめかみがピクリと動く。だが、今日のところは堪えることにした。思えば、この人には姉妹共々お世話になったものだ。


「もういくのか?」


 先生はくどいくらいに確認をしてくる。寝てていいならいくらでも寝ていたい。それでも、目が覚めたからには動くべきだと私の細胞が喚いている。


「まぁ、放っておけないバカがいるから」


 胸元を擦りながら、私は応える。ほんとに、バカは放っておくと何をしでかすかわからないので心配だ。


「妹か?」


「あれはあれで気になるバカだけど、他の誰かが何とかするでしょうよ――て、先生。さっきから質問攻めですね?」


「ああ、いや……」


 老人は手で顔を庇いながら、幾分か後退した。知らずの内に犬歯を剥き出しにして、相手を睨んでいたらしい。一年程眠りこけたというのに、短気な性格は直らないようだ。


「それだけ元気があればよいか。永らく眠っておったのに、昨日の今日で動きだすとは……全く獣という奴は底が知れんな」


 呆れたように呟く先生。黙ってやり過ごしていてもよかったが、短気な私はついつい訂正に走ってしまう。


「獣じゃなくて、私が凄いんだよ」


 えっへん、と胸を張ってみせた。先生がアホの子を見る目をしているのは、何故だろうか。


「妹は、あの子は……先生に匿ってもらえただけで十分ですよ。環境が変われば大丈夫ですから」


 気を取り直すために、私は瞳を閉じて断言する。妹は、私に比べると線が細いが、何とかやっていける。


「何故そこまで断言できるんじゃ?」


 変わらず続く質問に少々辟易としながらも、恩に報いるために答えることにした。


「名前、ですよ。あの子には人が集まる願いが掛けてありますから」


 一応、私と揃いの名前なんですよ? と告げても、先生はきょとんとした表情を崩さない。何だか、話して損した気分だ。


「じゃ、行きますよ。これ以上の質問は今度にしてくださいね」


 私はジャケットを引っ掴んで、ベッドから降りた。少々不安だったが、身体は“動く”ということを忘れずにいてくれている。この分なら十分だろう――


「どこに行くかだけ、教えてくれ」


 意識して犬歯を剥こうとしたが、『お前さんは孫みたいなもんだからな』と言われてしまっては、怒るに怒れない。


「……だから、バカな野郎のところですよ」


 ボリボリと頭を掻きながら私は答える。様子を察してか、ジジイは愉快そうな笑みを浮かべていた。こうなるだろうから、答えたくなかったという。


 あいつは卑下ばかりする、放っておいたら己を軽んじるバカだ。私に会わす顔がないと、自棄になっているかもしれない。全く、その程度で私が見放すと思っているなら、ニ、三発は蹴とばしてやらねばならないかと思う。


 考えすぎて動けないだとか、半端すぎるだろうに。それこそ、中途半端なままでいるようなら、妹とまとめて蹴っ飛ばしてやらねばなるまい。


 不在着信の募った携帯を手に、私は一歩を踏み出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