第三話
比較的平和な日だった。私の管轄するエリアでは昼間を過ぎてもこれといって大きな事故や事件が起きていない。私が鈴木拓哉となってから52年が過ぎたが、こんな日は初めてだった。こんな日が毎日続くようにするのが私たちのミッションである。
ふと、目線を上げると緑色の横断幕が貼られていた。ここは私がよく使う駅である。「祝 全国高校駅伝出場 県立T高校」と書かれている。あまり詳しいルールは知らないが高校駅伝では11月はじめの県大会で優勝した1校だけが全国大会の出場権を得る狭き門である。
T高校はこのあたりではそこそこの進学校であり、入試でも過去のスポーツの実績は「部活に所属していれば2点、県大会以上4点」しか評価されず、「英検・漢検・数検有り…4点、委員会所属…2点、生徒会役員…4点、ボランティア活動有り…2点、特記事項あり…4点、以上の5項目から最大で10点まで加点」のためスポーツ推薦制度のある私立高校に勝つのは至難の業だった(だからといって強い選手が来ないわけではなかったが、勉強しないと当然落ちる)。
駅伝の県大会前日の地元紙では「磐石の10連覇へF商業。2位以下は三つ巴」と書かれていたし、誰もが絶対的エースの卒業したT高校が勝てるはずがないと思っていた。
それでも勝ったのはT高校だった。勝った本人達も含めて「運が良かっただけ」というのが世間の評価であるが、その運を持ってくるのにどれだけの努力が必要なのかを分かっている人は非常に少ない。
ただ、今回は私が関与した仕事ではないから近くに私の同僚でもいるのだろう。この国には100人ほどの神が派遣されているが、それを持ってしてもこの国は毎日何かしらの事件が起きる。今日こそは何もなければいいのだがなかなかそうもいかないだろう。
私は部下である精霊を2000人ほど使って努力を調査してくるように命じた。いずれはこの精霊たちの中から「くじ引き」で選抜して神に昇格するものを決めることになる。精霊たちも運を操る能力はあるが、その中でも最も運の強い奴を神にする必要がある。この運の強さは精霊の上司である神の命じる仕事の行うことで力を蓄えていく。最後に昇進できるのは天才か努力した奴だけなのだ。
精霊たちに仕事を任せている間に神は休めるのか言うと、そうではない。この間にそれまでのレポートをまとめて最上様に提出しなければならない。しかもレポートを作成しつつ自分でも人の努力を見つけ出さなければならない。
すべての努力を見つけるのは不可能だができる限り多くを見つけなければ人は努力しなくなる。そうして神の手を離れた人間は、必ず大きな過ちを犯す。人間同士の大量虐殺の原因となってしまう。何としてもそれだけは防がなければならない。
神が休めるのは有給休暇の申請をした時だけである。神も休みたい時があるのだ。