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「名前」

翌日。


桜はいつもの様に…ではなく、いつもより少し遅れて、セイの住むログハウスに訪れていた。



「片付け、進んでる?」


「…ああ、殆ど」



桜をリビングに通しながら、答える。



桜は元々荷物なんて殆ど無い、その上家具なんかは寮に揃っているので、荷造りにそんなに苦労はしないのだ。


桜は読書をしながら、最後の仕上げをするセイを待つ。


この間、桜の頭上には綺麗な球体の形をした拳ほどの魔力の塊が4つ浮かんでいる。


コレは、学園入学が決まってからセイの勧めで始めたもので、魔力コントロールの練習のために行っているものだ。


ある程度"小さい"、"綺麗な形"の魔力を"長時間"維持するのは中々に難しいらしい。


しかし、ソレをあっさりこなしてしまうのが、桜なのである。



1、2時間後、セイがハーブティーと苺ジャムのクッキーを持って向いに座った。



「セイ、お昼は?」


「…もう終わらせた」



セイは、未だに桜と一緒に食事をしていない。


桜が昼食を取らない人だからだそうだ。



「ふふ、いつも気を使わせて、ごめんなさいね」


「…いや、気にしなくていい。今更だ」



セイはフッと口元を綻ばせながら、ハーブティーを飲む。


桜も手にしていたカップに口を付けた。



「そうだわ」



カチャリ。


と少し高い音を立てながら、カップを置いた。



「言ってた花。やっぱりこの世界には存在していなかったわ」


「……サクラと言う花について…か」


「ええ」



桜は頷くとカップをまた、口に近づける。


しかし、ハーブティーを口にふくむこと無くジッと中身を見つめる。


そこには朧気に自分の姿が写っていた。



「…今日少し遅かったのも、それが理由か」



セイの零したその言葉は、質問というには疑問符は無く、ただの独り事のよう。


そう思いながら桜は返事をしなかった。



桜という花が存在しないという話は前に一度セイとしたものだった。


それでも、セイが知らないだけという可能性もあるので、サクラはジルコに手伝って貰いながら、調べていたのだ。


まあ、結果は言った通りなのだが。



サクラにとって"桜"と言う花は自分の分身のようなものだった。


昔から、桜という名は自分を表すにふさわしいピッタリの名前だと言われていたのだ。


サクラ本人としても、名前負けするような人間になりたくなかったのである。


桜と言う名前に誇りを持てるようにそれなりの努力をしてきたつもりだ。



しかし、この世界にはその花がない。





サクラはもう、元の世界に帰るつもりはない。


それはこの世界にきてから苗字を一度も名乗らないと言う、無意識の行動にも現れていた。


サクラがこれに気付いたのは、桜を調べている時だ。



「私はサクラよ」


「………」



やはり少し高い音を鳴らしながら置かれたカップ。


しかし、その中にはハッキリとサクラの姿が写っていた。





「ふふ、ファーストネームを決めようと思うの」



それは、サクラが調べ物をしている時にもずっと考えていたことだった。



一度も名乗っていないならこれからも名乗らなくていいだろう。と


すこし息抜きをするように、調べ物の合間に考えていた。



「なにがいいかしらね」



空になったカップに、ハーブティーを注ぐセイの手を見つめながら、ポツリと呟く。



セイは辺りを見渡した。



そして1冊、直し忘れていた本に気がつく。


セイの持っていく荷物は本が殆ど。


持っている本は全て持って行くことにしたのだ。



「…フィリシアーム」


「え?」



セイが無意識に零した言葉はサクラの耳に微かに届いた。



「…フィリシアーム。…人間を助ける為に堕天した天使の話。…別に、その人間(ヒト)に特別な感情が合った訳じゃない。…ただ、その人間がもっと幸せになるべきだと思ったんだ。…結果的に堕天することになったが、最後には人間の恋人ができて終わった。…お伽話だ」



結構気に入っている話だ、と大事そうに表紙を撫でるセイを見ながらサクラは微笑んだ。



「なら、その堕天使さんから、名前を貰いましょうか」



セイは、ハッと、少し驚きをにじませた表情でサクラを見つめる。



「ヒトを助けるために…ね」



カップに口を付けたサクラがどんな表情でそういったのかセイにはわからなかった。

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