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Act8:作戦会議

 案内されたのは、学生寮の一階だった。静也の部屋いえからも意外と近い。

 夕餉時のためか、生徒達で結構賑わっている。


「ここが食堂です。と言っても、学園内に数ある内のひとつですが」


「メニューも場所によってちゃいますよ。おすすめはお稲荷さんどす」


「アッホゥ!クラーケン焼きが一番に決まってるやろ!」


 タマキが口を開くと、ナナセは反論の声を上げた。


「ちゃいます。お稲荷さんどす」


「ちゃうわ!クラーケン焼きや!」


「お稲荷さんどす」


「クラーケン焼き!」


 「お稲荷さん」「クラーケン焼き」という二人の不毛な議論を横目に静也はアリアとサクラと一緒に食堂のカウンターに向かう。

 受付には妙齢で扇情的な雰囲気の角の生えた女性がいた。


「あら、アリアちゃんにサクラちゃん。男連れなんて珍しいじゃなぁい?」


「そっ、そんなんじゃないです…」


「サクラちゃん、誂われてるだけですよ」


 いつものことなのか、慣れた様子でアリアは女性の軽口を躱す。

 女性の視線は既に静也に向いていた。


「それで、貴方はぁ?」


「(なーんか、甘ったるい人だなぁ)赤月静也です。編入生です」


「あらぁ?『一特科いちとっか』のアイドル四人娘と一緒ってコトは、貴方がウワサの?」


「『一特科』…?ああ、略称ね。なんのウワサかはあんまし聞きたくありませんけど。そのウワサのだと思います」


 大方勇者だのギルベルトと一悶着あっただの、面倒なたぐいのウワサだろうと説明を省く。


「で、おねーさんはどちらさん?」


「あら、おねーさんだなんてお上手。ここの責任者のジュディア・ナーミッドよ。ヨ・ロ・シ・ク♡」


 割烹着から覗く豊満な谷間を強調して、ジュディア・ナーミッド女史は静也に投げキッスを飛ばした。

 というか本当にハートマークが飛んだ。


「ふんっ」


 しかし静也はそれを躱す。


「あらぁ?おねーさんの愛を躱されちゃったわぁ」


「いや、どー見てもろくでもねー魔法だろ今の。カース魔法か無属性か知らんが、ぜってー精神操作系のアレだろ」


 「主に誘惑するような」と静也はジュディアを睨む。

 その態度にジュディアはクスクスと妖艶な笑みを見せる。


「『誘惑チャーム』に引っ掛かればいい思い出が出来たのに、ウブねぇ」


「静也様、ジュディアさんは魔人族でサキュバスと呼ばれる一族です。男漁りが趣味なので気をつけてください」


「うん、なんとなく察しがついた」


 とどのつまりジュディア・ナーミッドは性に奔放な人物なのだ。

 ジュディアは「やん、いけずぅ」なんてケラケラ笑っている。


「んで、ここのメシは生徒ならタダだって聞いたんですけど?」


 ジュディアの軽口を無視し、静也は腹を擦りながら訊いた。

 もう空腹は限界点ギリギリだった。


「あら、せっかちねぇ。ハヤい男はモテないわよぉ?」


食事量(かず)で勝負なので気にしません」


 下ネタに下ネタで返されて「あら上手い、座布団一枚」と、ジュディアはメニュー表を手渡す。

 『獣人語訳』と書かれたそれには結構、否、贔屓目なしでもかなりのバリエーションの料理が書かれていた。


「おお、種類があって飽きなさそう…『一番人気・コカトリスのステーキ。和風、デミグラス、ケチャップ他各種ソースあり』…『ミノタウロスのハンバーグ。おろしポン酢でさっぱりと』…『ジークフリー丼。竜カルビで長寿安泰』…『ウナギとスッポンとニンニクのタフネス懐石。これで今夜は絶倫無双』?おい、そこのサキュバス」


