表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミナリ  作者: 三宝すずめ
1話 休間隔
4/88

2.仕事始めとトラブルと

 駅からおよそ徒歩十分。不便ではないが便利でもない。


 近所にスーパーはあるが、周辺にコンビニは少ない。新奈の言う自宅は、そんな場所にあった。


 新奈の住まいまで辿り着き、我が地元ながら、正直つまらない場所に来たものだと海里は感じていた。


「さて、どうしたものか」


 殺された、と物騒な話の割には、外からは何の変哲のないアパートの一室にしか見えない。これ以上は中に入らないとわからないだろう。


 キン――と金属音がなった。考え事をする時に、ポケットの中でジッポライターを弄ぶのが海里の癖だった。


 左手はポケットに、右手はインターホンのボタンに触れたものの、押せずに固まっていた。


「ああ、どうしたものか」


 再度、海里は唸る。頭の中は、特に意味のない思考で埋め尽くされていた。


『インターホンを押して、誰も出なかったらどうしよう。いや、出たら出たで第一声なんて声かける? “この部屋の人、殺されましたよね”か?』


「いやいやいや」


 カチャカチャと、ジッポを開け閉めしながら、そう言えば、飯まだだったなぁ、食わないと頭回らないよなぁ、など、行動しないことへの言い訳を繰り返していた。


 そして思い至る。


「確かに、俺向きじゃない仕事だわ……」


 変な汗がこめかみを伝うのを自覚していた。


「……あの」


「はい?」


 実に間の抜けた声を上げて、海里は音のした方向へ首だけを向けた。


「そちらのお宅にご用ですか?」


 口調こそ丁寧であるが、女性が不審な視線を海里へと向けている。


 凡そ三十代中ごろの女性だ。服装は動きやすそうなトレーナーとジーパン。髪はこれまた動きやすくするためか、無造作に結んでいる。


 片手にほうき、反対の手にはちりとりを持っていることから、家の前の掃除にやってきたことは疑いようがない。だが、それらは地面ではなく胸元に掲げられている――身を守るために構えているとも受け取ることができる。


「……」


 客観的に今の状況を考察してみよう。海里は自分に言い聞かせる。


 身長百八十センチを超えた、猫背の男が脂汗をかきながらインターホンに指を合わせたまま固まっている。おまけに、野暮ったい丸眼鏡が、太陽の光を反射していた。


 間違いない。この状況をトータルに考えれば間違いなく――


「ふ、不審者っ!」


 正解。


 違うんだ! とは言い出せず、海里は次に取るべき行動パターンを二桁ほど編み出そうとカロリー不足の脳に検索をかけた。


「ええぃ、これしかないかっ!」


「あなた何を――」


 しているの、という言葉は続かなかった。海里に合わせて相手もしどろもどろになってくれた、という訳ではない。


 キン、という音の後、周囲にはガスの匂いが立ち込めている。女性の眼前には、ポケットから取り出したジッポが突き出されていた。


「あっぶねぇー」


 この場で動いているのは、ジッポから出た炎のみ。


 それを確認すると、はぁ、とため息をついては、ようやくインターホンから離した右手の甲で汗を拭った。


「久々だったけど、きまってくれたか……」


 続いて右手の平を、女性の眼前でひらひらと振って見せる。目の前の女性は、時が止まったように言葉を発するモーションの最中で固まっていた。


『犬養は古くから妖を討ち、生計を立ててきた一族だ』


 幼少の頃に幾度となく聞かされてきた台詞を不意に思い出す。これが走馬灯というやつか――海里は危機的状況を乗り切ったことを確認して、視線を遠くへやっていた。


 犬養家は彼の祖父が言う通り、妖を討つことを長く勤めてきた。その力は、今海里がやってみせたように“他人を従える”もの。


 だが、万能というわけではない。むしろ祖父が言うには『中途半端な能力』だそうである。


「……大丈夫だな」


 海里自身も、この力が如何に使いづらいものであるかを認識している。


 久々の人間相手の能力行使であったが、女性の手首に指を当てて、脈拍が正常であることを確認することを忘れない。


 海里は咄嗟に“止まれ”という命令を弱めに出した。


 女性は固まったままだが、呼吸も脈も至って正常。生命活動は維持したまま、意識に空白を作り出している状態だ。


 討つべき妖には利かず、守るべき人間には利きすぎる。


 元来は、非力な犬養の人間の代わりに、獣を使役して妖を討ってきたという。


 現代では人間の脅威となる妖の数は少ない――人は未知や先の読めないものこそを恐れる――怪異とは、知られる程にその脅威を失っていくものと考えられている。


 情報社会と呼ばれる現代では、解析できないほどの脅威は数える程度しかないということだ。


「この部屋の住人ついて教えてくれ」


 十分すぎる程利いたことを確認して、海里は本題へと入る。


 と同時に、インターホンを鳴らして人が出てきても、こうすればよかったか? と、自分の至らなさを嘆いてもみた。


「衣新奈、二十四歳。二年前にこの安アパートへと引っ越してきた。日がな一日働きに出ているため、近所づきあいは少ないが、愛想はいい。同居人に男がいるようだが、こちらは近所との折り合いが悪い。外出したかと思えば、スーパーでお酒を購入して帰ってくるなど。衣新奈が帰宅したと思えば、殴ったような音や嬌声が飛び交う。この安アパートは壁が薄いから、うちには小さな子どもがいるというのにあんあんあんあんと――」


「ああ、一度黙って!!」


 海里は慌てて命令の中断を行った。


 他人を従えるこの能力が人間に利きすぎるという所以である。この女性は、与えられた命令に忠実に、この部屋の住人の情報を教えようとしたのだ。


 対象を一種の催眠状態において、無意識下に命令を書き込むこの能力は、相手の判断を剥奪して単純な行動を強制するにすぎない。思考を必要とする高度な命令はきかせられない。


「……使えない力だよ、まったく」


 聴きたくもなかった情報を仕入れて、空腹の海里は痩せる想いだった。


「とりあえず、単純に用件だけを満たそう」


 どうしようか、とまたしてもジッポを弄びながら次の行動を模索している。


「ああ、そうだ」


 そして思い立ったように言葉を紡ぐ。彼がすべきは、一からの情報収集ではない。依頼の達成だ。


「ここの住人、どこに行ったかわかる?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