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ミミナリ  作者: 三宝すずめ
5話 耳鳴り
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プロローグ

 かなえはため息を吐きながら、首を大きく左右へ振る。

 どこまでいっても、その願いは叶うものではない、と。


 鋼の妖を退けたことも束の間、これ以上後を追うのであれば、異能者との争いを余儀なくされる。


 パートナーの離れた犬使いに彼女は問う。


「もう、やめないか?」


 魔女の言葉に青年は揺れる。


 己の望みとは何か――犬養海里の戦いは、とうとう終局へと向かう。


 彼が選ぶのは、如何なる未来か――




女は眠る――



 その時、驚いたことを覚えている。


 幼少から一緒に過ごして、兄妹のように育った彼が呟いた言葉は、恐らく忘れることができないと思う。


「好きだ」


 ぶっきらぼうに放たれたその言葉は、これまで聴きたくとも、決して聴かれることはないであろう一言だった。それだけに悔しい。何故、今なのか。


「私、お嫁にいくのよ?」


 戸惑いながら話す私を、彼はそれ以上に困った顔で見つめていた。私も彼も大人になった。いつまでも昔のようにはいられない。


「……気持ちを、伝えたかっただけだ」


 そう言って彼は背を向ける。その姿は、いつもの彼そのものだった。『私を守れ』というおじい様の言いつけを、彼は破った試しがない。


「これで、いいの?」


 思わずその背中に問うていた。これは、相手がどうのではない。きっと、私が望んでいる――好きだと言われた私は、心を揺さぶられている。


「いいも何もないだろう」


 振り向かずに彼は答えた。子どもの頃からずっと見つめていたその背中は、いつの間にか随分とたくましくなっていた。この広い背中に飛び込めたら、どれだけ嬉しいか――私は、唇を噛んで彼を見送る。


「幸せに、なってくれ」


 彼が言う言葉の意味がわからない。貴方をなしに、どうやって幸せになれというのだろうか。


「嘘つき」


 知らぬ間に私の口から言葉が漏れていた。


「お嫁さんにしてくれるって、言ったじゃない!」


「子どもの頃の話だ」


 彼は振り向きもせずに言葉を交わす。


「あいつは悪いやつではないから――」


 何かを言いたそうに言葉を区切る。自分ではお前には合わないなどと言うのではないだろうか。


「私は、貴方が必要なの!」


 これで最後だ。はしたないことこの上ないが、最後とわかり、私は大声で彼を呼び止めた。


「……困ります、お嬢さん」


 嗚呼、どうしても彼には届かないのか。


 彼はいつもと同じく慇懃無礼に丁寧な言葉を返して、この場を去った。それは、私の青春時代の終わりを告げる声でもあった。


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