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ミミナリ  作者: 三宝すずめ
2話 身勝手item
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2.勝手のきかない身内達―再会その一

 門のインターホンを押して玄関へ進むと、純日本風の庭が目に映る。別にお宅訪問リポートをするためにこちらへ来た訳ではない、早速玄関へと上がる。


「お、大きなお屋敷ですね」


「かなえの屋敷と変わらないだろ? そんなに緊張する必要はないぜ。屋敷にはな」


 屋敷の住人を気にして、二人は小さな声でやり取りをしていた。海里は既に出迎える者を知っていたためにいつもと変わらないが、ナナは若干動揺をしている風に見える。


 今、彼らの目の前には一匹の犬がいる。ロシア原産のボルゾイだ。元々大型な犬種であるが、この“ユウキ”は更に一回り大きい。立ち上がれば成人男性の身長を悠に追い越してしまう。


 じっと黙ったまま、アーモンド形の瞳が海里たちを見据えている。狩りに出ないときは物静かな性格のボルゾイではあるが、ユウキの静かさは不気味と称するに値する。胴体の割りに細く長くのびる脚と、白い毛並みが童話の中の怪物を想起させてくれる。


 ユウキは特に何を言うでもなく、海里と視線を合わせると尻を向けて歩みだした。ついてこい、ということなのだろう。想像の遥か上を行く犬の登場に固まるナナの手を引いて、海里は屋敷の主を目指した。




「息災か?」


「ああ、それなりにな」


 別段、懐かしむことはない。いつでも海里の耳に鳴り響いている低く枯れた音声だ。シミュレーション通り、予想通りの挨拶を受けて海里は予め用意をしていた返事をする。部屋には祖父の他、海里、ナナ、ユウキの四名がいた。


『サキがいないのは、好都合だ』


 海里は胸中で、天敵がいないことに安堵を示した。一年と半年振りにあった祖父は、特に関心もないのか、書類に目を通している。ナナはと言えば、何とも言えない表情をしては海里の斜め後ろで待機している。ユウキを正面に据えた時よりも、緊張感が濃く出ている。


「海里、飯は食ってるか?」


「……きちんと食ってるよ」


「一日二食程度だろう。しかも一食は粉末スープだけ、それでは身体を壊すぞ」


「――っ」


 ドキリとした。驚くほどに食生活が言い当てられている。海里が祖父を苦手とする理由のその一つだ。生活習慣が完全に見抜かれているため、反論ができない。歯がみをしながら、彼はかぶりを振って、今の言葉を振るい落した。


 言われなくてもわかっている、と自身の機嫌が悪くなっていくことを自覚した。反論のしようもない正論は、神経を逆なでする。それでも正しいのは、祖父の方であるのだから性質タチが悪い。海里の目の前の人物――影次カゲツグは、齢八十を前にして年齢以上に精悍セイカンな顔立ちをしている。その瞳は鋭く、海里が彼を苦手とする理由を、ナナも何とはなしに理解しつつあった。


「俺の話はいいんだ。それよりも、かなえから聴いているだろう? この娘の件で今日は来たんだ」


「はじめまして。ナナと言います――あ、この名前は海里さんにもらった名前なのですが。実は、自分の記憶がないんです」


 緊張して若干言葉を詰まらせながらもナナが挨拶する。影次はその様を見て、一瞬瞳を大きくしだけ瞳をしばたたいてみせた。


「そこにいる娘からかはわからないが、少し前に変わった電話をもらった」


 ボソリと答える。もっと詳細な情報が欲しい海里は、つい焦って詰め寄ってしまう。


「それは、どんな内容だったんだ。まさか守秘義務が、なんて抜かさないよな?」


 間髪入れずに話題へ切りかかる。今の状態が彼にとってはマシな部類だ。もう一人が返ってくる前に、さっさと屋敷を出たい。


「話しても構わないだろう。だが、こちらとてじっくりお前の相手をしてやれる程暇ではない」


 現に、サキを終日出払わせているのだからな、と影次は続けた。海里の視線の先には、うず高くつまれた書類の山。祖父は今もそれらを目を通しては、パソコンに情報を入力する作業をしている。


「じゃあどうすれば、ジイさんのところへ来た電話の話を聴かせてもらえるんだ?」


 海里はめげずに妥協案を探る。ジッポをポケットの中で鳴らしながら、言葉を紡いでいた。他人の虚を突くことで生き永らえてきた現イヌカイ家当主に、舌戦を挑む気はそもそもない。


