Act4:「断る」
「…………」
勇者。
本日何度目かの言葉に、静也は顔を激しく渋くする。
「静也様?」
「なんでもない。続けてくれ」
嫌な記憶を打ち消すようにノートへの記述を続けながらアリアにそう促す。
「わ、わかりました…。この世界、ゼブオードは、人間だけでなく亜人という様々な種族が暮らし、魔法の発展した世界です」
「うん、質問を纏めるとそうなるな」
「ですが、同時に『魔法が発展した世界』だからこそのアキレス腱が存在するのです」
真剣な表情でアリアは話を続ける。
「昔…数千年前に遡りますが、とある魔法使いが、ある魔法を作り上げました。
その魔法はどんな魔法よりも恐ろしく、そしてどんな魔法使いにも対抗するすべはありませんでした。
その魔法だけならば問題ではありませんでしたが、その魔法使いはとてもとても優秀な魔法使いでした。
あらゆる魔法を使い、亜人や人間を怪物へと変貌させ、巨大な軍団を作り上げました。
――――そして自らをも怪物へ変えた魔法使いは、魔王と呼ばれました」
「…………」
アリアの言葉に、「ますますRPG染みてきたな」と考える静也。
しかしアリアの語りを遮るような真似はせず、静かに続きを待つ。
「ゼブオードの民は魔王の支配に怯え、蹂躙される日々を送っていました。
魔王討伐の為に立ち上がる人も居ましたが、魔王の生み出した魔法で手も足も出ません。
ですが、希望はありました。
魔王を討つため、沢山の人々が命を落とす最中、あるエルフの魔法使いは、自分の生み出した魔法を用い、リラオードの人間を召喚したのです。
魔王の生み出したその魔法は『魔法を使えない人間には効果が無い』という弱点がありました。
静也様がお気づきになられたように、リラオードの人間はゼブオードに来た時点で強い身体能力を得ます。
民はそれに希望を見出したのです。
鍛冶の民であるドワーフがその者しか扱えない神剣を創り、
山の民であるホビットは咥えていれば毒や煙を浄化するパイプを創り、
水の民であるマーメイドが海や水の中でも生きられる帽子を創り、
空の民であるハーピー族が空を歩く靴を創り、
強き獣の民である獣人族がとても頑丈な鎧を創りました。
民たちの創りだした道具を使って、人間は魔王に立ち向かいます。
そして三日三晩の戦いの果てに、遂に魔王は人間に討たれたのです」
それが後の勇者か。
話を聞きながら静也はそう結論づける。
だが、アリアの話はまだ終わらない。
「しかし首を落とされる直前、魔王はこう言いました。
『これで終わったと思うな。我はいつか必ず蘇る。貴様とて不死ではあるまい。貴様が死んだ後、再びゼブオードを蹂躙してくれよう。例え小賢しいエルフが再びリラオードから人間を召喚したとて、そのたびに再び蘇ろう』と。
魔王を討った人間からその話を聞いた民たちは、人間と共に急いで対策を練りました。
魔王の復活を予知する魔法を作り上げました。
リラオードの人間を召喚する魔法を悪用されないように、エルフの魔法使いはその魔法を一子相伝で教えるようにしました。
ゼブオードからリラオードへ行き来する魔法が作られました。
リラオードの重力に耐えられる様に、重力を操る魔法が作られました。
魔王復活の際に召喚した人間を援護するために、魔法を学ぶ学園が作られました。
リラオードから召喚された人間は彼を召喚したエルフと結ばれ、勇者と呼ばれるようになりました」
それがこの世界、ゼブオードの歴史です。とアリアは締めくくり、静也を見つめた。
「これまでに17度魔王が復活し、そのたびに勇者が召喚されました。
そして18度目の復活が一年以内にあると予言されたのです。
勝手に召喚してしまったことは本当に申し訳なく思っています…ですが静也様、勇者として、この世界を救ってください…!」
そしてアリアは静也に深く頭を下げる。
対してあぐらをかき、腕を組んでいる静也はアリアを見つめ、
「断る」
あっさりと拒否の言葉を口にした。
「え…!?」
自分の希望からあまりにもかけ離れた発言にアリアの表情は絶句に染まる。
「な、何故ですか!?」
「ん?ああ、誤解があったようだが、世界を救うために協力してくれって話は受ける」
「はい?」
「そうでもしねえと帰れそうにねえしな」と頭を掻く静也を見てアリアは混乱する。
そんなアリアを見て「赤くなったり青くなったり忙しい奴」と思いながら静也は続きを口にした。
「ただ、『勇者』って称号は要らねー。なりたくもねー。『ただのいち高校生の赤月静也』として、あんたらの世界に協力するって言ってるんだよ」
三白眼を嫌そうに細めながら静也はアリアにそう言った。
その言葉にアリアは不思議そうに首をかしげる。
彼女は勇者召喚の魔法を伝える家の末裔、すなわち最初の勇者の末裔である。
アリアが聞いた限りの歴代の勇者は、自分が勇者の称号を受け取ることを喜んでいたという。
なのに目の前の少年はそれを拒否したのだ。
アリアの疑問は当然というものだろう。
「ず、随分こだわりますね。ただの称号なのに」
色々と疑問を纏めて出たアリアの言葉。
「ああ、昔ちょっとな」
それに対して最低限の言葉で静也は返す。
「………」
「………」
話題が無くなり、数秒の沈黙。
しかし沈黙に耐え切れなかったのと、静也とずーっと目を合わせる気恥ずかしさとでアリアは漸く口を開く。
「あ、あの、静也様のご協力に感謝します!」
「ん、どういたしまして」
「そ、それでですね、静也様にはこの世界のことをよく知ってもらう必要があると思います」
「それは確かに」と静也は相槌を打ち、アリアの言葉を待つ。
「なので、静也様は、わたしの通う学校に通っていただきたいのです」
「学校?学校って、アリアさんが言ってた、魔法を学ぶ学校?」
静也の問いにアリアは首肯する。
「というより、学校として改装された世界樹『イグドラシル』の一部に静也様の部屋を召喚していますから、一応学校の生徒として扱う事になります」
「…………成る程」
ひどい理屈もあったもんだ。
早い話外堀埋めて無理やり枠に収めてるだけじゃないかなと思いつつ、静也は仕方なしに納得する。
「で、その学校の生徒として、俺はどうすればいいんだ?」
ほかの疑問も尽きないが、このままずっとアリアと話し込んでいても埒が明かない。
静也はそう自分の中で割り切ってアリアに問う。
「はい。まずは勇者…ではなく、静也様の召喚をこの『ウィジス学園』の学園長先生にお話しようかと」
「ふーん…ん?ウィジス?」
学校の名前をどこかで聞いたな、と静也は頭をひねった。
「……………あ、あんたの名前」
そしてアリアのファミリーネームだと気付いた。
「あ…やっぱり気付いちゃいますよね…。はい、この学園は勇者と結ばれたエルフの魔法使いが創設し、代々わたしの家が学園長を務めています」
「因みに今の学園長はわたしの母です」と、少々恥ずかしげに、アリアは頭を下げるのだった。