「うふん♡因みにあたしのオススメは最後のよん♡」


「……コカトリスのステーキの和風とジークフリー丼」


「タフネス懐石…」


「コカトリスのステーキの和風とジークフリー丼ッ!!」


「あぁん、いけずぅ…」







「………イケるな、コカトリス。つーか普通の鶏肉よりも美味い」


 適当な席に着いて漸く食事にありついた静也の一言。

 注文した料理は美味の一言に尽きた。

 コカトリスは石化の魔眼や石化のブレスを吐く鶏であり、凶暴な魔物だとアリアは言っていた。

 そのもも肉を使ったステーキはしっかりと下ごしらえされ、ボリューム満点にもかかわらず上品な味わいだ。

 和風ソースに使われているポン酢の酸味と大根おろしの辛味が溢れる肉汁の旨味を引き締め、静也の口の中でハーモニーを奏でていた。


「こっちのジークフリー丼も…おお」


 ドラゴン肉の柔らかい肉質の隙間からじゅわりと脂が染み出し、甘辛いタレに程よく絡む。

 肉とタレの混じったエキスを吸収した白米との相性も抜群だった。


「美味い。ジュディアさんの肉食女子な性格はともかく、料理の腕はかなりのもんと見た」


「ふふっ…よっぽどお腹が空いてたんですね。ほっぺにご飯粒が付いてますよ?」


「うぇ?おお、いかんいかん…」


 慌ててハンカチで口元をぬぐう。

 「子供みたいやなぁ」とナナセが笑っていた。


「んで、みんなには明日の模擬戦について色々訊かせてほしいんだけど」


「はい。……まずは何について話しましょうか…」


 アリアが少し考える素振りを見せると、タマキが手を挙げる。


「最初は『ジェム』について教えたほうがええんとちゃいますか?」


「うん?………あー!教える言うてすっかり忘れとったわ!」


「おい忘れんなやそこのサカナ」


「誰がサカナやねん!」


「お前だタ○ノくん」


 「あたしは女やー!あんなオカマナマモノと一緒にすんなー!」と吠えるナナセを無視して、静也は提案したタマキに視線を向ける。


「さて、タマキ。あの忘れっぽい半魚は当てにならんし、その『ジェム』ってのについて教えてくれ」


「静也はん、えろう容赦あらへんなぁ…。『ジェム』言うんは、学園内でのみ使われる通貨どす。購買部を利用するのが主な用途やけど、魔法触媒としても利用されとるんよ」


 そう言ってタマキは懐からがま口財布を取り出し、色とりどりの宝石を静也に見せた。

 ブリリアント・カットが施されたその宝石の中をよく見ると、内部で炎が揺らめいたり、泡が渦巻いている。


「ほー…砕いたら爆発したりすんのか?」


「おお、ええ目の付け所やな。ま、模擬戦で使うにしても目眩ましや奇襲程度にしかならんやろうけどな」


 じゃらじゃらと自分のジェムを弄びながらナナセはそう口にした。


「ふーん……まあだいたいわかった」


 静也はひとつ頷く。

 その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。


「ジェムについてはもういい。あのお坊ちゃん…ギルベルトのヤローについて教えてくれ」


「ヤローて…ホンマに口悪いなぁあんた…。…あの亜種デミ嫌いの生っ白小僧は『三系統魔法科』の名の通り三系統の魔法使いや。同時にクラスのトップでもある。まあ俗に言う天才っちゅうヤツやな」


