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2.魔法による初めての失敗

 その日は一日幸せでした。

 友人の助けになれたということはとても嬉しいことです。

 学校から帰ってきたランはお母さんに今日のことを話しました。当然のことですが自分が魔法を使ったことは言いませんでした。魔法のことは誰にも言うつもりはありませんでした。それはたとえ相手が家族だからだと言っても例外ではありませんでした。

 これは自分だけの秘密だと、ランは考えていました。

 お母さんは話を聞くと「よかったね」と笑顔で言ってくれました。

「ねえお母さん。何か困っていることはない?」

 ランはお母さんに尋ねました。

 お母さんはしばらく考えていたようでしたが、少ししてから話し始めました。

「そういえばね。最近ゴミを荒らされるのよ」

「ゴミ?」

 とても日常的な悩みが出てきたのでランはちょっと可笑しくなりました。思わず笑ってしまうと、お母さんは言いました。

「笑い事じゃないんだって。ゴミ捨て場に行ったらゴミが辺り一面に散らばってて、もう大変だったのよ。ここ最近は毎日よ」

 お母さんはため息を吐きました。その表情はとても疲れて見えて、ランはさっき笑ってしまったことを申し訳なく思いました。

「それで何が荒らしているの?」

 ゴミを荒らす動物とはどんなものだろうか、とランは考えました。まず人間ではないと思いました。

 犬なのかな。

 それともカラスなのかな。

 そんなことを考えているランにお母さんは言いました。

「猫よ。近所に野良猫が住み着いているらしくてね」

「お母さんは猫がゴミを荒らしていて困っているの?」

 ランは確認しました。

 お母さんが頷くのを見て、ランはお母さんとの会話を整理しました。

 お母さんは猫にゴミを荒らされていることに悩んでいます。

 場所は近所にある、ゴミを集めておく所です。

 どうも野良猫が住み着いているらしく、最近は毎日荒らされています。

 ランは情報を整理し終えると「よし」と小さくつぶやきました。ランは今日これからゴミ捨て場に行くことに決めました。野良猫は毎日ゴミを荒らしているようでしたし、多分今もいるかもしれません。野良猫を魔法で少しだけ脅かせてやれば、怖がってもう二度とゴミ捨て場には近づかないでしょう。

 ランはお母さんの悩みを早く解決してあげたいと考えました。一度そう思ってしまうと、もういてもたってもいられなくなりました。

 急いで階段を上がって自分の部屋に行くとランドセルを置き、すぐにまた一階に行きます。お母さんに「行ってきます」と声をかけてから、ランはゴミ捨て場へと急ぎました。ランの家からゴミ捨て場まで、三分とかかりません。ゴミ捨て場にはすぐに到着しました。

 ゴミ捨て場にはランの予想通り、猫がいました。

 それも一匹ではありませんでした。

 数匹の猫が、ゴミ捨て場に群がっていました。

 猫はランが近くに寄っても逃げ出したりしませんでした。どうやら人間に慣れているようです。

 これではお母さんも苦労するはずだと、ランは思いました。そしてやっぱり自分がなんとかしなければいけないとランは改めて思いました。

「こら!」

 ランは猫に向かって叫びました。

 一部の猫がちらりとこちらを向きましたが逃げ出したりしませんでした。残りの猫にいたっては見向きもしません。猫のくせに生意気だなとランは思いました。

 やはり魔法を使うしか方法はないようです。

 ランは頭の中で強くイメージします。

 すべての猫に魔法をかける必要はありません。一匹だけを驚かせればそれでいいのです。

 一匹が怖がって逃げ出せば、残りの猫も逃げ出すはずだからです。

 ランは一匹の猫に狙いを定めて魔法を放ちました。

 猫たちの中でも特にゴミを派手に荒らしていた大きな猫が、ふわりと宙に浮きあがりました。猫は驚いたように足をばたつかせます。しかし猫の体は宙に浮いているのですから無駄なことです。猫にできることなど、もうありません。

 ランは二メートルほどの高さまで猫を浮かせると、魔法をかけるのをやめました。支えを失った猫は地面に落下にしていきました。

 猫は地面に落ちる寸前に体をひねってきれいに着地しました。ダメージなど全く受けている様子ではありませんでしたが問題はありません。ランは猫を追い払いたいだけで、猫を傷つけたいわけではないからです。

 しかしランの予想は裏切られました。

 確かに猫たちは驚いたようでしたが彼女は期待したほどの効果はありませんでした。ランが魔法をかけた猫はまたすぐにゴミをあさりに戻りましたし、他の猫たちもあまり気にしている様子ではありませんでした。

