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Act5:ウィジス魔法学園

 ウィジス魔法学園。

 創立は数千年前。正確な年数は今は誰も知る由もないほどの歴史を誇るゼブオード最古の魔法使いの学園である。

 魔法使いの素養を持つものならば誰でも入学出来、その素質に最適なクラスへと振り分けられる。

 全寮制であり、食堂は生徒及び職員であれば無料で利用可能で、一番の人気メニューはコカトリスのステーキ。

 施設も充実しており、蔵書量1億3000冊の図書館を始めとして、体育館には様々なスポーツ設備が揃い、購買部には質の良い魔法触媒や魔法薬を取り揃える。

 学校行事にも積極的で、校外者を招いての文化祭、魔法を使わない純粋な体育祭、そして生徒達の魔法技術を競うクラス対抗魔法競技祭等、ゼブオードで暮らす者なら知らない者はいない由緒ある学校である。

 学園長を務めるのは古来より受け継がれてきた勇者を召喚する魔法を扱うウィジス家が、代々その役職に収まっている。


「ここが学園長室です」


「うん、どうも」


 その学園長室の前に、蒼い髪のエルフの少女と、この世界の人間には無い服装の少年が並び立っていた。

 一人はアリア・ウィジス。

 ウィジスの名の通り、彼女もまた勇者召喚の魔法を扱う一族の出自であり、学園長の一人娘である。

 もう一人の少年は赤月静也。

 そのアリアに召喚された勇者であることを否定する一般的な高校生である。


「しかし、あんたのおふくろさん、学園長だなんて凄いな」


「代々受け継いでいるだけですよ。一族のしきたりですから」


 少し恥ずかしそうだが、同時にアリアは嬉しそうだ。

 どうやら彼女にとって母は誇りに思っているらしい。


「………それにしても」


 静也は道中を思い出す。

 イグドラシルへと召喚された自室からこの学園長室まで、自身に奇異の目を向けてくる生徒や教師とおぼしき者達には、獣耳や尻尾があったり、アリアの様に尖った耳を持ったり、下半身が魚だったり、腕が鳥類の翼であったりと、静也にとって普通の容姿の人間は数えるほどしか見なかった。

 それらを見ていると「ああ、本当に異世界に来てしまったんだなぁ」と静也は改めて思う。


「マジで人間少ねえな、このガッコ」


「あー…それぞれの種族で言えば、ほぼ等分の割合なのですが、亜人を見たことの無い静也様には違いがわかりにくいですよね…」


 「亜種デミは人間と違って特徴が多いですから」とアリアが困ったように笑う。

 その時だった。


「……アリアちゃんばっかり勇者様と話して、ずるい」


「うぉあ!?」


「わひゃっ!?」


 いつの間にか学園長室の扉がほんの僅かだけ開いており、その隙間からアリアと同じ蒼い目が悲しげに静也たちを覗いていた。

 見られていた二人は驚いて後じさる。


「お、おおおおお母様!脅かさないでください!」


「うふふふふ。驚くアリアちゃんも可愛いわ」


 クスクスと笑いながら覗いていた女性が扉を開ける。

 蒼い髪と蒼い目、そしてエルフの特徴である尖った耳。

 顔立ちもアリアと似通っているのを見て、静也はこの女性がアリアの母親であると理解した。


「……ず、随分とお茶目だな、おふくろさん」


「いい年して子供っぽすぎるんですっ」


 ぷりぷりと頬を膨らませるアリア。恥をかかされたからか顔が赤い。

 女性はアリアから静也へと視線を移し、先ほどの子供っぽい笑みから真面目な顔になる。


「……今代の勇者様ですね。わたしはこのウィジス魔法学園の学園長をしております。トリシャ・ウィジスです」








「………赤月静也です。世話になります」


 室内に招き入れた学園長、トリシャはうやうやしく頭を下げ、静也も同じく頭を下げる。

 伏せられた静也の表情は勇者と呼ばれて苦々しく歪んでいた。


「アリアさんからは俺がゼブオードに呼ばれた理由とこの世界の現状は聞いています。俺はこの学園の生徒として扱うって聞きましたけど」


「ええ、召喚された勇者はこの世界のこと、魔法への対策などをこの学園で学ぶのが決まりのようなものです。勿論拒否も出来ますが…」


 そういうトリシャの顔には「あまりお勧めはしませんよ?」と書いてある。

 静也もなんとなく理由は察していた。


「無知は死を呼ぶ…ってトコですかね」


「はい。魔法を知ることは即ち、この世界のいくさのノウハウを知ることに繋がります。魔王も規格外とは言え魔法使い、魔法を知ることで対抗できるでしょうが、知らずに挑めば例え勇者でも一瞬で消し炭にされてしまうでしょう」


