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ミミナリ  作者: 三宝すずめ
5話 耳鳴り
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1.その願いは、

 瞳に焼き付いた光景が、頭から離れない。意識は落ちているというのに、思考は止まってくれない。壊れたレコードのように、一場面だけが再生される。


 自分とよく似た男を止めることに躍起になった。自分に出来ることは全てやったし、足りない部分は魔女からも借り入れた。


『お前、俺とよく似ているのに、独りではないな。不思議だ、正直――』


 この後には、どんな言葉が続く筈だったのか。今となっては知りようもない。惑う感情を一体どうすればいい。友を殺した妖を討つことで晴らすのか?


 鉱崎に突き立てられた刀。あれは刃と同等の長さの柄を持つ、長巻と呼ばれる大太刀だろう。長い刃を永く振るい続けるために柄を伸長させたそれは、斬ることに重きを置いた刀剣だ。実践的な長刀を手にした妖を相手に、自分は何ができるのか……


 そして、自分の元を去ったパートナー。かなえは『決して裏切らない』と言っていたが、俺の声は彼女には届かなかった。一体俺は何を――




「おい、いつまで寝てるんだ。いい加減に起きろ」


「――かなえ? 痛っ」


 海里は魔女の呼び声に目を覚ます。同時に、身体の痛みから顔を歪めた。


 辺りを見回すと、よく見知ったお屋敷にいることに気づく。かなえは少し離れた位置、台所から何かを運びながら声をかけていた。朝日が差し込み、眩しい――鉱崎の一件から一日が経ってしまったのか。


「相変わらず、何とも形容し難い面をしよるな、お前は。ほれ」


 助手を面白がるような声音が近づいてきた。彼の眠るソファーの前、テーブルには二人分の朝食が準備されている。のそのそと起き上った海里は、身体を引き摺りながら椅子へと腰かけた。


「……」


 昨日の出来事に、彼は脳の処理がついていけないでいる。疲れから、つい温かい味噌汁に箸を伸ばしたが、寸でのところで止めた。


「かなえはさ、全部知っていたのか?」


 鉱崎の祖先が妖であったこと、ナナという名の少女が記憶を取り戻していたこと、サキを追いかけ離れていったこと――


 独りで考えたところで、話は進まない。海里は眼前の魔女にストレートに問いをぶつけた。まったくもっていつも通りの魔女に少々憤ってもみせる。


「……全部かと問われると、そうだとは言えないな。だがまぁ、大体はわかっているつもりだ」


 魔女は口を尖らせる。今更何を聴いているのかと、面白くもなさそうな表情をしていた。その様に、憤りはより強くなる。


「お前、どうしてナナを止めなかった?」


 海里の言葉に、魔女は片眉を上げる。ぴくりと動いたそれは、落胆の表れか。海里の言葉は大抵思いつきから出されていると理解をしているものの、これ程レベルの低い会話を求められては、魔女は欠伸も禁じ得ない。


「どうして、か……まったく情けない。あの子の面倒はお前が見ろと何度も言った。今の言葉を聞くまでは、褒めてやろうと思っていたんだぞ?」


 未だ手つかずの朝食を一睨みしてから、かなえは淹れたてのお茶に手を伸ばす。


「私の忠告を素直に聴いていたじゃないか。あの子を不審に思おうが、態度に出してはこなかった。それに比べて、今は何だ?」


「――っ」


 年下の魔女に睨まれて、海里は次の言葉が出てこない。否、何を言っても言い訳になってしまう。空気を呑むように、彼の喉元だけが動いた。


「もう、やめてしまうか?」


「お前、何を!」


 ガタっと椅子を蹴って海里は立ち上がった。やめる――一体何をやめるというのか。


「鉱崎相手に何とかしたのは大したもんだ。しかし、このままサキを追うというなら、お前の死は確実だ」


「……」


 眠っている間に、海里の頭を巡った記憶。昨日の朝こそサキに命令を打ち込んだが、大太刀を持った狼にあれ程踏み込めるとはとても思えない。


「まぁ、いい。まずは、いつまでも不貞腐れてないで座れ。そして飯を食え」


 湯呑を置くと、かなえは茶碗に白ご飯を装った。眼前に出された味噌汁に暖かいご飯――これだけで海里はパートナーの用意していた食事を喚起されてしまう。その曇った表情を魔女は見逃さない。