「ナナセちゃん…人のこと言えないよ…」


 オロオロとサクラがツッコミを入れるが忌々しげなナナセの耳には入っていない。


「ふむ、って事はアイツは3つの属性魔法が使える、と」


「せや。使えるんは雷、炎、大地の3つ。一番得意…っちゅうか使う頻度が高いんは雷属性やな」


「む、なんでだ?」


 「3つも使えるんだから満遍なく使えばいいのに」と静也は考える。


「珍しいからどす」


「珍しい?」


「雷属性は使える人が統計的に少ないんです」


 アリアとタマキの説明によると、風と雷の系統は他の系統に比べて10分の1程度しか素質を持つ者がいないらしい。


「ま、覚えたての芸を見せびらかす犬みたいなもんや。………その上使いこなせるのが尚の事腹立つけどな」


「………なるほどな」


 ステーキの付け合せを咀嚼しながら静也は適当に相槌を打った。


「………よし、飯ぃ食い終わったら、部屋に戻るか。先生の作業も終わってんだろ」


 数分後、皆が「ごちそうさまでした」と手を合わせ、再び上階へと上がっていった。







「………なんで二階建て?」


「はは、ははははは!いやー!ついやりすぎてしまった!」


 呆れてツッコむ静也と目を泳がせるレイン。

 当初は六畳一間だった静也の部屋。

 それが凹字状の立派なログハウス(二階建て)になっていたではありませんか。

 階段を上がって廊下を挟んだ四部屋はそれぞれ調剤室、書斎、追加のゲストルーム二部屋という急なお客や研究にも対応できる代物です。

 再びなんということをしでかしてくれたのでしょう。


「いや、あんたを持ち上げた俺にも非はあったと思うよ、うん。………でも限度があんだろ」


「うむ、すまん。というか静也、お前は相手を責めるときは口調が悪くなるな。気をつけなさい」


「ほっといてください」


 自覚はあるが直す気も無いらしい。

 その態度にレインはやれやれと首を振った。


「にしてもこの家、電気も水道も通ってますけど…」


「ああ、わたしは五系統魔法使いだからな。色々と手を加えた」


「あー、そう言うこ………はぁ!?五系統!?」


 うんうん頷いていた静也は驚愕の表情でレインの顔を見た。

 あのギルベルトですら三系統魔法使いで『天才』と呼ばれているにもかかわらず、レインは属性魔法全てが使えるというのだ。

 当の本人は「自慢にもならんよ」と鼻を軽く掻いている。


「えーと…レイン先生って実は物凄く強い?」


「物凄くどころか、レイン先生は元々エルフ族王家の近衛騎士団長でしたからね。折り紙付きです」


「マジかよ…」


 アリアの言葉に静也はぐうの音も出ない。


「世間じゃわたしの名前と掛けて、『虹の姫騎士(レインボウ)』などと呼ばれていたが、正直ただの器用貧乏としか思えんよ」


 肩をすくめる虹の姫騎士(レインボウ)

