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ミミナリ  作者: 三宝すずめ
2話 身勝手item
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3.未確定項目

「夕个か、面倒だな。おや? この味は、ほうほう。ふむむ」


「ただ従妹イトコに会うだけだぜ? 家出娘を連れ帰るのは、骨が折れそうだが」


 パスタを上品に口元へ運びながら、かなえが先に口火を切っていた。口一杯に食事を頬張る様は、げっ歯類を想像させる。おいしそうに食事する様を見られれば、調理した海里としては満足できる。


 今日の昼食はたらこのクリームパスタだ。やや固めに茹でた麺に、たらこのクリームソースが絡んでなかなか美味な一品に仕上がったと海里は自負している。海苔をちぎってまぶすのも定番だ。お手軽ながらもその出来栄えに満足していた彼だが、かなえが小さな声で辛いと言っていることを少々気にしていた。


「おいしいです。待たされた分、おいしいです」


「ご、ごめんってば」


 片や一方、半眼でパスタを食す少女が一人。犬養の屋敷で別れた時と同じ表情である。サキに投げられて、後頭部の直撃は免れたものの、腰をしたたかに打ち付けた海里は、買い物をするのも億劫な痛みをもらっていた。そのため、のんびりした昼食になっていた。


『だからと言って、言い訳も出来ないしな』


 胸中で呟いては、小さく嘆息してみせた。妖と一戦やりあったとはとても言えない。しかも一方的に負けてきたなんてことは、口が裂けても言えない。


「オオジジ殿のところから帰ってから、謝ってばかりだな」


 かなえがタバスコを追加しながら、ニヤニヤとしている。魔女には何もかもお見通しなのだろうか。海里は背筋が寒くなる感覚に怯える。


「話を戻させてくれ。今回は夕个を探すことが何よりの優先事項だろ?」


 叔父の依頼は、昨夜から帰らない夕个の捜索だ。どこにいるかわからない高校生を探すことは勿論、自宅に帰るよう説得することは一筋縄ではいかないように思う。まして、パートナーのアルシエンティーを連れていることは厄介さに拍車がかかる。


「ああ、依頼の優先事項はそうだな。だが、最優先事項は他にあるだろ?」


 ほれ、とかなえがフォークで指し示す。行儀悪いからやめなさい、と注意したかったが、それどころではない。ああ、みなまで言うな。海里は改めて心の中だけで嘆いてみせた。


「お一人で仕事に専念されるんですから。他に優先することなんて、ないんじゃないです?」


「おー……」


 黙々とパスタを食べるナナは、いつにも増して表情が豊かだ。それは勿論、マイナスの方向で。その目は、ユウキよりも恐ろしいと海里は震えていた。


「ぶははははっ! 食事中にあまり笑わすでないわ。ああ、ナナもその辺で許してやれな。イヌカイは生真面目なんだよ」


「怒ってはいないですよ。納得してないだけです」


 半眼を緩めて、ナナが視線を下の方へ落とす。その様をかなえは目ざとく見つけていた。


「イヌカイよ、私はナナを連れていってもいいと思うぞ?」


「――は?」


「うむ。お前もそろそろパートナーが必要だろう。ナナは打って付けだと思うが」


「そうです!もっと言ってやってください、かなえさん!」


 ナナもそこへ加わってくる。多勢に無勢と知りながら、抵抗せざるをえないと海里は一人躍起になる。


「パートナーって、ナナを連れて妖退治に向かえっていうのか?」


「妖退治に行けとは言ってないだろうが。ナナを放っておいていいのか、と言ってるだけだよ」


 ジロリ、と今日一番強く睨むかなえ。どうしてみんなして半眼になるのだろうか。海里は今一つ理解ができていなかった。


「おい、なんだその呆け顔は……お前が名づけたんだから、面倒を見るのは当たり前だろ?」


「そうです! もっと言ってやってください、かなえさん!」


「――はい?」


 どうしてそこで賛同してるんですか?海里は目が点になる想いである。いやいや、名前をつけたのは確かに自分だと、海里は振り返る。振り返りながらも、名前をつけるよう言ったのはかなえの筈だ、と理不尽さに憤ってみせた。


「名前の是非はおいて、ナナはお前の依頼人なんだから、お前が考えろよ」


「お、おお……」


 ここに来て、正論を魔女からぶつけられるとは思わなかった。海里はみじろいで返事もままならない。依頼を受けて数日たったものの、ナナの依頼は一向に解決されていなかった。それどころか、今回の件こそが彼女の記憶の鍵を握っているといっても過言ではない。


