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Act12:レイン先生のはちみつ(スパルタ)授業

ブクマが2件つきました。評価もされました。

ありがとうございます。

 静也の視線がぐるぐると流れていく。

 次の瞬間にはマットの上に仰向けで叩きつけられていた。

 全身がひどく痛む。

 インナーの下の肉体には両手でも足りないほどの青あざが出来ているだろう。


「………痛ッ…てぇ…」


 何度も打ち据えられて痛む喉からなんとか声を絞り出すと、その喉に棒状の何かが突きつけられた。

 白と黒のそれを持つレイン・シチリカは静也と目が合うとにっこりと微笑み、


「立て、次だ」


 容赦なく稽古を続けると告げた。







 事は十数分前に遡る。


「はいっ」


 静也は眼鏡を外したレインから唐突に棒を投げ渡された。


「おっと……なんスかこれ?」


 全長150㎝、直径3㎝のそれを咄嗟に受け取った静也は何とはなしに棒を持ち上げてみる。

 軽量の金属製で両端25㎝は白く、内側は黒く塗られたただの棒だった。


「エルフが護身術を習得するのに使うじょうだよ。ミスリル製だから軽いだろう?」


「オゥ、ファンタジー金属ッスか…」


 くるくると軽く振り回すが、静也の手の中のミスリルロッドは重量をほぼ感じさせない。

 端を持って真上に投げ、回転するロッドを背中越しにキャッチするとレインに向き直った。


「…で、これで何をしろと?」


「うむ、わたしと実戦形式で稽古をする」


「…………」


 何となく予想はしていたのか、静也は目を細めて鼻を鳴らした。


「どうした?女に手を上げるのは気が引けるか?」


「いや、別にフェミニズム掲げてるつもりはありませんが…レイン先生が相手だと加減が…」


 その言葉にレインはむっと目を細める。


「…まるで自分が勝つ様な言い草だな」


「いやいや、逆です。俺がレイン先生に到底敵わないのはわかっちゃいますから、必然的にマジになっちまう。ってなると偶然いいのが入ったら…」


 レイン先生がタダじゃ済まないでしょう?と静也は肩をすくめた。


「ほっほーう……ナメてるな?」


「いやいや、まさ…かぁっ!?」


 振り下ろされたロッドを同じくロッドで受け止める。

 不意打ちを防御した静也が恐る恐るレインを見ると、彼女は笑っていた。


「………戦いに偶然はない。状況判断力、反射能力、戦術構築力。あらゆる事柄を正確に判断し、如何に相手を下すかを組み立てられねば勝ちは拾えん。………お前もそれが分からないワケじゃあ無いだろう?」


