プロローグ
本格的に冬が近づいてきた。
よく晴れたある日、いつもの如く魔女に呼び出され、お屋敷を訪ねた海里。「出かけるからついてこい」と、袖を通したこともないような立派な服を宛がわれる。
当の海里は状況に困惑をするも、ナナの様子や先日聴かされた妖の話が気になって仕方がない。この日のかなえの姿は、いつになく緊張をしており……
ある人の苦悩――
幼年期を過ぎて、『目がいいね』という言葉が決して褒め言葉でないということを知った。
綺麗でしょ、と差し出された花を見ても何とも思わないのはいつものことだ。いや、むしろ世間がいう色鮮やかさは眼に刺さる。汚いとは思わないが、見ていてそこそこ不快だった。
これでも人前に出る職業だ。綺麗だと勿論返答をしている。だけど、渋面を切っているのがいけないらしい。大抵は一回こっきりでそれ以後、自分には花を持って来なくなる。それで助かったような気もしているのだが、どうやら世の大半の人はアレが綺麗に見えるらしい。自分としては枯れかかっている草の方がよほど綺麗に眼に映る。
はて、と思った。
自分は細部に渡ってものを見ている。それはもう、人が気づかないディティールにまで気づいているのだから、恐らくは間違いがない。
だからこそ疑問に思う。果たして、自分は他人と同じ色を見ているのだろうか? この目玉は、真逆とまではいかないが、世間の審美眼とは随分とズレているらしい。世間の美しいものは、私には醜く見えて仕方がない。
それでもこれまでやってこられたのは、綺麗に見えずとも、綺麗と口にすることはできるからだ。子どもの頃から、人と違うものを見ているのではないかと思っていたが、口にする言葉は人と同じくしているので、何が違うかがさっぱりわからない。
ああ、なるほど――と、一人呟いて柏手を打ってみた。
とどのつまり、他人の認識に合わせることも、視界を明け渡すことすらも、大したことではないってことだ。