蚊
――ンンンンン……
「あ、蚊だ」
Cが言った。
「ン。ほんとだ」
Dが言った。
「……最近、蚊って怖えよなぁ。なんだっけ……“エボラ出血熱”?」
「ちげーよ。“デング熱”」
「あぁ。それそれ。……怖えよなぁ。この蚊も持ってるんじゃねぇの。ウイルス。刺されっとヤベェんじゃね」
「……イヤ、この蚊は大丈夫だと思うけどな」
「まぁ、どっちにしろ刺されたくねぇよな」
――ンンンンン……
Cは足元を飛ぶ蚊に狙いをつけると、右足を上げ――
――ダンッ!
一気に、それを踏み下ろした。
「……やったか?」
「そーゆーこと言う時、大抵“やってない”んだぜ」
Dはニヤリと笑う。
Cは右足を上げ、地面と靴の裏を見比べた。
「……あれ……いねぇわ」
「やっぱなー」
Cは「おっかしいなぁ……」「間違いなく捉えたと思ったんだけどなぁ……」と、ぼやいた。――そんなCに対し、Dが言う。
「……もしかして、“幽霊”だったんじゃねぇ」
Cは「何言ってんの?」とでも言いたげな顔で、Dを見る。
「蚊の“幽霊”」
Dは続けた。
「Cに今まで殺され続けてきた蚊が、恨みを持って“幽霊”として現れたんだよ」
「蚊が“幽霊”として現れられるんなら、この世界“蚊の幽霊”でいっぱいになっちゃうだろうがよ。虫除けスプレー何本あったって足りねぇわ」
Dはハハ、と笑った。
「でも……人間はもちろん、“動物霊”っているわけだろ? 虫の“幽霊”だって、いたっておかしくねぇ」
――ンンンンン……
「あ」
「……なんでぇ。やっぱ、ただCが取り逃がしただけじゃんか」
Dの目の前を、蚊が浮遊する。
――ンンンンン……
「エイッ!」
――バチンッ‼︎
Dは勢い良く、柏手を打つ様に両手を打ち合わせた。
――。
「……あーぁー」
Cが、ニヤついた顔で言う。
「うわぁー。ついやっちゃったよぉ」
Dは、後悔した。
「誰かの血ぃ、吸っちゃってたらどうしよぉー」
「アハハ」
Dは、ゆっくりと両手を開く。
――両の掌には、何の痕跡も無かった。