Act7:模擬戦
ギルベルトと静也はナナセの提案にぽかんと口を開けている。
「……も、模擬戦?俺とそこのお坊ちゃんがか?」
「せや。さっきも言った通り、学内での私闘は禁止されとる。せやけどな、別クラス同士の衝突ってのはどうしてもあるもんや」
ナナセは「せやから」と前置きをして懐から生徒手帳らしきものを出す。
「そういう時は、当事者同士の模擬戦で決着をつけるっちゅう校則があんねん」
ナナセが静也にそう言って手帳を開いてみせると、本当にそういう校則が書いてあった。
「……む。『勝者は敗者から2000ジェム徴収可』?」
ふと静也は最後の項目に目が行った。
『模擬戦勝者は意向次第で敗者より2000ジェム徴収可』という一文があった。
「ああ、その辺りも纏めてあとで説明するわ。……ギルベルト」
「………」
ギルベルトは邪魔をしたナナセを睨みつける。
対するナナセも敵意を隠そうともしない。
「さっき言った通りや。この場でケンカする位なら、明日の昼休みまで我慢しいや」
「亜種如きが、ボクに指図するな…!」
ギルベルトの態度にナナセはやれやれと首を振る。
「ほなら、この場におる『七賢人』二人の名において一旦勝負を預かるわ。ええな、アリア?」
「ッ…!」
「………仕方がありませんね」
ナナセの言葉に言葉を詰まらせるギルベルト。仕方なしにというふうに頷くアリア。
「七賢人?」
「それも後で説明します。…ビルブレストくん、いいですか?」
「…き、汚いぞ貴様ら…!」
「実家利用して学校でえばっとるお前に言われた無いわ!さっさと出てけ!」
周囲からも出て行けコール。
完全なアウェー状態のギルベルトは悔しそうに教室を出て行った。「覚えてろ、明日は恥をかかしてやる」なんてベタな捨て台詞を残して。
「………で、色々説明してくれへんかー」
「なんで真似すんねーん」
平静を取り戻した静也の一言にナナセがツッコむ。
どうやらふたりとも完全に落ち着いた様だ。
「…………」
「………アリアさん、視線が痛い……というかなんでそんなに睨むの?」
「睨んでません」
即答だった。
しかしジト目は変わらない。
「(なんかしたか、俺?)……で、だ、ナナセ」
「なんや?」
「『七賢人』ってなんだ?さっきの話の流れからして、お前とアリアさんの事みたいだが」
ナナセに疑問の目を向けながら静也は最も気になっていたことを訊いた。
「……やっぱり訊くよね。まあ静也も無関係とちゃうし、教えとくわ」
「無関係じゃない?」
「せや。『七賢人』言うんはな、初代勇者と勇者を召喚したエルフ、そして神器を作った五人の仲間の事やねん」
ナナセは目を閉じて仰々しく話し始める。
勇者しか扱えない神剣を打ったドワーフ、アースフォンド・グリーヴ。
浄化のパイプを創ったホビット、ポピー・ペイル。
水棲の帽子を創ったマーメイド、メロウ・ブリッツ。
空渡の靴を創ったハーピー、アエロー・トラボルト。
獣牙の鎧を創った獣人、フェンリル・ウルフロード。
勇者を召喚したエルフ、アルレイ・ウィジス。
そして世界を救った勇者。
彼ら七人を人々は崇め、七賢人と呼んだという。
「そんで、その七賢人の末裔は代々神器を祀って護ってきたってワケや。アリアんトコは勇者召喚の秘術やけどな」
「ほう…で、ナナセはその『水棲の帽子』を創ったマーメイドの末裔、と」
「せやせや。で、実はもうひとりこのクラスに七賢人の末裔がおんねんけど…」
ナナセは呆れを含んだ目をある生徒に向ける。
視線の先には突っ伏したオレンジ髪の少女。
「…Zzz…」
「アレか」
「アレや」
アエロー・トラボルトの末裔、ウィグ・トラボルト。
