Act14:下準備
この話の内容に出てくるものは素人のにわか知識で描写したものなので軽い考えで絶対に作らないでくだい。
大変危険です。
静也とレインの初授業から5日が経過した。
この日の実技授業も彼女との組手を受けている真っ直中である。
「オラァ!」
「甘いっ」
静也は右手に持ったロッドで突きを繰り出す。
それを見たレインは以前の突き同様に後ろに下がりながら受け止めようとするも、ロッドを掴む直前に真横に跳んだ。
急な方向転換で流れた髪の毛先が数本ロッドに絡まり、直後に千切れ飛ぶ。
前回の対応を教訓に、静也が突きに『捻り』を加えた一撃だ。
もしレインが前回同様掴んで動きを止めようとしたならば掌の皮が抉れていた。
「……おいおい、わたしの手を吹っ飛ばすつもりかな?」
「あんたならすぐに治せんだろが!ひょいひょい避けてる癖に何言ってやがるッ!!」
呆れを含んだレインの叱責に静也は皮肉を返す。
静也の言葉通り、この間放たれている凄まじい突きの嵐をレインは平然と躱していた。
その様に静也は埒が明かないと思ったのか、左手に握り直したミスリルロッドを右側からレインへ薙ぐ。
ひと薙ぎで突風すら起こせそうな一撃はレインが半歩退いただけで容易に躱された。
静也はそれを読んでいたのか、更に前に出てロッドを振り下ろす。
しかしレインは冷静にロッドを傾け、静也のロッドを受け流した。
弾かれた一閃はマットにぶつかり、その下から嫌な音が響く。
「…む」
「うげ」
一度組手を中断した二人がマットをめくると、床板に大きなヒビが入っていた。
「……こらこら。いくらなんでも力の入れすぎだ」
「し、仕方ねーだろ!?マジになったら加減なんざ効かねーよ!」
レインの非難の目を受けて静也は目を泳がせる。
その口調は初対面の時とは打って変わってかなり砕けたものだ。
最初の授業から自分の素を暴かれた静也は、レインと二人きりの時は敬語を無くすようにレイン自身から厳命されていた。
静也は拒否したのだが、「常に肩肘を張っていては疲れるだろう?」と説き伏せられた。
普通なら断固拒否するところだが、絶世の美女(褐色巨乳)が膝に手を当てて前かがみで胸を強調し、上目遣いで見つめる姿に押し通されない男は居るだろうか?いや居ない。
等と静也が下らないことを考えている合間に、レインが大地魔法を用いて床板を修復させていた。
最初に彼女が見せたような詠唱などは無かったが、それも静也に取って見慣れたものだ。
簡単に言えば、レインは魔法の詠唱破棄を使える。
通常、魔法を使う際にはイメージの固定化の為に詠唱することが必要だが、レインはその天才性から詠唱をすることなく魔法を行使することが出来たのだ。
そしてその詠唱破棄は一特科の必須科目となっていたりする。
レイン曰く、「二系統以上なら難しいが、一属性に絞られる一系統魔法使いならなんとか会得出来る」そうな。
それを聞いた静也は、「一系統で一杯一杯なのに、五系統で平然と詠唱破棄使いこなすあんたはどーなんだ」と思ったそうな。
「よし、修復完了。では続きをしようか」
その言葉と同時にロッドの打突が飛んできた。しかも静也がやったような『捻り』のおまけ付き。
「唐突っ!?」
レインとの組手ではこういった不意打ちも結構あるのでなんとか躱す。
左の二の腕に掠り、摩擦熱による痛みが静也を襲う。
「痛でぇッ!真似すんなッ!!」
「はっはっはっ。なかなかいい発想だったのでね」
「だからってすぐに実戦に映せるか!?普通ならもうちょい考えるぞ!?」
「手数は増やしておいた方がいいからな。こういった組手はいい機会だ」
「バカだろ!あんた実はバカだろ!!」
そんなやり取りの合間も攻撃の応酬は止む気配がない。
レインは無駄な動きを排した流れるような動きで静也へとロッドを叩き込む。
対する静也の動きは一貫性の無い滅茶苦茶な動きだった。
ロッドを振り下ろしたかと思えばそれを軸にして跳び回し蹴りを放ち、外れれば体幹を回転させてロッドを振り回す。
「(チィッ…!やっぱこの人、巧い!)」
しかしてその攻撃は全て受け流された。