「はっ…はい…」


「返事にはサーを付けなさい」


「り、了解しております!サー!」


 有無を言わせない雰囲気に静也は完全に呑まれていた。


「何をぼさっとしている。足元がお留守だぞ?」


「うぉっ…!?」


 レインはロッドを巧みに操り、静也の両足をすくい上げて転ばせる。

 そのまま静也の腹にロッドを突き立てた。


「がぅっ!」


 正確に水月を打たれて静也の呼吸が一瞬止まり、次の瞬間には喉元にロッドを叩きつけられていた。


「か…ぁ…」


「さあ、次だ」


 笑顔のまま冷静に続行を告げるレイン。

 打たれてひどく痛む喉をひゅうひゅう鳴らしながら静也は苦笑した。


「は…はは…打ち身程度で済みますように…」







 それが十数分前の出来事。

 静也は「打ち身程度で済めばいい」などとのたまった先程の自分を罵ってやりたいと心の底から思っていた。

 早い話レインにこれでもかとボコボコにされていた。


「ハァッ…ハァッ…!」


 ロッドを杖代わりになんとか立ち上がるも、膝が若干笑っている。

 レインが静也との組手で真っ先にやったのは『足回りを潰す』こと。

 ロッドを用いて正確に脚の経絡ツボを突き、下半身の駆動を制限したのだ。

 「魔法なしで静也のように走り回るのは無理があるので、条件を対等にさせてもらう」とは彼女の言。

 どうやら先日の模擬戦で、だいたいの静也の身体能力を推し量ったらしい。

 その上で素の身体能力…特に機動性は対等にしておくべきだと判断したようだ。


「ハァッ…ぜぇ…パワーじゃ敵わんからって…エグすぎる…!」


「ははは、それだけ打ちのめされても立ち上がれるタフネスも大したものだ」


 静也はレインを睨むが彼女はそれを笑って流す。

 それを油断と捉えてロッドを振り上げる。

 しかしレインはそれをあっさりと受け流し、自らのロッドを静也の股の間に突き立て、棒高跳びの要領で跳躍した。

 攻撃を躱された静也はそのまま梃子の原理で後ろに引き倒される。


「ぐぉ!…っぁあっ!!」


 即座に後転、受け身を取って腕のバネを使って跳ね上がる。

 着地の瞬間、制限された膝が悲鳴を上げた。


「ふむ、今までただ殴られていたワケじゃあ無いようだな」


「ざっけんなダメ教師…!あんだけサンドバッグにされりゃイヤでも対策立てらぁ…!」


 荒い口調で静也はレインへ、吐き捨てる様に呟く。

 その様子にレインは一瞬目を見開くが、すぐさま嬉しそうに口元を吊り上げた。


「………うん、うん」


「…?んだよ?」


「やっと『素』が出たな」


「ッ!」


 レインの指摘に静也はしまったと口元を押さえる。

 その様を見てレインはくすくすと笑った。


「………なんのことですか?」


「演技はいらんよ。お前がこの世界ゼブオードに来てから、みんなに壁を作っていたのは気付いていた」


 苦し紛れにとぼけた静也へ、レインはきっぱりと言い放つ。


「………はぁぁぁ~」


 自身の演技が完全に看破されていると察し、諦めた静也は大きくため息をついた。


「……いつから気付いてた?」


「初めて会った時から」


「………チッ。母さんにもバレたこと無かったのに…」


 静也の口調が荒々しいものに変わった。

 普段半眼気味の三白眼も見開かれ、鋭い。

 忌々しげに舌打ちながら静也は頭を掻き、ゴキ、と首を鳴らした。


「なんで分かった?」


「父や兄弟が、公的な場ではわたしに対し、お前のように演技をせざるを得ない人だったからな、そう言った駆け引きに慣れたまでだよ」


「……はァン(つまり権力者の娘ってワケね。………どーにも、面倒なしがらみがありそうだけど)」


「あとな、静也。お前の演技、見る人が見るとすごく雑だぞ?特に他人へのツッコミには演技がブレてる」


「ほっとけ。………あー、クソッ」


 無駄話である程度体力を回復した静也は構えた。

 その構えは、先程までの素人丸出しのそれとは微妙に違っていた。


「……ほぅ?」


 その様にレインは少し驚きを見せる。

 やや半身、右足を前に出し、左足は横向き。

 レインへ向けるロッドは下段、反対側は上。

 左右の手はロッドの中心からきっかり30㎝の位置に握られている。

 僅かに、ほんの僅かにだが、静也の構えは武を学んだ者なら分かる程度に洗練されたものだった。


「意外だな。何か武芸をしていたのか?」


「本で読んだ基礎を反芻しただけで、素人に毛が生えた程度だ。悲しいくらいに才能が無かったんでな」


 皮肉げに口元を歪ませながらレインの質問に答える。

 三白眼を見開き、犬歯をむき出しにするその様は、レインに空腹の獣を思わせた。


「才能がない、か。……だが、その気迫は凄まじいな」


「『だが』とか付けてる時点で気迫だけって言ってる様なもんじゃねーかコノヤロー」


 軽口を叩きつつ、静也は右足を曲げる。

 ゆらり、と自然な動作で体幹が前傾する。

 次の瞬間、静也は『飛んだ』。


「ッ!?」


