第1話 非行ボーイ
目覚まし時計のけたたましい音と共に目を覚ますと、いつもの見慣れた天井が目に入った。
虚ろな意識のまま、目覚まし時計を叩きつけるように止める。
「…………」
しばらく間を置き、今が朝である事を認識した。
もう一度寝てしまいたいという欲望を必死に抑え、むくりと上半身のみを起き上げる。
誰にでもある、一日の中で最も憂鬱な時間だ。
少なくとも自分はだが。
そのまま重たい体をゆっくりと起こし、ふらふらと洗面所へ向かった。
歯を磨き、冷たい水で顔を洗うと、だんだんと意識が覚醒してくる。
それに従って、お腹の減り具合も増してきた。
朝食を作ろうとキッチンへ向かう。
トースト、サラダ、目玉焼き、コーンスープ、コーヒー。
どこにでもあるありふれた朝食だが、これが一番美味しい。
どう作っても不味いなんて事にはならないし、何より手軽に作れる。
「……よし」
出来上がったすべての食材を皿に盛り、テーブルへと運んだ。
「いただきます」
食材に向って手を合わせ、トーストを口に運んだ。
うん、今日も美味しい。
━━━━ニュースです。昨日の午後未明、東京都杉並区の路上で、バラバラに切断された遺体が発見されました。このような遺体が見つかるのは今月で4度目に━━
TVをつけ、朝からこんなの流してもいいのかと適当な感想を頭に浮かべながらニュースを聞き流し、手を進め、素早く食事を終える。
「ごちそうさまでした」
すぐに食器を洗面所へと持って行き、制服に着替えるために部屋のクローゼットへと向かう。
ブレザーである。
キュッとネクタイを締め、姿鏡で身だしなみの確認をし、荷物の点検を済ませた。
「よし」
最後に窓の戸締りを確認し、家を出る。
雲一つ無い、清々しいほどの快晴だ。
寝起きこそ憂鬱だが、ここまで良い天気だと嫌でも気分も晴れるという物だ。
現在の時刻を確認し、大きく伸びをする。
「現在時刻は9時30分。気分は良好。天気も良し。今日はいい事ありそうだ」
そう口に出すと気分がさらに上がってくるような気がした。
しかも、今日は始業式の日だ。2年生となり、新しいクラスでの生活を想像するだけで、自然と笑みがこぼれる。
そうして学校への道へと1歩目を踏み出し、
高校生、御宮圭介の一日が、今日も始まった。
……。
………………9時30分?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「少年漫画の主人公か!」
そう叫ばずにはいられなかった。
今、御宮がいる場所と言えば、
公園のブランコの上である。
子供用の小さい物に腰掛け、まるでリストラされたサラリーマンの嘘出勤のようにぐったりとうなだれていた。
あの後直ぐに学校へと猛ダッシュで向かったのだが、非情にもすでに始業式は始まっており、校門はガッチリと閉じられていた。
普通の学校ならば、素直に遅刻しましたと言えば、大体は注意だけで済むだろう。
しかし、この学校は遅刻にやけに厳しい。
初回の遅刻でも反省文を書かされるくらいだ。
ちなみに、5回遅刻をやらかすと一発退学、というトンデモ校則が存在している。
なので、なるべく教師の元に報告しに行くのは避けたい。
後からこっそり入ろうにも、すでに出席は取られてしまっているだろうから、間違いなくバレてしまうだろう。
残された手段はただ一つ。
今まで封印していた奥の手、
仮病を使うのみだ。
せっかくの始業式なのだし、新しいクラスとの初顔合わせだ。反省文の1枚や2枚、覚悟すればいいではないか。そう思う人もいるかもしれない。
まるで分かっていない。
御宮にとって、これはそんな問題では無いのだ。
もっと学園生活の根源に関わるような、具体的に言えば退学とか、そういう問題なのだ。
御宮は遅刻常習犯であった。
次で5回目だ。
それはお咎めを受けた回数であって、バレていない回数を入れればとんでもない数字になるのだが。
そこまで考えて校門の前でしばらく立ち尽くした後、とぼとぼと学校を後にした。
そのまま街中をぼーっと彷徨い、そうして気が付けば、公園のブランコでうな垂れていた。
というわけで、今に至る。