そしてレインの反撃が始まる。
「だぁら!」
「少し大振りだ……なっと」
「ぅおおっ!?」
振るわれた静也のロッドを遠心力が乗り切る前に掴んだレインは、その勢いを利用して静也を投げ飛ばす。
彼女の真骨頂、相手の力を利用したカウンターである。
どうやらエルフというのは種族的な問題で筋力が人間や他の亜人より劣るらしい。
それをレインは類稀な技術で補っているというわけだ。
………余談だが、静也の格闘能力はリラオード人の身体能力もあり、魔法を使わないエルフの騎士団長程度なら容易にボコボコに出来るとレインが評価していることを、ここに記しておく。
「ぜはー…ぜはー…」
「はい、お疲れ様でした」
「うるぜぇ…」
例によってボコボコにされた静也。平然と見下ろすレインを睨みつける。
「ははは、喋れる元気があるなら十分だ」
「いいから療魔法掛けてくれよ…立てん…」
手足を力無くばたつかせて言葉を投げる。
その様子にレインは「はいはい」と苦笑しながら静也の腹に手を当てた。
「……あー…やっぱこれいいわー…」
「こーら、変な声を出さないっ」
レインの掌を中心に、心地良い温かさが広がって声を出した静也に、レインがくすくすと笑って注意する。
仰向けに転がって妙な声を出す少年とその腹を擦る美女教師。
端から見るとかなり危ない様な甘い様な構図だが、この場にそれをツッコむ者は居なかった。
時と場所は変わって夜、静也の家。
シャワーで軽く汗を流した二人は、4日前にレインがイグドラシル内部に増設した地下室(地下室?)にやって来ていた。
………因みにシャワーを使ったといっても、授業初日の様なトラブルは起こしていない。
「………相変わらずひどい臭いだな、ここは」
「……ワリィ。こればっかはどうしようもねーわ」
鼻と口をマスクで覆ったレインが眉間にしわを寄せると、同じくマスクを付けた静也が申し訳無さそうな目を向ける。
室内はマスク越しでも判るほどの悪臭が充満していた。
すぐに静也は出入口横のスイッチを入れる。
数秒の間を置いて照明が部屋を照らし、換気扇が悪臭を外へと飛した。
臭気に関してだが、家の直ぐ側に出口を作っては色々とまずいので通気管をイグドラシルの頂上まで繋げて事なきを得ている。
そしてこの部屋は本当に危険なので、静也とレイン以外の立ち入りは厳禁だ。
「それにしても、お前の作っているものがいまいち分からない」
「あー…確かに先生にゃわかんねーだろうな」
静也は作業机に向かいながら苦笑する。
作業机の上にはいくつかの大きな乳鉢や黄色い石、木炭や白い粉などを入れた器が置いてあった。
静也はまず乳鉢と木炭を手に取り、木炭をゴリゴリと磨り潰す。
続けて別の乳鉢に荒く砕いた黄色い石を放り込み、更に細かく潰す。
粉末状になった黄色石を木炭と混ぜる。
革張りした大鉢にその混合物を入れ、白い粉を入れた。
軽く混ぜ、水をブチ込んでよく混ぜる。
「はい、ここで取り出したるは土鍋&七輪。レイン先生謹製」
「………最初に作ってくれと頼まれた時は、そんなものを煮込むためなんて思わなかったよ」
「言ったら断りそうだったしなー」
「生徒の頼みをそんな事で断るほど、狭量な教師ではないよ」
「そりゃありがたいこって」
残っている木炭を七輪に少し放り込み、赤ジェムを数個入れてナイフで砕くと、一瞬炎が立ち上って木炭が赤熱化した。
七輪に金網を被せて陶器の手鍋を載せ、真っ黒な液体を流し込む。
しばらく木べらで混ぜながら沸々と煮込む。
十数分煮込んだそれを七輪から外してしばらく放置。冷えるのを待つ。
その間に一階に上がって食事を摂った。
今夜はレインが腕を振るい、静也はそれを絶賛。
「そ、そんなに褒めても何も出ないぞー」と言いつつ食後のデザートにプリンが出てきた。
静也と相伴にあやかったアリアは「相変わらずチョロい…」と思ったそうな。
筋トレしたりレインに魔法理論の個人授業を受けたりそんなこんなで一時間後。
「はい。土鍋に入れた煮汁が冷えました」
「…………さっきから誰に向けて言っているんだ?」