「海里さん、足手まといにはならないようにしますから」


 そして、真っ直ぐに瞳を見つめてお願いをされてしまう。この瞳に、海里はとことん弱い。むしろ思い返せば、ナナには最初の事件の後に運んでもらったことや、ユウキから守ってもらった借りばかりが残っている。


「イヌカイ。パートナー云々はおいといても、ナナを放っておいていいことはないぞ?」


 魔女が淡々と告げる。その言葉は追い打ちという他ない。海里は白旗を揚げる腹を括った。首をゴキゴキと鳴らしながら、一人唸っている。納得したくはなくとも、了解せざるを得ない時にする海里の癖だ。


「……わかったよ。ナナ、危険な目に遭うかもしれないが、いいか?」


「はい。よろしくお願いします」


 拗ねた子どもから一転、大人の女性を彷彿とさせる態度へ。ナナは犬養の屋敷でしたよりも一層深々と一礼をしてみせた。


「かなえもこれでいいな? パートナーには、しないぞ」


「構わん構わん。それがお前の真の望みなら、自然と叶うさ」


 念押しに魔女を睨んだが、涼しい顔で視線をいなす。それどころか不吉な言葉を発するかなえ。


「……?」


 首を鳴らす途中のモーションで、傾げてみせた。かなえはいつでもし先の話をしているので、繋げるのは困難だ。


「取りあえず、アルシエンティー対策が必要だろ?」


「そのことなら、もう目星はつけてきた。かなえ、預けていたカバンもらってくぞ」


 アルシエンティー? カバン? とナナがはてなを浮かべているが、今は放っておく。ほう、と目を開くかなえのリアクションの方が今は重要だ。


「対オオジジ殿のイヌ装備か。いいんじゃないか?」


 この情報だけで伝わったのだろう。遥か先まで見通したかなえは、口元を大いに釣り上げていた。


「対策万全だな、イヌカイ。それはそうと――夕个が先程訪ねて来ていたぞ」


 かなえは今更告げる。その言葉に海里はすぐ様反応し、玄関へと走った。肩掛けのカバンを引っ掴んでは飛び出した。


「おお、悪態をつく間もなくか。ちっとは成長したな」


 え、え? と事態が呑み込めていないナナをよそに、かなえは満足そうに頷いた。




「くっそ、何で今日に限って携帯がサイレントモードになってるんだよ!」


 海里は走りながら、誰にでもなく毒づいた。魔女の屋敷を飛び出して、携帯を確認すると、不在着信で履歴が埋め尽くされていた。その電話相手は全て夕个その人からであった。


「出てくれよ、頼むから――」


 折り返そうと携帯のパネルにタッチしようとしたところ、『テーンテテーン』といういやに愉快な電子音が鳴り響いた。画面を見れば、“かなえ”の名前が表示されている。


「よう、従僕。お前は今どこを目指して走ってるんだ?」


「……ぬ、ぬぁ」


 海里は思わず足を止める。今更ながら息が切れていたことをそれで知った。電話先からは、ぶははははっ! と容赦ない笑い声が伝わってきていた。


「家にも帰れないって言ってたから、その辺にいる筈だぞ。腰を落ち着けられる場所、考えてみろ。そこにいる筈だ」


 ……多分。と相変わらず心もとない台詞で電話は切られた。あてになるような、ならないような。心もとない言葉だが、こういう時のかなえは先まで見通した上で話していることを海里は承知している。


「電話、出てくれよ」


 呼び出しに応えられず手遅れになった、そんなオチで終わらせたくない。海里は再度夕个へ折り返し通話を試みた。着信音が永く続いている。


「……もしもし」


 主観的には永い待ち時間であったが、数コール後に電話が取られた。力はないが、凛とした懐かしい声に海里は内心ホッとしていた。力が抜けて、言葉を出すのを忘れる程に。


「電話しておいて悪いけど、これから忙しくなる。」


 ごめんね、カイリニイと久しぶりに聴いた言葉も、いつもの呼び方であることに重ねて安堵する。


「ああ、ちょっと待ってくれ、そっちの用を聴かせてくれ!」


 海里は再び走り出した。この辺りで腰を落ち着けられそうな場所といえば、一つしか思い当たらない。


「もういい。電話、切るね」


 言葉の直後、通話が切られた。はぁはぁ、と息が切れる。心臓が悲鳴を上げていたが、構わず走った。


「よく、は、ないだろ……夕个っ」


 海里は肩で息をしながら、公園のベンチから腰を上げた少女へ叫んだ。実際には叫ぶほどの声量は保てていない。


 だが――十分に響く声だった。


「何、カイリ兄……」


 海里の最後の記憶よりも、少し大人っぽくなった従妹がそこに居た。


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