 レインは静也の跳躍にバックステップで対応しようとするが、静也の方が速い。

 静也はレインとの距離を一気に縮めるとロッドを一瞬後ろに引き、


「―――ッぁああぁっ!!!」


「くぅっ…!」


 下から上へすくい上げるようにレインの腹目掛けてロッドを突き出した。






「………惜しかった…な…」


「……チィ…!」


 静也の会心の一撃は、僅かに逸れてレインの右脇腹を掠る程度に留まった。

 そしてそのロッドはレインがしっかりと受け止めている。


「まだだ!」


「いいや、終わりだよ」


 そう言ったレインは静也のロッドに力を込める。


「ッ!?……なんッ…!?」


 次の瞬間、静也はマットの上にうつ伏せに押さえつけられ、ロッド2本とレインの手で両腕を完全に極められていた。


「そろそろ時間だ。今日の稽古はお終い」


「ざけんな!俺はまだ…ッッッ!?」


 反論しようとした瞬間、静也は自分の両肩から、ゴキンと嫌な音を聞いた。


「………ぃぃいっ…だぁぁぁぁぁぁぁあああああぁっ!?」


 直後に痛みが静也を襲う。

 パニックを起こしながらも頭のなかで「ああ、両肩をハズされた」と理解できた。


「お前の気性はもう理解したのでな。少々手荒だがこういう手段を取らせてもらう」


 レインは静也の背中にまたがって耳元でそう囁く。


「…ギ…!?」


 その後両手で頸動脈を押さえつけられ、十数秒経つと静也の意識はあっさりと落ちた。

 やっと大人しくなった静也にレインはほぅとため息をつく。


「………ぁいたたた」


 気を抜いた瞬間訪れた痛みに顔をしかめた。

 魔力を生成し、ロッドが掠った右脇腹に右手を当てて療魔法をかける。


「………確かに才能は無いが、努力は無駄になっていない様だな」


 レインは気を失っている静也を見下ろしながら微笑んだ。

 軽口を叩いていたが、先程の一撃は余程の研鑽を積んだものだろうと、一武芸者として嬉しく思っていた。


「鍛え甲斐がありそうだよ、全く」






 数十分後。


「………ん…?」


 仰向けで寝かされていた静也はゆっくりと眼を開く。


「……ああ、負けたのか、俺」


 億劫そうに起き上がって周囲を見回すと、まだ自分が体育館に居ると分かり、レインが居ない事に気づく。

 両肩の脱臼は治されているので何らかのトラブルに巻き込まれたワケでは無いだろうが。


「………先生、どこ行ったんだ?」


 考えられるとすれば、アリア達を呼びに行ったとかだろうか。

 などと考えながら立ち上がると、全身に鈍痛が響く。


「いでで……って、あんだけ激しく動きゃ当たり前か…」


 筋肉や関節が疲弊した身体に汗が伝うだけで鈍い痛みがじわじわくる。

 おまけにインナースーツはぴっちりとしているので汗の感触が尚更気持ち悪い。

 「確かここ、シャワールームあったよな」と静也は痛む身体を引きずって、更衣室へ足を運んだ。






 ずりずりとすり足気味に歩いて更衣室の前に到着。

 何も考えずに静也はそのドアを開いた。


「む?」


「……………………は、い?」


 静也の黒瞳と赤い瞳の視線が交錯する。

 濡れた銀髪の上にタオルを適当に被せ、今まさに下着を穿いているレインの姿があった。

 身に着けているのは中途半端にずり上げた下着パンツと頭に載せたタオルのみ。


「な、ん…!?」


 つまりは褐色の肌のほぼ全てが真正面から見えているわけで。

 静也の視線を釘付けにした最終兵器リーサルウェポンが一切の遮蔽物無く晒されているわけで。


「………うん、うん」


 女性の柔肌など殆ど免疫のない静也は組手時以上の汗をだらだらと流し、みるみる顔が真っ赤になっていく。

 そんな静也の様子に裸のレインは平然とした態度で頷いた。


「その様子を見るに、下衆な目的で入ってきたワケじゃあ無いな。大方汗を流したいからこっちに来たといったところか」


「あ、う、そ、そうです、はい」


 裸体を隠そうともしないレインを視界に入れまいと、静也は油の切れたブリキ人形の様にギリギリと首を動かす。


「し、失礼しまし」


「待った」


 背を向けようとした静也をレインが引き止める。


「まあ、目を覚ました時に書き置きでも残せば良かったんだろう。そこにわたしの非はある。だが」


 再びギリギリと首を動かすと、レインは笑顔で右手を上げていた。


「淑女の肢体を見てしまったのは、頂けんな?」


「………ごめんなさい」


 笑顔のレインを静也は本気で怖いと思った。

 脱水症状というレベルじゃない勢いで汗が流れ落ちる。


 スパァ――――ン!!という小気味良い乾いた音が第二体育館を震撼させた。

身体能力が強くても相応の技量が無いと無双出来るわけじゃないですね。

その点で言えばレイン先生の戦闘技術は作中で最高クラスです。

魔法も使えばアルギル先生より強いです。

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