「ツッコまない方向でよろしく」
無駄な漫才をしている合間に静也は笊と綿布とガラスボウルを作業机に置き、土鍋で煮詰めた煮汁を流し込む。
綿布を巾着型に結び、濾した混合物を両手で絞った。手が汚れるが気にする素振りもない。
目の細かい別の笊に水気を切った混合物を入れてガラストレイに置き、イグドラシルの枝で作ったすりこぎ棒でゴリゴリと擦る。
暇潰しにと、静也は作業中にふと気になっていたことをレインに訊いてみた。
「なあ先生」
「なんだ?」
「こうやって何ぞか作ってる俺見てどう思う?」
「…………ふ、フツージャナイカナー」
「オイダメ教師こっち見ておんなじ事言ってみろや」
どうやらかなり怪しいらしいが、事実なので仕方ない。
なんだかんだで数分後。
「………取り敢えず、出来上がりでーす」
「わーわー」
静也の宣言に暇そうにしていたレインが拍手する。言葉はひどく棒読みだったが。
ガラストレーには、800g程の黒い粉末が小山になっていた。
「あとはこれを乾かします」
「どれくらい待つんだ?」
「一晩くらい」
その言葉にレインは眉をひそめる。
「………わたしが居た意味、あったのか?」
「あんぞ。下手うちゃ…『ドカン!』だから後始末のために」
「………」
その言葉を聞いてレインはツカツカと静也に歩み寄り、
「ばか者ッ!」
「いだいいだいいだいいだいいだいいででででででぇっ!?」
背後から静也の手首を掴んでパロ・スペシャルを極めた。因みにパロ・スペシャルは某超人のフェイバリットホールドとして有名だが、実在するレスラーが開発した技である。
「なんであんたパロ・スペシャルなんて知ってんだあいだだだだだだだだっ!!!」
「やかましいッ!それよりもだ!」
ギリギリと両腕を極めたままレインは静也を怒鳴りつける。
「何故そんな危険なモノを作った!下手をするとお前が真っ先に大怪我を負っていただろう!」
「わかった!言いたいことは分かったから放せいだだだぎゃあああああああああああ!!!」
結局再び両肩をハズされ、ハメ直された所で漸くレインは落ち着きを取り戻す。
「…………で、何故お前はそんな危険物を作った?」
「……単純に、俺が魔法使えねーから」
バツが悪そうな顔で静也は答えた。
「身体能力で何とかならないのか?」
「今のところはどうとでもなるだろーよ。相手が魔法使いでもモンスターでも一対一ならだけど。……それが複数になったり、相手が大規模な魔法の使い手だったら、お手上げだ」
それに、と静也は続ける。
「今の俺に必要なのは、戦略の幅だ。『これ』があれば、迷宮攻略の策がぐっと広がる」
椅子に腰掛け、まだ湿っている粉末を摘んでは落としながらそう締めくくった。
同じく椅子に座ったレインは怪訝な表情のままである。
「……その粉が、お前のハンデを埋めるのか?」
「この粉が、俺のハンデを埋めてくれるんだよ」
オウム返し。
そしてその言葉の真偽は翌日明らかとなる。
翌日夕方、静也の家。
「…………す、凄いな」
「そうでしょ?」
外に出て例の粉の効果を知ったレインは驚きに目を見開いている。
授業を終えて静也に付いてきたアリア達四人娘も、同様にあんぐりと口を開けていた。
それもそのはず、静也の作った粉の効果で実験用の木箱が吹っ飛び、床は白煙を上げて黒く焦げ付いていた。
「はぁぁ…凄いどすなぁ…」
「……びっくり…です」
「なんなんや、あの粉?」
「流石静也様です…」
「何を以って流石とするのか分からない」
アリアの言葉に冷静なツッコミを入れた後、静也はレインに向き直る。
「んじゃーレイン先生、迷宮攻略の開始日までの間にこれを量産しますから、よろしくお願いします」
「あ、うん…」
静也の生み出したモノへの驚愕から抜け出せないレインは空返事を返す。
その様を見て静也は苦笑しつつ、迷宮攻略のため、次の計略を企てるのだった。
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改めて、この粉は素人のにわか知識で描写したものなので絶対に作らないでください。