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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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90話 「愚人の意志、戦人の決意」【後編】

「はっ、やられた。やられたとも……!」


 総力戦を仕掛けていた〈戦景旅団〉の軍衆の後尾で、一人の女が悔しげな声をあげていた。


「団長!!」

「わめくな、士気が下がる。まだ負けたとは言ってない」


 〈戦景旅団〉の長、メシュティエだった。

 へたり込むといった表現が合うほどに、ぺたり、と力なく地面に座り込んでいるメシュティエ。

 そのらしからぬ様相に気付いた戦景旅団の団員のうち一人が、激戦部から抜け出てメシュティエの傍に歩み寄ってきていた。

 当のメシュティエはその者を煙たがるように片手でしっしと追い払うしぐさを見せるが、


「……まあ、立てないのでは格好もつかないか。……仕方ない、肩を貸せ」

「団長、まさか……」

「ああ、一人では立てない。両足を完全に折られたからな。あの『鬼』め、戦狂いに対して命を取るでもなく、ずいぶん屈辱的な勝負のつけ方をしてくれたものだな。ある意味私に対して最も痛烈なやり方だろうよ」


 メシュティエはもちろん両足を折られた程度で負けを認めるつもりはなかった。

 戦いに死ぬのなら本望だと、本懐であると、そういう自負を今まで抱いてきたからだ。

 だが、


「ただ負けのみを突きつけてくるか……」


 戦狂いである自覚こそあるが、死狂いの自覚はない。

 狭間だ。

 鮮烈な戦いの場での死は喜んで享受しよう。

 しかし、無駄死には嫌である。

 死に焦がれているわけではないのだ。


「おい、私の両足を折ったやつはな、私に『はい、ぬしの負けじゃな。面倒だから死ぬとかナシの方向で』と言ったんだ。なんなんだ、あの妙な軽さは」


 勝負がつくまではもっと激烈な感情の応酬があった。

 お互いにやるかやられるか、そんな鬼気迫るやり取りがあった。

 だのに――


「勝負がついた途端にあの調子だ。なんだ? 私は馬鹿にされたのか? 面倒だからとはずいぶんだろう」

「そうですね……」

「いや、分かってはいるのだ」


 困ったような顔で返答した旅団員を見て、メシュティエはすぐに言葉をつづけた。


「奴らにとってはこの戦いは『通過点』なのだろう。それも初期の通過点だ。ゆえに、たいして気にも留めぬのだ。通過することに意義こそあれ、そこを入念に振り返ることに意味など見出さない」


 ――戦いそのものを終着点にする私たちとはえらい違いだ。


 メシュティエは旅団員の肩につかまりながら、そんな考えを抱いた。


「おんしの言うことは最もじゃなぁ」


 その時だった。

 不意にメシュティエの後方から野太い声が聞こえてきて、次いでメシュティエの身体が軽く宙に浮いた。

 その身体を何かに持ち上げられるようにして、大きく浮いたのだ。

 メシュティエの身体を片手で持ち上げていたのは、


「ずいぶん遅い到着だな、オースティン」

「うむ、わしも『負けた』からのう。手を出すわけにはいかんじゃろ」


 巨人族の〈オースティン〉だった。

 サレとナイアスの南東門付近で別れたあと、激戦部を迂回してこの位置まで走ってきたその男は、豪勢な口ひげを揺らしながら再び紡いだ。


「だから手はださんが――まあ、負けて足折って動けないおんしをおぶるくらいは許してもらおうかの。ジジイやさしい」

「待て、私はまだ負けてない」

「おお、そうじゃな。その何者かとの勝負には負けたが、戦にはまだ負けておらんな。……屁理屈じゃがな?」


 鼻で笑うオースティンはメシュティエを自分の肩に乗せた。

 当のメシュティエはオースティンの皮肉を聞くや否や、肩に乗りながらオースティンの頭部を勢いよく叩いていた。


「いたっ! ジジイを殴るとはなにごとじゃ! 老人は労われ! 泣くぞ! ジジイ泣くぞ!」

「うるさいぞ。お前はどっちの味方だ」


 続けて、


「いずれにせよ、セシリアとアテナがまだ戦っている。私が先に負けを認めて、王族の戦いを止めるわけにもいかないだろう。これはどちらかといえば王族の問題だからな。奴らが納得できずに闘争が終われば、それはのちのちまた火種になる」