「(つまり、無知=レベル1って訳な)」


 敢えてゲームで例えた静也だが、現実はそう甘くない。

 村を一歩出て不定形軟体生物を倒したところでEXPなんて入らない。精々「この敵はこんな動きをする」という経験知識を得る程度だ。

 何も知らないレベル1勇者が魔王の前に立ったところで、即先制攻撃→ゲームオーバーなのだ。

 魔法の魔の字も知らない静也に取ってはこの学園で学ばないという選択肢はない。


「………成る程、学園長の言うことも理解できます。ですが…」


 しかし、静也にも納得出来ないことがひとつ。


「リラオードの人間である俺に、魔法使いの素養は無いでしょう?」


 そう、静也の懸念はそれだ。

 確かに知識として識る事は大事だ。

 しかし、知っていることと使えることは違う。

 このゼブオードは魔法を扱う技術が初めから存在する。

 しかしリラオードが支配している技術は『科学』。

 根本から常識が異なっている。

 即ち、適正の問題だ。

 ゼブオードは『科学に適していなかったから魔法が発達した』。

 リラオードは『魔法に適していなかったから科学が発達した』。

 勿論どちらかが適していたからこそ、そちらに傾倒したという理由も在るだろう、マイノリティとして逆の技術に傾倒したコミュニティもあったろう。

 しかし、科学の発達した世界にどっぷり浸かっていた赤月静也に取って、魔法を使うとは、小学生が自動車の運転をしようとしてもペダルに足が届かないのと同義なのである。


「……………俺はこう考えていたんですが」


「……まあ」


 静也の見解にトリシャは目を見開く。

 どうやら彼の意見は合致していたようだ。


「勇者様は…」


「ちょいまち」


 勇者様、と口を開いたトリシャを、静也は遮る。

 とうとう我慢の限界が来たらしい。


「ひとつだけ、話を進める前にひとつだけ頼みがあります」


 真剣な表情で静也は言葉を紡ぐ。


「俺は、ある言葉、称号にすげえ嫌な過去があります。トラウマと言ってもいい。自分の無力さや凡庸さが余計浮き彫りになってイライラする。その言葉を聞くたびに反吐が出る。だから…」