 ランは少しだけ腹を立てました。

 猫たちを追い払うのに自分は甘すぎたのだなと彼女は考えました。やはりきちんと恐怖を与えないと、猫たちを追い払うことは出来ないようでした。

 痛みを伴わないと動物はきちんと理解できないのです。

 ランは再び猫たちに魔法をかけることにしました。今度はもっと強い魔法です。

 狙いはやはり先ほどの猫です。ランが再びイメージすると猫がまた浮き上がりました。しかし今度は浮かべるだけではありません。ランは頭の中で猫の四肢が伸びていく様子をイメージします。

 ランはイメージするときに目を閉じることが多く、今回も目を閉じたまま魔法をかけていたのですが、猫の苦しそうな鳴き声を聞いて目を開けました。

 猫が空中でもがいていました。

 しかし今度は先ほどとは違い猫は苦しそうにしています。よく見ると体が少しずつねじれていくのがわかりました。手足もピンと張っていて、まるで機械に固定されてねじられているようでした。猫の体はねじれ続け、ついには上半身と下半身が百八十度ほどもねじれてしまいました。

 そのころには猫はぐったりしていて、弱弱しく鳴いているだけでした。もういいかなと思ったランは魔法を解きました。

 途端に魔法と言う支えを失った猫は地面に墜落しました。今度は受け身を取ることもできません。べちりという音を立てて猫は地面に転がりました。

ランは猫を見ました。

 どうやら死んでしまっているようでした。

 ゴミをあさっていた猫たちはいつの間にか彼女の方を見ていました。その視線には恐怖と動揺が見て取れました。

 何が起こっているのかまでは分かっていないようでしたが、どうやらランが仲間の猫を殺したということは理解できたようでした。

 一匹、また一匹と猫たちがゴミ捨て場から消えていきました。ゴミ捨て場に残ったのはランと彼女が殺した猫、そして荒らされている大量のゴミだけでした。

 ランは死んだ猫の前足をつまんで持ち上げてみました。手を放すとぽとりと落ちてしまいます。

 本当に死んでしまったのだな、とランは思いました。

 猫を殺したのは初めてでした。

 殺すつもりなんてなかったんだけれどな、と彼女は考えました。

 おどかすだけにする予定だったのに、猫がランの魔法に動じないのでつい腹が立ってしまったのです。

 猫には目立った外傷はありませんでした。でもこの猫の体をねじってしまったのですから、体の中まで無事だったはずがありません。

 ねじれて傷ついて機能しなくなってしまった内臓を想像して、ランは悲しい気持ちになりました。かわいそうな内臓さんたち。

 そしてその原因を作ったのは、他でもない柚子城ランなのです。

 ランはいつの間にか泣いていました。家に帰るとお母さんがいるはずです。もしこの涙をお母さんに見られたら困ってしまいます。何と説明したらよいのか、ランには想像もつきませんでした。

 ランはゴミ捨て場のわきにある死角に隠れて静かに泣き続けました。

 しばらくするとやっと涙も止まったので、あたりを確認してからランはゴミ捨て場のわきから出てきました。そろそろ帰らないとお母さんが心配します。

 ランはとぼとぼと道路を歩いていました。その間、先ほどまでのことが頭の中でリピートします。

 野良猫。

 荒らされたゴミ。

 苦しそうな鳴き声。

 沈みかけている太陽。

 ゴミが発酵する臭い。

 猫の死体。

 頭の中がそんなものでいっぱいになりました。

 ランは自分の魔法が怖くなりました。魔法と言うものが他の生命をおびやかし、挙げ句の果てに殺してしまうものだとは思いませんでした。

 死んでしまった猫のことを思い出します。

 さっきまで元気に動いていた猫は、人形のようにぐったりとしていました。

 深い罪悪感が彼女を責め立てました。

 魔法を使うのをやめよう。ランは思いました。

 魔法を使いこなすには、柚子城ランはまだ幼すぎたのかもしれません。みんなを幸せにするために魔法を使うつもりだったのに幸せにできたのは親友の蓮見結衣だけです。ゴミ捨て場に野良猫が集まることはもうないでしょうから、ランのお母さんも幸せになったのでしょう。

 しかし、ランは野良猫を一匹殺しているのです。

 生き物の生命を踏み台にした幸福など、幸福であるとは言えません。

 暗い思いを引きずったままランは帰宅しました。できる限りの元気を振り絞ってお母さんに「ただいま」と言いました。幸いにもお母さんはランが落ち込んでいることには気づかなかったようでした。もし気づかれていろいろと聞かれても、ランは魔法を使えることや猫を殺してしまったことなどをお母さんに話さなければならなくなるので、そちらの方が嬉しいと思いました。

 ランは自分の部屋に戻りました。夕食の時間までまだ少し時間があるようでした。

 宿題をしなければいけないなとランは思いました。いつもならこの時間を利用して宿題をしているのです。しかし今はとてもそんな気持ちにはなりませんでした。

 ランは布団にくるまって、また少しだけ泣きました。


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