ナナセ曰く、常に寝てばかりいるハーピー族の少女。
因みに風系統らしい。
「頭はええねんけど、興味ない事以外はずっと寝とんねん」
「なんとかと天才は紙一重かいな」とナナセは頭を振った。
そんな変わり者のウィグを尻目に静也は次の質問を投げ
「…ナナセ。模擬戦のことなんだが…」
「あ、その前にいっこ言わせて」
ようとした静也をナナセが遮った。
「あ、う、お?な、なんだよ?」
出鼻をくじかれて変な声を出す静也。
そんな静也に「慌てなさんな」と笑うナナセ。
「おおきにな、さっきは」
「…さっき?」
「ほら、ギルベルトに一泡吹かせてくれたやろ?………正直、胸がすっとしたわ。せやから、おおきに」
先程の舌戦を賞賛され、静也は申し訳無さそうに頭を掻く。
「いや…俺も頭に血が上ってたからなぁ。冷静に考えると、少々短慮だったと思う」
「あんなん俺のキャラじゃねーよ…」とごちる静也にナナセは再びくつくつと笑った。
「そんなことあらへんよ。今日初めて会ったあたしらに、しかも亜人ばっかのこのクラスに味方してくれる人間は、なかなかおらへんから」
「………人種差別ってのは、どこの世界にもあるもんだな」
「………ほんでな、模擬戦言うてもフィールドやルールに結構バリエーションがあって…」
「ほう…」
学生寮に向かう途中、ナナセの話を聞きながら静也は頷く。
じっくりと腰を据えて話す必要があるのと、静也の、ひいてはリラオードの人間の部屋を見てみたいとのことで、静也、アリア、ナナセ、それにタマキとサクラが静也の部屋に向かっていた。
「(………アリアさん、またしてもご機嫌斜め…)」
「…………」
静也はちらりとアリアを見るが、未だに彼女は全く見向きもせず、まっすぐに彼の横を歩いている。
というかナナセと話している最中から更に機嫌が悪くなった様子だった。
「……静也?おーい、シーズーヤー」
「あん?」
アリアに視線が向いていた静也は肩を叩かれて振り向く。
目と鼻の先にはナナセの顔があった。
「…………」
目があった瞬間、静也は意図せず硬直した。
今まで亜人という興味のほうが勝っていたため大して意識していなかったが、
「(………こいつもタマキもサクラも、美人だよなぁ)」
それぞれタイプは違えども、やはり人間離れした美少女達だ。
ナナセは活動的な服装に違わない活発なスポーツ少女という印象。スタイルもいい。というか最早胸が凶器。
タマキはおっとりと落ち着いていて和風美人という表現がぴったりだ。静也の見立てでは着痩せするタイプ。
サクラはおどおどとした性格が保護欲を掻き立てる。こちらは前二人と違いスレンダー。
無論アリアもとんでもない美少女。多分ナナセに負けず劣らずの凶器を所持。
「(………あれ?よくよく考えたら俺、端から見て、下手すりゃ女侍らせてるゲス野郎じゃね?)」
美少女4人を自分の部屋に招く男子高校生。
何一つ間違っていないのに犯罪臭しかしないのは如何なものか。
「ああ、もう帰ってきたのか」
「………何やってんスか、レイン先生」
学生寮の最上階を更に登った静也の部屋に皆が到着すると、何故か剣を持ったレインが来ていた。
静也達を見止めると彼女は剣を鞘に仕舞い、軽く手を振る。
「学園長に頼まれてな。お前の部屋を改装していた」
親指で背後の静也の部屋を指さすレイン。
…………最早部屋ではなく一軒の家が建っていた。
「……アレもう部屋じゃねーよ。家だよ。邸宅だよ。つーか豪邸だよ。過激的ビ○ォーア○ターだよ。俺の実家よかデカいじゃねーの」
「………は、はは、ははは………うん、わたしもやり過ぎたと自覚している」
静也の冷淡なツッコミの嵐にレインが乾いた笑いを漏らす。