「お前が、犬養を全て引き継げばいい。それが叶わないのであれば、代わりの人物に任せる」


「ジジイ……家を出る前に言った筈だ。いずれこの家は俺が継ぐ。代わりなど、二度と言うな」


「そうか? お前がきちんと犬養の当主になるのならば、私は文句の一つもない」


 呻く彼を見て、ナナは驚いていた。こんなに攻撃的な海里は見たことはない――と。


 淡々と述べられた言葉に、海里は異常なまでに反応を示した。代わりがいるということに反応をしたのだろうか……


『一々が正し過ぎる』


 海里は胸中で毒づいた。ジイさんは半年前に引退をした身であって、今更町の怪現象の整理などする必要はない。


「海里、勘違いするなよ。妖は数こそ減らしたものの、姿かたちを変えて、我々と共生をしている」


「それが何だって言うんだよ!」


 ナナが海里さん、と制止の声を上げていたが、気づけば彼は半歩程、祖父の執務机に向かっていた。


 引退宣言をした犬使いに半歩踏み込む、これ程してはならないことはない。


「――!?」


「この程度の事態に反応できないのであれば、代わるか?」


 祖父が高い位置から物を言う様を黙って見送る他なかった。言葉にする間もなく、海里の視界がぐるりと回り、同時に腹に重みを受ける。踏み出した瞬間、ユウキがノーモーションで海里の足を払い、のしかかっていたのだった。


 物言わずに主人を守る犬がユウキだ。アーモンド形の瞳が海里を見据えていた。その瞳は暗く、何も見ていないのではないかと眼前の獣に恐ろしさを覚える。


「――すみませんでした。海里さんを、離してください」


 どう対処しようかと考える間もなく高い声が割って入った。


「ユウキ、下がれ」


 主人の命に従い、忠実な犬は主人の膝元へと戻っていく。その目はやはり、主人以外何も見てはいない。たまたま中止命令が出された、それだけで海里は命をつないでいた。


「海里、そのお嬢さんに感謝するんだな」


「……」


 身体の半分を起こして、海里は祖父を睨みつけた。本人でもお門違いな恨みということはよく分かっている。だが、全く抵抗も出来ないまま組み敷かれてしまっては、こう睨む他に態度を示す術はない。


「おい、ナナ――」


 黒い感情に塗りつぶされかけた彼であったが、彼女が取った行動に目を開かされた。今も彼女は頭を下げ続けている。この状況で、自分は全く悪くないのに、彼女は初めて会った祖父に頭を下げてくれたのだ。


「すまん、ジイさん」


「別に構わん。だが、犬養の血は絶やす訳にはいかない。わかるな?」


 ナナに倣い、頭を下げるも、祖父の態度は変わらない。一先ず、筋は通しておいたので、それはそれだ。時期当主の座を譲る気は、最初から海里の選択肢にはない。


「話を戻そう。私は既に引退をした身だ。にも関わらず、これこの通り依頼は後を絶たない」


 影次の机の上には、先程からある書類の山がまだ半分は残っている。依頼内容を把握して、時にはお屋敷の魔女へと回す。途中経過や事後処理についても、いつ誰が見てもいいように準備をしている。


「だから、お前の頼みを聴く代わりに、依頼の一つを請け負わないか?」


「……」


 海里は祖父の申し出に即答が出来ずにいた。かなえの依頼とは異なり、祖父の元ヘは実に雑多な依頼が寄せられる。その中には、忘れられたように妖退治の依頼も紛れ込んでいる。パートナーもいない状況で、祖父の依頼を肩代わりできるのか? 海里のこめかみを汗が伝う。


「固くなるな。何も妖退治を任せようとは思っていない」


 パソコンに向かいながら、祖父は告げる。依頼にまみれて応えれらない、身内の頼み事を任せたい、と彼は言う。


「どういうことだ?」


 身内からの依頼など、彼はこれまで聴いたことがなかった。


「慌てるな。お前が訪ねてくるとわかって連絡は入れておいた。そろそろだ」


 と、言うや否や、ノックの音が犬養家の書斎に響いた。


「入ってくれ」


 屋敷の主に促され、扉がゆっくりと開かれた。


「ご無沙汰しています。お義父さん、海里くんはいますか?」


 現れた中年の男性を見て、海里は目を見開いていた。よく見知った顔だった。


「叔父さん、お久しぶりです」


「ああ、海里くん。よかった。頼みたいことがあるんだ」


 挨拶もそこそこに、人のよさそうな叔父は本題を切り出す。


「娘が――夕个ユウコが昨晩から帰ってこない。愛犬を連れたまま外へ出て、あいつは何をやっているんだろうか」


 昨晩、犬、二つのキーワードが海里の頭の中を回った。


 思わず今朝の夢を思い出し、ナナと目を合わせる。身内の比較的簡単な頼みにしては物騒だな、と海里はポケットのジッポを鳴らしながら、一人唸っていた。


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