 今まで溜め込んでいたものも一緒に吐き出すように大きく息を吸い、


「――――――俺は、勇者になんかなりません!」


 アリアとトリシャの鼓膜をぶち抜くような大声で宣言した。








「――――――――――」


 突然の大声にトリシャは目をしばたかせ、アリアは悲しそうに目を伏せた。


「ゆ、勇者にならない?一体どういう事ですか?」


 突然の拒絶にトリシャは狼狽する。

 当然だろう、先程まで前向きに考えていた人物がいきなり「勇者にならない」と叫んだのだから。

 肺の中の空気を絞り尽くして息を切らす静也の代わりに、アリアが先ほどの話の内容を説明した。


「………そうですか」


 話を聞いたトリシャは申し訳無さそうに頭を下げる。


「静也様。知らなかったとはいえ大変な無礼を働き、まことに申し訳なく思います」


「……構いません。俺も少々感情的になりすぎてました」


 深々と頭を下げたままのトリシャに静也は気にする必要はないと応える。


「あと、そういう仰々しい言い方や呼び方もやめてください。俺はこれからこの学園の生徒で、トリシャ先生は学園長なんですから」


「…………わかりました、では改めて静也くん」


「はい」


 少し考えるような仕草の後、彼女は堅苦しい態度を崩して改めて話を切り出す。


「貴方の予想は正解です。リラオードの人間の殆どに、魔法使いの素質、即ち魔力はありません。ですが、魔王が相手ならば、その方が都合がいいのです」


「都合がいい…?」


 静也は首をひねる。

 魔王といえば強力な魔法を使ったり無限の魔力があったりと、昔話なんかでは凄まじい力を持っているとされる。

 ならば強力な魔法を使える魔法使いの方がまだ戦いになるのではないのだろうか

 なのになんの力もない…しいて言えば強靭な力を持つ程度のリラオードの人間のほうが都合がいいとはどういう意味だろうか。

 などと静也が疑問に思っていると、アリアが口を開いた。


「おそらく、静也様の考えていることは逆です。魔王の得意とする魔法は、『魔法使いを無力化する魔法』ですから」


「……………ああ、そういうこと」


 少し考える素振りを見せて得心がいった様子の静也。

 『魔法使いを無力化する魔法』。

 そんな魔法を使われたのなら、どんな魔法使いだろうと手も足も出ない。

 ならば剣や拳で相手をするしかない。

 つまり、強靭な身体能力を持つリラオードの人間が魔王と戦うのに適していたのである。


「レベルを上げて物理で殴ればいいって訳ね」


「レベ…なんですか?」


「や、なんでも。…で、先生。俺はこの学園生徒になる事を承諾した訳ですが」


 「クラスや学年はどうなるんですか?」と静也が質問を投げる。


「貴方は魔法を使う必要がありませんから、基本的にどのクラスに所属しても問題ありません」


「そうですか。じゃあアリアさんと同じクラスを希望しても?」


「それは構いませんが…」


「ふぇ?」


 突然の言葉にアリアが素っ頓狂な声を上げる。

 その言葉を理解するのに、アリアは数秒要した。

 そして理解し終えると真赤に染まる。


「し、しししし静也様が、わわわわたしと同じクラス!?」


「…………」


 挙動不審なアリアを見て静也は、スススっとトリシャのそばに近寄って耳打ちした。


「………奥さん奥さん、さっきから気になってたんですが、ご息女は赤面症のケがあるんで?」


「ふふふ、可愛いでしょう?」


「嫌いじゃないッス」


 そして二人はガッチリと握手。


「お二人とも何を言ってるんですか!」


 くつくつと笑う二人を見て赤い顔のまま怒るアリアだった。







 数十分後。


「ここが『一系統魔法特科いちけいとうまほうとっか』の教室です」


「ほう。そんで、俺とアリアさんが一緒に学ぶ教室、と」


「………静也様、狙って言ってるんですか?」


「は?」


「…………いえ、なんでもありません」


 教室の前で、赤い顔をしているアリアを見て静也は頭をひねる。

 外観は静也が通っていた学校とそう変わりない。

 しいて言えば全部が木製といったところか。

 ドアに掛けられたプレートを見ると、いくつかの言語で『一系統魔法特科』と書かれている。


「………って、あれ?漢字?」


 その言語の中に静也の世界の言葉があったのを見て更に静也は頭をひねった。

 他にも英語、ドイツ語、フランス語など、殆どがリラオードの物と同じだ。


「なんでリラオードの言葉が?」


「ああ、それは……何故でしょう?」


「ってオイ」


 疑問に疑問で返されて静也がツッコむが、アリアは「あ、違うんです」と両手を前に出す。


「静也様が今指さした単語はこちらでは『獣人語』と呼ばれるものです」


「獣人…語?日本語とか中国語とかじゃなく?」


 『獣人』ということは獣人族の言葉か。


「なぜかはわかりませんが、初代勇者様がゼブオードに訪れる前から、これらの言語は既にありました。リラオードでもゼブオードでも同じ言語が使われているなんて、不思議ですねえ」


「ふむ…確かに」


「詳しく言いますと、上から順に『人語』『エルフ語』『ドワーフ語』『獣人語』『ホビット語』『ハーピー語』『水人フィッシャー語』『魔人語』ですね。辺境の地ではもっと多くの言語がありますが、これらがだいたいポピュラーな言葉です」


 因みに上から順に英語、フランス語、ドイツ語、日本語、ロシア語、イタリア語、スペイン語、アラビア語である。

 2,3個程度しか知らない静也だが、何故か他の言語も理解できた。


「俺、リラオードじゃ人語とエルフ語と獣人語とドワーフ語程度しか知らないはずなんだけど、なんで?」


「ああ、それはゼブオードの各所には、翻訳魔法を内封した魔法石を設置していますから」


「………魔法って便利」


「はい」


 快活に返事をするアリアは、静也を連れて『一系統魔法特科』の教室に入っていった。

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