 しかし目の前のログハウスを見た静也に取っては、それもただの謙遜にしか見えなかった。


「ま、わたしの話は置いておけ。この家も、もう完成したから好きに使うといい」


「………どうも、ありがとうございます」


 レインはひらひらと手を振って静也達に背を向ける。

 ………が、思い出したように振り返って静也のそばに近づいてきた。


「(部屋が散らかっていたからある程度片付けておいた。………ついでに『妙齢通い妻の誘惑・今夜は家に帰りたくないの…』はベッドの下に隠している)」


「ブフゥゥゥ――――――――ッッッッ!?」


 耳打ちされた言葉に静也は思わず吹き出した。


「あ、あ、ああああんた…!」


「『ご飯にする?お風呂にする?それともワ・タ・シ?』だったか?ベッタベタだが、男はこういうの好きだなぁ、本当に」


「声を落とせェェェェィ!!!!」


 ニヤニヤするレインに静也は全力で声を被せる。

 どうやら放置していたお宝(エロ本)の内容までじっくりと確認されたらしい。


「ははは、男の子だからな、仕方ないだろう」


「…………はぁ…」


「なんや?内緒話かいな?」


「余計な詮索はせんでよろしい」


 ヒソヒソと話していた二人にナナセが声をかけるが、静也はピシャリと言い放つ。


「……あー、とりあえず中入れ。腰据えて話さにゃ作戦会議もままならん」


「そうですね」


「……ちょっと待ちなさい」


 静也を先頭に皆がログハウスの玄関へ向かうと、その背中をレインが呼び止めた。


「作戦会議とはどういう意味だ?」


「あ…そう言えばレイン先生は知らへんかったんですね」


 ナナセは授業の後にギルベルトと口論になり、静也とギルベルトが模擬戦をすることになった事を説明した。

 初めのレインの訝しげな表情は徐々に呆れに変わっていき、最終的に少し怒ったような様子になる。


「………あのなあお前達、静也は魔法初心者で、その上相手はギルベルトだぞ?普通に考えて、無謀だとは思わなかったのか?」


「………」


 レインの言葉に皆押し黙る。


「しかも煽ったのはナナセ、お前か。いくらケンカを止める為とはいえ、模擬戦をさせるのはどうかと思うぞ、わたしは」


「………すんまへん…」


 薄々自覚はあったのか、ナナセは頭を下げる。


「謝るのはわたしじゃない。静也にだ」


「……ごめん、静也」


「いやいいよ。勝ち目がないわけじゃないし」


「…………は?」


 さらりと言い切った静也の言葉に、皆がぽかんと口を開けた。


「………ま、勝つ為にはレイン先生の協力も必要ですがね」


「……わたしの?」


 静也の言葉にレインは首を傾げる。

 …………夜は更け、次の日を迎える。







「……うわ、スゲェギャラリーだな」


 体育館入口から中を覗きこんだ静也の一言。

 体育館と言ってはいるものの、中央には石畳のリングがあり、周囲に観客席まである本格的な試合会場だ。

 そして観客席は結構な生徒で賑わっている。


「どうやらうちのクラスの連中がいらん吹聴したみたいやな」


 ナナセの言葉を肯定するように、席には一特科の生徒達が固まって座っていた。

 全員表情が楽しそうである。


「みんなお祭り好きどすからなぁ。静也はんとギルベルトはんの模擬戦が楽しみやったんやと思います」


「………」


 呆れと怒りの入り混じった表情で静也はため息をつく。


「……そうやって中を覗くのもいいが、用意があるんだから急げ」


「うぉっ?……先生も見に来たんですか?」


 背後から声が掛かって静也達が振り向くと、レインとアリアが立っていた。

 レインの手には静也が渡しておいたボストンバッグがある。


「まあ、わたしも一枚噛んでしまったのだ。最後まで見届けないとな」


「ありゃ、変な気を使わせたみたいで申し訳ないです」


 謝る静也に「構わんよ」と笑うレイン。

 そして静也にボストンバッグを手渡した。


「お前の考えた策は、正直わたしにも思い至らなかった方法だ。興味が湧いたまでさ」


「そう言ってもらえるとありがたいですね」


 褒められて苦笑しつつ、静也はバッグを持って体育館の裏手に回る。


「んじゃ、ちょっと着替えてきますよ」


「頑張って下さい、静也様」


「………しっかし、あんな方法でホンマに勝てるんかな?」


 着替えのために去った静也を見送るナナセがぽつりと口にした。

 昨夜静也が提案した作戦は、少なくともゼブオードでは類を見ないものだったからだ。


「……大丈夫だろう。恐らくだがな」


「センセ?」


「それに、ジェムも幾つか渡している。昨日話してみて頭は悪くないし、機転も利く男の子だ。上手くやるさ」


 どこか確信めいたようにレインはそう呟いた。







「………遅い」


 リングの上でギルベルトは忌々しげに舌打ちする。

 彼が到着して既に10分が経ち、予定していた試合開始時間が近づいてきていた。


「レディース・アァーンド・ジェンットルメーン!」


 いよいよ開始かというところで、観客席よりやや前にある実況席の生徒が口を開く。

 二人の生徒が座るテーブルの上には拡声魔法を内封した魔法石が置いてあり、その声が観客席全体に行き渡る様になっている。

 テンション高めに口火を切った黒髪の生徒はハーピー族のヴィヴィ・レイヴン。

 新聞部の部長でこういった試合形式のイベントでは実況を務めていた。


「今日はこの場にお集まりくださって、新聞部のわたしもありがたい!恐らくわたしを含め、この場の全員がこの対戦カードに目が離せないと思います!何故ならァッ!

三科さんか』こと、三系統魔法科のホープ、ギルベルト・ベン・ビルブレスト!

そして昨日突如編入した期待の新人……『第18代目勇者』赤月静也との一戦なのですからぁっ!!!」


 ヴィヴィの言葉に生徒達はおお、と歓声を上げる。

 眉唾ものかと思っていたが本当に勇者だったのか、という会話もちらほらとあった。


「つきましては、僭越ながらわたし、ヴィヴィ・レイヴンが実況を務めさせていただきますッ!

そして解説はァッ!?」


「…………あー…解説兼審判のレイン・シチリカだ。………なんでわたしが…」


 どこか諦めを含んだため息と共にレインは恨み事を呟く。

 何故彼女が解説をすることになったのか。

 初めは観客席で見守るつもりだったが、ヴィヴィに目を付けられ、生徒の頼みを断れない性格に漬け込まれて解説兼審判としてこの場に座らせられていた。


「さて、レイン先生と何名かの生徒は赤月くんと昨夜作戦会議を催した様ですが、勝率はいかほどでしょうか?」


「ふむ……本人曰く、上手くいくか半々と言っていたな。『実験通り行くかはわからん』だそうだ」


 作戦内容を明かさないように言葉を選んでレインは昨日の出来事を口にする。


「半々ですか?まるでギャンブルですねぇ」


「うむ、しかし『れっきとしたカガクテキコンキョ』とやらに基づいて考えた作戦だから大丈夫だそうだ」


 そんな事を話していると、体育館の扉が開く。


「おぉっと!ここで漸く主役の登場です!」


 全員の視線が入口に居る静也へと移る。

 同時にアリア達以外の表情が怪訝なものに変わった。


「…………さて、行きますか」


 その視線を気にすることもなく、『全身をフード付きマントで覆った』静也はリングへと足を運んだ。

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