2.最低野郎に死角なし―依頼
「おかえりなさい。やっぱり何かあったんです?」
ナナが玄関で二人を出迎える。負ぶさるかなえを見て、一思案したが、彼女は結局スリッパを二人分用意していた。
「はぁ、やっぱ我が家は落ち着くな。自分家じゃないけど」
海里は呟いてみせるが、ナナからもかなえからも返事がない。とりあえずはかなえの分のスリッパを引っ掴んで、応接室へと向かうことにした。
「あ――」
部屋では一人のフードを被った女性が立ち上がってこちらを見ていた。
「どうも、屋敷の魔女の助手です」
フードを被っている人によい思い出はなかったが、まずは挨拶だ。それもそこそこにして、かなえをソファーに座らせる。んぁ、と魔女が唸っているが、そちらには構わず、お茶を用意しているナナに向き直った。
「かなり待ってもらっていまして。どうしましょうか」
「うーむ……」
もらったお茶に口をつけて、海里は応接セットに腰掛ける。何を話したらよいかはわからないでいたが。
「こちら、旧炉さんです。お屋敷の魔女に依頼したいことがあるということですが……」
「初めまして、旧炉新です」
旧炉と名乗る女性が、フードを外しながら海里へと挨拶をする。
「ああ、どうも――」
返事の途中で海里は言葉を詰まらせた。フードの下の彼女は、目元を包帯で包んでいる。見えないながらに、顔をこちらへと向けていることから視力を失ってしばらく経っていることだろうと想像する。
「依頼内容なんですが、眼を取り戻して欲しい、とのことです」
お盆を持ったまま、ナナは遠慮がちに呟いた。眼を取り戻す――そんなことが可能なのだろうか。海里は独り唸る。
「眼を取り戻して、どうしたい?」
魔女がぼそりと呟いた。眼帯の位置は左へ戻っている。比較的言葉はさらりと紡がれていく。
「おい、寝てろって……」
海里は老婆心ながら注意をするも、彼女は意に介さずに後を続ける。
「その眼、見る以上に大事な働きをしていると見受けるが、眼を失って得られる生活もあると思うぞ?」
魔女は変なことを言う。視力を失ってしまっては、困ることがあってもいいことなどないだろうに。
「……確かにそうかもしれません」
新はぼそりと呟いた。見え過ぎる瞳は、彼女に必ずしもよい未来を与えてきた訳ではないようだ。それでも、彼女は再度瞳が見えることを求めている。
「私、この眼で視るものを語る以外に、生き方を知りません」
彼女、占い師だそうです――とは、ナナの談だ。実際に見えるもの以上のものを盗まれたということか。海里は一人、納得をしていた。目が見えないことの不便以上に、自分の生き方を否定されることに彼は憤っていた。
「わかりました。引き受けるよな、かなえ?」
「あー、気が進まん。帰ってもらえ」
「はぁ!?」
魔女の言葉に、海里は驚く。横ではナナが声には出さないものの、驚きの表情をしていた。
「どうしてですか、かなえさん!?」
困る人は捨て置かない筈――自分と同じように助けてくれるものだとばかり思っていたナナは声を上げていた。
「あぁ、大きな声を出すなよ……」
かなえはソファーに蹲ったまま、片方の耳を小指で塞いでいた。
「瞳を奪うってのは、オオジジ殿のところのサキが追っている。それに、人の視界に干渉するだとかいうのは、バカな方の兄を思い出すので厭なんだよ」
今日は情報が多くて困る。海里は頬を掻きながらかなえへ視線を送った。
「もうわかっていると思うが、使い魔を送ってきたのが、頭の悪い方の兄ちゃんだ」
かなえは苦虫を噛み潰したような表情で語る。目立ちたがり屋のバカ、という言葉を海里は思い出していた。
「それこそ、放っておけないだろう?」
自己顕示欲の強い人間を無視して、よい方向へ迎うとはとても思わない。海里はポケットのジッポに触れようとした。
「――っ」
その瞬間、首筋に刺すような痛みが彼を襲った。しかし、その痛みも一瞬のもので、海里は後を続ける。
「サキに任せておいていいと思うのか?」
「アレ程、任せておいていい人材はおらんぞ?」
嗤いながら答えるかなえに、海里の理性がブチ切れる。
「お前な――」
「海里さん!?」
それも僅かの間。ナナが駆け寄るのも間に合わず、海里は頭から床に落ちた。
「イヌカイ!?」
魔女も慌てて声を上げる。その様に、依頼人はおろおろと首を振っていた。
「……気が変わった、その依頼受けるぞ」
険しい顔を浮かべながら吐き捨てるように言葉は紡がれる。
「法路のバカが、誰の身内に手を出したか、後悔させてやる」
海里の首元を這う使い魔を捕まえて、魔女は吠えた。