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Act3:ゼブオード

「………うん、痛い」


 部屋の扉を開けて一度閉め、そして静也は自分の頬をねじ切れそうなほどつねっていた。

 痛い。涙がでる。


「夢の続きって訳じゃないな。うん」


 夢であってくれという願望を含んだ言葉だが、古典的な夢と現実の判断方法と、今自分を襲う頬の痛みがこの状況が現実であると伝えていた。

 表向き冷静に見える静也だが、めちゃめちゃテンパっていた。


「とりあえず、この娘が目を覚ますのを待つかな」


 未だに自分の足元で気を失う少女を見ながら静也は頭を垂れる。

 この状況の原因が彼女であるのは自明の理だ。ならば色々と説明してもらわなければ。

 静也はとりあえずベッドの上に散らばった本の山を片付け、そこに少女を抱き上げて寝かせてやった。


「……あれ?」


 そしてふと気付いた。


「俺、こんなに筋力あったっけ?」


 確かに少女はやや小柄で見た目からしてそれほど体重は無いと思った。

 しかしだ、だからと言って人間|(人間?)一人をいち高校生があっさりと、なんの苦も無く抱き上げるなど出来るだろうか。

 因みに静也はどこの運動部にも所属していない。

 喧嘩だって3人程度が相手なら道具を使って、すばしっこく動きまわれば上手く立ち回れるが、5体1なら即逃げる。

 多少機転が利くだけで、赤月静也という少年はどこまでも一般的な男子高校生の域を出ないのだ。

 だが、現実として静也は少女一人を軽々と抱き上げている。


「………………」


 少女が目を覚ますまで持て余した時間を潰すついでに、静也は散らばっていた多数の大学ノートとボールペン、そしてまだ何も書かれていないノートを手に取った。






「……う…ううん…」


 あれから10分ほど経っただろうか。少女は一度うめき、ゆっくりとまぶたを上げた。


「あれ…?わたし…」


 そうして辺りを見回すと、部屋の中央で何かを書き綴っている少年に目が行った。

 黒い髪に三白眼で少女にとっては初めて見る学生服を着た少年。


「……あ!」


「あ?」


 思わず声が出て、少年、赤月静也の視線が少女に向けられる。

 目付きの悪さは折り紙つきなので意図せず威圧感を与える。


「………う、その」


「…………ああ、初対面だとそういう反応は慣れてる」


 しどろもどろな少女の様子に、静也は「またやっちまったか」と呟いた。

 すでに彼の視線はノートに戻っている。


「あの…」


「そのままでいい。いくつか質問するから答えられる範囲で答えてくれ」


 少女に声をかける間もペンを動かす手は止まらず、結論が出ないのか軽く余白をペン先で叩く動作も見受けられた。


「返答は?無理にとは言わないけど」


「へ?あ、どうぞ…」


 静也に促されて、少女も思わず頷いた。


「質問その1。ここは俺の住んでた世界じゃない?」


「は、はい。貴方達の暮らす世界は『リラオード』、今ここに居る世界は『ゼブオード』と呼ばれています」


 少女の返答に静也は少し渋い表情を見せる。


「(今ので質問が増えたな…)質問その2。あんたは人間じゃないな?」


「はい。わたしはエルフ族…いわゆる亜人種と呼ばれる種族です」


「名前は?」


「アリア・ウィジスです。……アリアが名前です」


「文化形態の違いを考慮してくれてありがとう。俺は赤月静也だ。静也が名前な」


「静也様、ですね。素敵なお名前です」


 静也の名前を聞いて少女、アリア・ウィジスはにこりとはにかんだ。

 様付けで呼ばれたのをこそばゆく思う静也だったが、そういった議論は後回しにする。


「質問その3。アリアさんはなんで俺の夢に出てきた?」


「え?…それは、その…」


 アリアはその質問に対して申し訳無さそうに頭を垂れた。

 静也は夢の中の状況からその原因を察していた。


「『世界を救うために勇者として声を掛けた』…か?」


「…ぅ…」


 図星を突かれてアリアが黙りこんでしまう。


「その様子だと、何かしらの一定条件が揃えば誰でも良かったらしいな」


「はい…。必要条件は『勇者』という言葉に強く意識を縛られている人物に限られます」


「…………」


 強く意識を縛られている。

 すなわち勇者というものに強く憧れる人間も、トラウマを持っている人間も該当するということか。


「………質問その4。俺が住んでた世界…リラオードだったか?それとゼブオードとの重力差はどの位だ?」


「………驚きました。歴代の勇者でそのような質問をした人物は居ませんでしたよ」


 静也の質問にアリアは目を見開いてそう言った。


「答えになってない。重力差は?」


 集中を途切れさせないためか、アリアの称賛をあっさりと受け流して回答を促す。

 急かされたアリアは慌てて「えーっと…」と記憶をサルベージし、答えた。


「………文献によれば、ゼブオードはリラオードのおよそ1/6程度の重力だと記されていますね」