改装前は六畳一間の簡素な一室。
それが匠の技で敷地面積100坪を越える立派なログハウスになっていました。
間取りは上から見て凹字状になっており、寝室を兼ねた私室を中心に、西側には豪勢なバスルームを完備。トレーニングルームが備え付けられ、バスルームと直通。東側は大型冷蔵庫が置かれた20人が座っても余裕のあるダイニングバー。そして南側に客間とゲストルームまで造られているのです。
なんということをしてくれたのでしょう。
「つーか授業の終わった短時間でよくここまで…」
「大地属性の魔法を使えば容易だ」
ふふん、とレインは得意気に胸を張る。
「魔法…ちょっと見せてもらえますか?」
静也はレインにそう頼んでみる。
魔法という知識を多少得た身としては実物を見てみたいという欲求もあった。
「む…まだ作業が残っているのだが…」
「そう連れないこと言わないでくださいよー。よっ、いい女。できる女はいいことだ」
ぱちぱちと手を叩いて静也はレインをおだてる。
とてつもなく棒読みだが。
「……そ、そんなにおだてたって何も出ないぞー」
しかしレインは浅黒い肌を真赤にして剣を抜いた。
「(チョロい…)」
まさか乗ってくると思わなかった静也を含め、五人全員がそう思った。
「……って、魔法を使うのに、なんでそんな物騒なモン出すんですか?」
「うん?ああ、リラオードでは魔法使いが杖を使うのが一般的なイメージだったか?」
静也の言葉にレインは軽く剣の切っ先を振ってみせる。
「これが杖の代わりだ」と言いたいらしい。
「本当はわたしにとって必要ないが、詠唱込みで見せてやろう。………『大地の力よ、我が魔力を以てその姿を或れ。我が意志を形作れ。大地魔法木細工』」
そうレインが呟いて軽く剣先を足元の幹に突き立てると、その部分を中心に変化が起こった。
グネグネと木目が動き、まるで粘土のように盛り上がる。
そうして徐々に形がまとまっていき、最終的に一脚の椅子がレインの足元に出来上がっていた。
「………っはぁ~。スゲー…」
静也の口から静かに感嘆の声が上がる。
その目には好奇心旺盛な少年心、そのままの輝きがあった。
「凄いですよ、レイン先生」
「ふふん、それほどでもないぞ。大地魔法でも初歩の初歩だ」
目を見張る静也の言葉に、レインは謙遜しつつも胸を張る。
生徒からの尊敬の目が嬉しいようだ。
「俺、やっと異世界に来たって実感が湧いてきました」
「それは良かった。……だが、今回はここまで。まだ改装が完全に終わっていないのでな。少し時間を潰してこい」
「わたしとしてももっと見せてやりたいがな」と少し残念そうに苦笑するレイン。
その言葉に静也は少し不満そうだ。
「む…どうしても駄目ッスか?」
「駄目だ。次の機会まで我慢しなさいっ」
めっ、と人差し指で鼻をつつかれる。
「………わかりました」
静也もこれ以上頼んでもしつこいだけだと引き下がる。
そんな時、ぐぎゅう、と絞り出すような音が静也の腹から鳴った。
「………げ」
咄嗟に静也は自分の腹を押さえる。
「………ぷ…」
「くく…」
「あーっはっはっはっは!!」
ナナセの大笑いを皮切りに、皆はどっと笑い出した。
「わ、笑うなよ…晩飯がまだだったんだから仕方ないだろ…」
恥ずかしさが勝ったか、彼にしては珍しく顔を赤くして言い訳を口にする。
ちらりと腕時計を見ると、午後八時を回っていた。
「ふふふ…時間潰しついでだ。アリア達と食堂で食事を済ませてこい」
「……そうします。みんな、案内頼む」
「ふふっ、おまかせ下さい」
先ほどまで不機嫌だったアリアも含め、皆笑いながら建設現場をあとにした。