「くそ……まさか目覚ましの設定を2時間近く間違えるなんて……」
今時主人公だってそんな遅刻の仕方しないぞ、と頭を抱える。
「仮病の理由考えとかなきゃ……」
バレた時のことを考えるだけで身震いが止まらない。
去年御宮が所属していたクラスの担任教師兼生活指導は、精神攻撃は基本、物理攻撃は応用と言わんばかりの良い性格をしたお方だった。
去年は随分とお世話になったものだ。
今年も自分のクラスの担任だとは限らないが、遅刻がバレて退学処分となった時は必ず対面することになるだろう。
それだけは避けたい。
「はぁ、これからどうしようかな」
ブランコを揺らしキコキコと情けない音を出しながら考える。
財布に余裕は無いためショッピングは出来ないし、ウインドウショッピングではあまりにもつまらない。
もちろん喫茶店や漫画喫茶もダメ。
ゲームセンターは嫌いだ。
コンビニで立ち読み……もいいが、この前やっていた時に注意されてしまったのであまりやりたくはない。
……こう考えると暇潰しにはどうしても金がつきまとうのだなと思い、さらに気分が沈んでしまった。
朝のテンションは何処へやら。
そこでふと、自分に視線が当てられている事に気づいた。
「…………」
(あれは……)
視線の元へと目を向けると、遠くに人が1人立っているのが見えた。
「3丁目の、おばさん……!?」
3丁目のおばさん。
町内の治安と活気付けに全力を注いでおり、町内会議では町長以上の発言力を持っているとの噂だ。
何よりも子供達の健やかな成長を願っているため、非行に走るような少年少女を見かければすぐさま通報し、正しい道へと(警察の力を借りて)導くという。
このおばさんの手によって通報された少年少女は数知れず。
現在では、恐怖と憎悪の意を込めて通報ババァとも呼ばれ、街中の少年少女から恐れられているという。
「くそ、まずいな……!」
このままではあっという間に学校へ通報され、特定、退学、人生終了へと導かれてしまう。
目を付けられる前にそそくさと公園から脱出しなければならない。
(大丈夫だ、今は「あれ?」と思っている程度だろう。今の内に静かに逃げれば、きっと気にも留めずに掃除という名のパトロールを続けてくれるはずだ……!)
そう判断し、ブランコからゆっくり腰を浮かせ、静かに1歩目を━━━━
「待たれいそこの学生!」
「早ぇよ畜生!」
全力で踏み出した。
おばさんとは反対の出口へと猛ダッシュをかける。
出口までは約200メートル。
無駄に大きな敷地を使ってこんな公園を作った市を恨みながら、さらにスパートをかける。
必死で駆け抜け、約100メートル地点をすぎた頃、ふと後ろを振り返ると
奴は、50メートルの近さまで接近していた。
「バーサーカー!?」
齢50を過ぎたとは思えぬ足の回転でこちらへ走ってくる姿は、さながら戦闘狂。
このままでは、ゴールに着くまでに確実に捕らえられてしまう。
もうすべてを諦めようとしたその時、
「!!」
おばさんの体が、ぐらりと揺れた。
「……なんだ!?」
よく見れば、奴の靴が大きく破損していた。
恐らく奴の力に耐えきれなくなったのだろう。
これは……
「チャンスだ!」
震える足に無理やり力を込め、更に歩幅を大きくする。
いける、いけるぞ!
ゴールまで30メートル、
20メートルを切った。
もうゴールは目の前だ。
バーサーカーとの距離が離れた事を確認し、勝利を確信する。
後は出口を抜け、複雑に入り組む路地裏へと逃げ込めば、ミッションコンプリートだ。そこまで行けば追ってはこれまい。
そして今、ゴールを駆け抜けようとしたその時、
世界が反転した。
一瞬、何が起きたのか全く理解出来なかった。
地面に打ち伏せられ、世界が回ったのではなく自分が回ったのだと気付くまでには、数秒掛かった。
そして、足音と共に聞こえてきた声は、
奴の物では無かった。
仰向けのまま、声のした方向へ首を傾ける。
するとそこに見えたのは、
「……何やってんだあんたは」
呆れ果てた顔でこちらを見下ろす、美鶴木このみの姿だった。
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