「なっさけないなぁ、イヌカイ。コントロールが利いていない。まるでガキだな」


 よっこいせ、と椅子に腰かけながら、かなえは今度こそ大きなため息を吐いた。その様を見て、海里は眉根を寄せる。本人は言い逃れなどするつもりもなかったが、今の言葉には流石にムッとしてしまう。


「お前こそ、不機嫌じゃないか。魔女を名乗る割にコントロールが利いてないぞ? 本当のガキに、ガキと呼ばれたくない」


 会心の出来で言い返してやったとも思ったが、目の前の魔女はやれやれと首を振っている。


「私のは単なる不機嫌、お前のはわがまま。己の非力をこちらにぶつけるってのは、最早八つ当たりだ。お前、自分が正論吐いているとでも思っているのか?」


「……」


 今度こそ、海里は黙る。これまでのよく考えずに吐いた言葉は、八つ当たりと言われても仕方がない。


「よいよい。大人なかなえちゃんから折れてやるよ。今回は気に喰わないことが何かと多かったのも確かだ……依頼人、犯人、そんな状況を許した周りの人間、それに振り回されるお前に、結果を横取りする妖――」


 極めつけはあの娘だ、と魔女は言葉を溢す。最早少女の名前すら口にはせず、不快な表情を隠すこともしない。


「だって、俺は――」


「ああ、論点がズレるからその話はいい。食わないと、私が作った料理が冷めるぞ」


 かなえは不愉快さを払しょくして、シモベの話をも流した。味噌汁を口にしながら、それよりももっと大事な話があると後に言葉が続く。海里も目玉焼きに箸をつけながら、話を待った。


「能力のコントロールが出来ていないことの方が重要だ。お前、昨日は何度その瞳を使った? これまで三度使ったところで、身体はもっていただろう」


「昨日は、四回目を使おうとして、ナナ――じゃなかった、あの子に止められた」


「私が止めたときは聴き入れなかった癖にな……って、待て。四回ってどこで瞳術しかけたんだ?」


 かなえの箸が止まる。それまで興味のかけらも失われていた瞳に、光が戻ったように海里は感じた。


「どこって、昨日秋藤を助けるためにだけども」


 海里は味噌汁に手を伸ばしながら返した。何故このことにこれ程喰いついてくるのかが、イマイチ理解ができない。


「……サキにか? 勿論、不発に終わったのだろう?」


「何言ってんだ。ばっちり動きを止めてやったよ」


「――は? バカなこと言うなよ」


 完全に箸を置くかなえ。その顔は不思議なものを見るようにぽかんとしている。


「サキはお前んとこのジイさんに命令を既に受けているんだぞ? 他の人間から命令の上書きがされる筈ないだろうが」


「何言ってんだよ、かなえ。俺の瞳は犬養の能力とは別物だって言ってたのは、お前だろ?」


 白米を放り込みながら、海里は全く気負いもしないで尋ね返していた。彼には、お屋敷の魔女の驚きが伝わっていない。海里の瞳が、今彼が語ったように、何者にでも命令を出来るものという認識はあり得ない。


『ならば、何故あの娘は法路の瞳を受けて平気だったのだ?』


 魔女は海里の瞳を盗んだ兄弟子のことを思い出す。その瞳が真に何者にでも命令が出来るというのであれば、湊は動きを止めていなければならない――かなえは海里の能力を評価し直さねばならないと思い始めていた。


『つまり犬養海里の能力は、命令でも思考の制御でもなく……』


「かなえ?」


 考え込む魔女、海里はその瞳を覗き込む。


「……まずは食事をしてからだ。摂るもの摂らないと、次も何もないぞ?」


「次って、お前――」


 明らかに魔女の雰囲気が変わったことを察して、海里は言葉を切った。まだ終わってなどいない。一縷イチルの望みではあるが、まだ終わりではない。海里は万全の態勢が取れるよう、食事に集中した。




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