「ほほお、おんし戦馬鹿のくせに意外と考えておるのじゃな。――いたっ! わしの脳細胞も残り少ないのじゃぞ! あまり叩くな!」

「貴様も少しは長を敬え。地にめり込ますぞ」


 メシュティエは眉間にしわを寄せて言った。

 大きな表情の変化をこれまであまり見せなかったメシュティエをして、そのしわの寄り方には迫真が込められており、


「お、おお……うむ……わしも地面にめり込むのは勘弁じゃな……」


 思わずオースティンはたじたじとした。


「さて」


 オースティンの足元でその二人の様子をハラハラと見守っていた旅団員の一人を見て、メシュティエは襟を正した。

 そのまま彼に「行け」と指示を出したメシュティエは、大きく息を吸って、


「私はここにいるぞ! 健在だ!! ――だから行け!! 戦狂い共!! 貴様らの魂は戦場にあってこそ輝くのだ!!」


 前方で激戦を繰り広げる旅団員たちに檄を飛ばした。


 ――さあ、お前たちが潰れるのが先か、それともセシリアが倒れるのが先か。


「私は死んでも負けとは言わない」


 だから、


「あとは戦景色のままに――」


 どうなるかを見届けよう。


◆◆◆


 残された時間はわずかだ。

 サレは内心で自分に言い聞かせる。

 メイトに形成してもらった術式兵装の余力と、アテナの慣れの速度をかんがみるに、


 ――二分くらいか。


 漠然とした目安だが、それでも多く見積もった方だ。

 サレ自身の不安要素はそれくらいだったが、サレ以外に起因する限界の要因が近くには現れていた。


 ――プルミエールが限界か。


 手に持った金色の大弓で幾度かアテナに対し有効打一歩手前の射撃を放っていたプルミエールだったが、ふとサレが彼女の様子を窺えば、片手に弓を持ったままフラフラと左右に揺れている姿が目に入った。

 顔にはややぎこちない妖しげな笑みを浮かべてはいるものの、普段とは比べ物にならないほどに顔は青白い。


「よそみ? ――余裕じゃない」

「戦神が慢心を重ねているから、てっきりこういう油断とか慢心が戦場では有効なのかと思ってね」

「減らない口ね……!」

「次からは『慢神』とでも呼ぼうか?」


 サレが前方に視線を戻すと、アテナが上空から雨と共に降り落ちてきていた。

 左手の巨大な盾で半身を覆い隠しながら、右手の剣を真っ直ぐに振り下ろしてくる。

 サレはその斬撃を上段で術式剣を横に構えることで真正面から受け止めた。

 重い一撃だ。

 手首から肩にかけてがミシリと音を立て、足がぬかるんだ地面にめり込む。

 さらに、


 ――切れ味が凄まじい……!