「…月の重力とほぼ同じか。だったら納得がいくな」


 アリアの体重がリラオード…すなわち地球重力で40~50㎏程度だと換算しても、このゼブオードでは10㎏にも満たないのだ。

 だとすれば静也の腕力でもあっさりと抱き上げられるのは当然というものだろう。


「月?なぜここで女神ルミナスの名が…」


「ストップ。こっち側の話だから、その女神ルミなんちゃらは関係ない」


「……そ、そうですか」


 即座に切り返されたアリアは、静也の視線にすごすごと引き下がる。

 というか地動説とか天文学とか衛星とか惑星とか、その辺りの事は多分理解してもらえない。

 月=女神という論理を持ってきた時点で、静也はアリアの質問を却下した。


「……ん?」


 ふと、静也の思考に更に一つ疑問が去来した。


「そういやあんた、リラオードにあった俺の部屋で平然と動いてたけど、重力は?」


 そうだ。

 ゼブオードがリラオードの1/6の重力だとするならば逆もまた然り。

 突如2~300kgになった肉体を支えきれる人間など存在するはずもない。

 過重による負荷が頭頂部からつま先まで一気に降りかかり、関節は砕け、筋肉も軒並み千切れる。

 そして確実に頚椎や脊髄が手の施しようがないレベルの損傷を負うことになるだろう。

 なのにこの華奢な少女は今もピンピンしている。

 静也の頭のなかには、何故だろうかという疑問と同時に、ある種の予知じみた直感もあった。


「それについては、私の周囲の重力をゼブオードと同じにする魔法を掛けていましたから」


「………だよなぁ」


 見事的中。

 異世界、亜人、勇者とくれば魔法という技術体系があってもおかしくはなかった。


「質問その5。これが俺の中で一番のキモなんだが…『リラオード』と『ゼブオード』は、もしかしてずっと昔から互いの存在を密かに認知、あるいは交流を取ってなかったか?」


 最初の質問から派生した最後の質問をアリアへと投げかける。

 最初の、と銘打ってはいるものの、今までの会話の内容を紡ぎ合わせていった結論である。

 昔からある御伽話おとぎばなしや英雄譚などは、当時の人間が事実を隠蔽するために脚色して伝えられたものだと言われている。

 そう、『作り話なのだからそんなこと在るわけがない』と。

 エルフ族然り。魔法然り。勇者然り。異世界然り。


「決して公にならない程度に、秘密裏に、ごく僅かな交流を取ってなかったか?」


「…………」


 そう締めくくった静也を、アリアはまっすぐに見る。


「………見事です、勇者様!」


「うわ!?」


 そして満面の笑みで静也の胸に飛び込んだ。

 少女特有の柔らかい身体に密着され、静也は驚く。


「ちょ、ちょっとアリアさん!?いきなり何を…というかさっきからなんで勇者だとか言ってる!?」


 「質問の答えになってない!」と叫んで静也はアリアを引き剥がした。


「あとですね、女の子がそう簡単に男に抱きつくもんじゃありません」


「……あ、えと…すみません…」


 真面目な顔で諭され、自分がかなりこっ恥ずかしいことをしたと気付いたアリアは、ベッドの下のお宝(トレジャー)を読んでいた時と同じくらい顔を真赤に染めた。


「で、どうなんだ?俺の仮説は」


「はい。静也様のおっしゃるとおり、ゼブオードはリラオードとごく僅かな交流を取っています」


 アリア曰く、リラオード…すなわち地球の各国の首脳陣はゼブオードと密接に関わっているそうだ。

 理由は単純、世界のバランサーとして。

 「魔法」という異形の技術は、リラオードの歴史の裏に関わっている。

 曰く、元寇げんこうでの神風。

 曰く、百年戦争という長すぎる戦争期間の原因。

 曰く、とある貴族が魔法使いと契約して変じた吸血鬼。

 曰く、仮初めの命を生み出す魔法と人間の死体を用いて作られた人造人間。

 曰く、見た目こそ岩だがその実、亜人の卵から生まれた猿。

 他にも枚挙にいとまがないほど歴史上の奇跡やら御伽話の裏側などを並べられた。


「……それで、ゼブオードの人間には対応できないとのことで、リラオードに逃げ込んだ錬金術士が生み出したとされるゴルゴーンを討伐する為に、魔法使いが…」


「……って、ちょっと待て」


 ギリシャ神話の真実を話しているアリアだが、静也は一旦話を切る。

 話を聞いているうちに腑に落ちない点が出てきた。


「………話を聞く限り、ゼブオードに取って、リラオードとの交流はリスキー過ぎないか?」


 そう、リラオードに取っては良くてもゼブオードに取ってはデメリットしかない。

 双方の利点が明らかな一方通行なのだ。

 なのに未だその交流が続いているという事実に、静也はつい疑問を向けてしまった。


「いいえ、こちらの均衡を保つためには、リラオードとの交流が不可欠なのです」


 しかし、静也の疑問にアリアは首を振る。

 そして、


「この世界には、勇者様が必要ですから」


 静也に取って最も望まない言葉を口にした。

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