今度こそ」
今日はしっかりと、ジルコに階段の場所を聞いておいた桜樹。
今日こそ地に足をつけるべく歩き出した。
「はぁ、植物の匂い…」
桜は久しぶりの外の香りに、深く深呼吸した。
しかし、久しぶりの空気の匂いはやはり前の世界とは違っていた。
前の世界と違い、科学の進んでいないこの世界は空気が澄んで、綺麗なのだ。
「ほんとに、異世界に来たんだね」
ポツリと呟いた一言を聞いていたのは、側に咲いた一輪の黄色いユリだけ。
一瞬その黄色いユリを見た桜樹はそれもすぐに意識を逸らす。
そして視界の端に写るたくさんのアネモネの方へと歩き出した。
桜は歩き続けていた。
白い石畳の上をひたすら。
だいぶ色んな道を歩いたので戻れるか不安だ。
とりあえずは今歩いてる石畳から逸れないように気をつけようと心に決める。
たとえ今、背の高い木の生い茂った森のなかに居たとしても。
いきなり明るくなった視界。
太陽の光を片手で遮りながら、顔を上げる。
広場のようになったその空間には、たくさんの花壇と、1つの白いログハウスが建っていた。
ぐるりと桜はあたりを見渡した。
人の気配を感じる。
それは、向こうも同じだったのか建物の裏から1人の少年が現れた。
「…誰」
警戒心剥き出しの鋭い瞳。
生まれてから初めて見た自分への敵意に思わず桜樹は笑みを浮かべる。
「桜樹よ。ついこの間、召喚された異世界人なんだけど…しらない?」
「…興味ない」
スッと視線を逸らすと彼はそのまま桜に背を向けた。
輝くような金髪に海のような蒼い瞳。
そして、よく見ないとわからない程度ではあるが、尖っている耳。
そんな特徴を持つヒトについて、ジルコから聞いていた。
『国王様が婚約なさる前に街に住んでいたエルフとの間の子で、国王様の長男』
という話を、一昨日暇つぶしの1つとして聞かされていた。
今は現在15歳の次男(正妃との子)がいるからまだしも、長男ということでかなり王妃様に嫌われているという。
王妃様はエルフが王宮内を歩くのも嫌がる。
でも、国王様は責任を感じて追い出さない。
噂でしか無いのだが、かなり信憑性が高いんだそうだ。
桜は花畑のようにたくさんある花壇の間を縫うように歩く。
近づいてきた桜樹に少年は訝しげな表情を向けた。
「ずいぶんと悲観的なのね」
桜は辺りの花々をぐるりと見渡しながらそう言うと少年に目を向ける。
「孤独、空虚、私を見つけて、私を連れ出して、傷心…。しらない花もかなりあるけど、全部自分の身を嘆いたり、助けを求めるものばかり」
そういった桜に少年は驚いた表情を浮かべる。
警戒心が薄まったことに、クスリと笑みを浮かべた。
「…おまえ、本当に異世界人か?」
それも一瞬のこと。
コロコロ変わる雰囲気に桜はまた笑みを浮かべる。
「向こうの世界にもあった花だから知っているだけよ、その様子だとあっているみたいね」
桜の言葉から目をそらす少年。
桜と同い年に見える少年、それは当然桜より高い位置に頭があるということ。
優希と違い、届きにくい位置にある少年の頭を桜は撫でる。
「あなた、名前は?」
「………セイ」
狼狽しながらも答える彼、セイ
桜の浮かべた笑みを見つめながら、だんだん落ち着きを取り戻す。
それでも、桜の手を振り払うことはしない。
「そう、セイね。私は桜よ」
「…知ってる」
「そ、聞いていないかと思ったわ」
最後にクスリと笑って手をずらす。
ずれた手はセイの特徴的な耳を一度撫で、離れた。
桜は2、3歩後ろに下がると空を見上げ目を細める。
セイもつられて顔を上げた。
空は少し赤らんで、もうすぐ真っ赤に染まるだろう。
「私、そろそろ戻らなきゃ」
いつの間にか顔を下ろしていた桜が呟き、ハッと目を向ける。
やはり桜は笑っていた。
「さよなら、セイ」
「…サクラ」
「ん?」
気が付くと声をかけていた。
顔だけを振り返った桜に戸惑う。
「…あ…ま、また来るか?」
セイの言葉を聞いた桜は、もはや見慣れた、笑みをクスリと浮かべる。
「ええ、次は本でも持って、朝からくるわ」
「…そうか」
「ふふ…またねセイ」
また、と言った桜にセイはいつの間にか下がっていた顔をあげた。
「…ああ、また」
セイがそういった頃には空も花も木々も赤く染まっていた。
真っ白な肌のセイの頬も当然のごとく、綺麗な赤い色だった。