 プルミエールの天力燃料とメイトの編んだ術式を素にして生み出された金色の〈改型・切り裂く者(カリバーン)〉は、黒炎燃料を代用した場合と違って神格を持たない。

 術式としての能力は十分に高いものの、相手が悪かった。

 アテナが振るう華美な剣は術式もろとも切り裂き、これまでアレスの神格剣にも生身で耐えてきた永晶石の皇剣にさえ傷をつけかねないほどの切れ味をもっているように思えて、


「ふっ!」


 サレは切っ先を斜め下に逸らすようにしながら、アテナの剣を受け流した。


 ――あの剣とこれ以上まともに打ち合うのはだめだな。


 思いながら、今の受け流しによってアテナの体勢が崩れてくれれば好機と反撃への意志を高める。

 しかし、


「いまさらただの近接戦で隙なんか見せないよな!」


 当のアテナは剣を受け流されても悠然として、本来なら重力にひかれて地面に落ちてくるところを、剣を振り切った体勢のまま宙を足場にしてサレの視界外に跳躍していた。

 サレはアテナが自分の顔の横辺りを悠々と跳躍していったのを見てはいたが、すでに振り返る選択は捨て、一刻も早くその場から離脱することに集中していた。

 するとそこへ、


「ふんっ!」


 サレの離脱を補助するかのようにギリウスが高速飛翔にて現れ、サレの後方に向かって拳を振り抜いていた。


「ふーん、あんたはそういう動きするのね」


 アテナの声が後方から聞こえる。

 サレは五歩ほど急いでその場から離れ、すぐに後方を振り返った。

 そこには、


「ぐぬう……!」


 拳から血を流しているギリウスと、血の滴る剣を構えたアテナの姿があった。


「刀身で我輩の拳を受け止めるとは……もはや盾を使うまでもなく慣れられたというわけであるか」

「あんたの拳、もう神格纏ってないじゃない。それなら盾じゃなくても止められるわ?」


 ギリウスの竜力も枯渇した。


 ――いよいよまずいな。


 サレの思考が次の一手を導き出すために高速で回転する。


 ――一手。一手だ。


 アテナに致命的な隙を生み出させる一手が欲しい。

 不可視術式はどうにかこうにか破った。

 どうやらイリアの精霊術式のおかげらしいが、とにかく助かった。

 だが、それでもなおアテナとの差は大きく存在する。


 ――考えろ。


 これだけやって、ようやく小さな隙こそ見出すことができたが、結果的にアテナはすべて反応しきった。

 意外性を含む攻撃はたしかにアテナを戸惑わせるが、同時に、


 ――こちらの攻撃自体にも精確さが足りない。


 アテナの動揺に決定打を打ち込む力が足りない。

 もっと、もっと手を重ねなければ。

 

 アテナが多種の異族による連携攻撃の経験を蓄える前に。


 決定的な一打を打たなければ負ける。


「考えろ」


 まったく手が思いつかないわけじゃないんだ。

 だが、思いついたところで、


 ――どうやってそれを皆に伝えればいい。


 近くにいるのはギリウスとプルミエール。

 この三人の連携のみではアテナの技量を越えられない。

 それはさっきまでの戦闘で否応なく理解させられた。

 なら、もっと多くの手を一点に集結させる必要がある。

 複数の力を綿密に組み立てる必要がある。

 さらに付け加えるならば、


 ――アテナにそれを悟らせてはならない。


 離れた位置の皆に聞こえるように声をあげるなどはもってのほかだ。

 視線を向けるのさえ危うい。

 『たくらんでいる』という予想を持たせるだけで、アテナは攻撃に注意を向けてしまう。

 

 振り続ける碧い雨がサレの頬を撫で、汗と混じって地面に落ちる。

 思考を巡らせながら目の前の戦況を見ると、ギリウスがアテナに拳の連打を浴びせていた。

 その手がアテナの剣とぶつかり合ってボロボロになっていくのをかえりみずに、ただ時間を稼ぐかのようにして。


「どうする、どうすればいい」


 サレの胸中に焦りが生まれる。

 ギリウスの時間稼ぎもそう長くは持たない。

 アテナはすでにギリウス単体との攻防には慣れ始めている。


 すると、サレがそんな言葉を口の端に乗せたあたりで、サレの右肩を何かが強く叩いた。


 否、叩いたというよりは『打った』という感触の方が近かった。

 後背に気配はないし、肩を打った何かには温もりもなかった。

 あえて形容するならば、一際大きな雨粒が空から落下してきて肩にぶつかった衝撃のようで。

 いずれにせよ、雨の中にあってその衝撃はどことなく『奇妙』だった。

 だから、サレはいっそ思惑によるものではなく、反射に近い形で自然に後方に視線を向けることができた。

 そしてサレはそこにあるものを見る。

 見て、すぐになんでもなかったかのように視線を前に戻す。

 アテナの視線がギリウスに釘付けになっていることを確認し、安堵して、


「『わかった』。頼むよ――アリス」


 雨音にかき消されそうなほどの小声で、そんな言葉をつぶやいていた。

 

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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